第6話 【side】実家さん、娘を追放したことを後悔する。


 ――――数日後。

 ローグライト伯爵の館に突然の来訪者があった。


「ご、ご、ご主人様ぁあ!!!!」


 侯爵ルード・ローグライトの部屋に、使用人が大慌てで入ってくる。


「騒がしいな。一体どうした?」


 騒ぐ部下に、不機嫌さを隠さないルード。だが、次の言葉を聞いてルードは席から飛び上がった。


「おおおお、王子様がおいでです!!!」


「なにぃ!?」


 ルードは貴族の中ではそれなりに地位の高い<公爵>だ。

 だが、所詮、一(イチ)地方領主に過ぎず、王族の人間と面識などなかった。

 それゆえ館に王子が訪ねてくるなど、まさしく青天の霹靂であった。


「広間へ通しております! お急ぎください!」


 使用人の言葉を聞くと、ルードは全速力で広間へと降りていく。

 王子の姿は王都で一度だけ目にしたことがあったが、広間で待っていたのは間違いなくその人であった。

 

「で、で、殿下ぁ!? と、突然どうされたのですか??」


 ルードが尋ねると、エドワード王子は「突然すみません」と軽く頭を下げる。


 アリシアに救われたあと、エドワードとその副官のレオは、王室のコネをフル活用してアリシアがどこの家の人間なのかを調べた。

 そして、ちょうどアリシアと出会った森のすぐ近くに住んでいるローグライト侯爵に、アリシアという名前の娘がいることを突き止め、ここまでやってきたのである。


「今日はアリシアさんに用事があって来ました」


 突然娘の名前が出てきたことに、ルードは冷や汗をかく。

 娘が忌み嫌われる<堕聖女>になった。そのことが王子の耳に入って、不興を買ったのかと心配したのだ。


「あっ、アリシアに? 今娘は“留守”にしておりますが……」


 とっさにそんな嘘をつく。

 だが、王子の口から飛び出してきたのは、予想していたのとはまったく別の言葉だった。


「アリシアさんを、我が中央騎士団に大隊長待遇で迎えたいのです」


 突然の申し出に、ポカンと口を開けるルード。


「き、騎士団の大隊長ですか?」


 中央騎士団といえば、いくつかある騎士団の中でも最上位に位置づけられる精鋭集団だ。

 その大隊長ともなれば、上級貴族にも匹敵する身分になる。

 日ごろから王室の人間とつながりをもっている点を考慮すれば、その権力は侯爵をも上回るだろう。


 娘が<聖女>のクラスを授かった時に、ルードの頭をよぎったのは「婚姻」によって権力を手に入れることであったが、「騎士団の大隊長」になるという提案はそれに劣らない提案だ。


「実は先日、アリシアさんに命を救われたのです。アリシアさんは極めて強力な戦闘能力を持っています。絶対に騎士団に欲しい人材なのです」


 真剣な表情で力説する王子の声に、ルードはきょとんする。

 娘は外れスキルを授かった<堕聖女>のハズだった。


(それが王子を救ったとは、一体何の間違いだ?)


 だが、これがチャンスだということは間違いないと気が付く。


(事情はわからんが、王子がアリシアを気に入っている! これは成りあがるまたとない機会だ)


「殿下がそこまでおっしゃるのに、ローグライト家として申し出を断るはずもありません」


 と、ルードは後先考えずにそう言い切る。


「……それはよかった」


 エドワードは、アリシアを騎士団に迎えることに、当主である侯爵の賛同を得られたことで安堵して一つ息をついた。


「とはいえ娘さんのご意思もあるでしょう。直接話がしたいのですが、いつ会えますか?」


 その言葉に、ルードは言葉を詰まらせる。


「えっとですね……実は……その……」


 まさか言えるはずもない。

 娘が外れスキルを授かったから家から追い出しました、などとは。


「どうかしましたか」


 王子が怪訝そうに尋ねる。


「ちょっと娘は……その、そう、所用で旅に出ておりまして……」


 ルードはそんな苦しい言い訳を絞り出した。


「旅ですか。行き先はどちらですか? こちらから向かわせていただきます」


「いえいえ殿下! とんでもございません! こちらから向かわせますから!!」


 ルードは額にダラダラ汗をかきながらそう言った。


「近日中に王宮に向かわせます! ですので少しお時間をください」


「……ええ、わかりました」


 王子から一応了解を得られたことで、ルードは心の中で一つ息をついた。


「それでは、また後日、お願いします」


 エドワードはそう言って、踵を返した。ルードは王子を門まで見送り、馬車にその姿が隠れたところで部下のほうに振り替えった。


「おい! 今すぐアリシアを探し出せ! 今すぐだ!」


 ルードは従者たちに怒鳴り散らした。


 家に戻ってきてもよいとなれば、アリシアは泣いて喜ぶはず。ルードはそう確信していた。それについてはまったく心配していなかった。


 だが、万が一、先に王子とアリシアが出会ってしまったら、自分が娘を追放したことがバレてしまう。

 そうなっては自分のみが危うい。だから急ぐ必要があったのだ。


「……まぁ、なんとかなるだろうが……」


 ルードの心中では期待と不安がせめぎあっていた。

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