第5話 惰聖女さん、うっかり王子様に惚れられてしまう。
(も、もしかして、わたしミノタウロス倒しちゃった?)
ミノタウロスの“残骸”を見て、アリシアはその事実を認識した。
最強クラスのモンスターを無意識に倒してしまったのだ。
アリシアが“助けた”青年たちの方を見ると、口をポカンとあけて驚いていた。
つまり、その場にいた3人全員が驚いてしばらく固まってしまっていた。
少し経って、その空気を破ったのはミノタウロスと戦っていた青年だった。その美しい銀髪を揺らしながらアリシアの方に近づいてくる。
するともう一人の青年は、銀髪の青年に付き従ってきた。
そして一メートルほどの距離まで来たところで青年が深々と頭を下げる。その後ろでもう一人の青年もそれに従った。
「助けていただいて、ありがとうござます」
近くで見ると二人とも良い素材の服を着ていて、なにやら胸にはエンブレムのようなものをつけていた。二人ともそれなりの身分の者だというのが雰囲気で伝わってきたので、アリシアも慌てて頭を下げ返す。
「えっと、あ、はい。大丈夫です」
アリシアはしどろもどろに答える。何が大丈夫なのか自分でもわからなかった。
「申し遅れました。私はエドワードと申します。そしてこちらはレオ・バーナード」
銀髪の青年――エドワードが代表して名前を名乗る。
主君と従者、あるいはギルドや騎士団の上司と部下……二人の関係性はわからなかったが一連の様子から、どうやらエドワードの方が身分が高く、レオの方が従っているようだということにアリシアは気が付いた。
「あなた様がいなかったらどうなっていたことか……」
エドワードは今一度アリシアへ感謝の言葉を述べる。
身分が高そうな相手にこれほど真剣に感謝されたのは生まれて初めてだったので、アリシアはどう反応してよいかわからなかった。
褒められたり、感謝されるのにあまり慣れていないのだ。
「えっと、あー。はい」
そして同時に、これ以上ここにいて面倒なことに巻き込まれるのもごめんだという思いがわいてくる。例えば「街まで送ってくれ」などとお願いされたりしたら面倒なことこのうえない。アリシアは一刻も早く街に行って、今日の寝床を確保したかった。
それゆえ、アリシアは早々にこの場から立ち去ろうと決意する。
「すみません、あの……わたしは急ぐので……これで失礼します」
頭を下げ、横を通り過ぎよう一歩を踏み出す。
だが、それを青年が引き留めた。
「あ、あの! あなた様のお名前を教えてください!!」
「えっと……」
別に隠すことでもないので答えようとしたアリシア。だが名前を名乗ろうとしたところで、父の言葉が脳裏によぎった。
「二度とローグライトの家名を名乗るんじゃないぞ!」
アリシアはローグライト家を追放されている。
つまり、もうアリシアはローグライト家に連なるものではなく、貴族の苗字を名乗る資格はない。
「あ、えっと……アリシア……です。それじゃ」
アリシアは咄嗟に名前だけを名乗り、有無を言わさずエドワードたちの横を通り抜けて、街へと向かって行ったのだった。
†
「アリシア……」
エドワードは、立ち去るアリシアの背中を見つめながら、今知ったばかりのその名前をポツリとつぶやいた。
「……殿下」
それまで脇で控えていたレオが、自らの“主”に声をかける。
――“殿下”と呼ばれた青年。
アリシアが助けたその人のフルネームは、エドワード・ローレンス。
まさしくこのローレンス王国の第一王子に他ならなかった。
端正なルックスに、王立学園を首席で卒業した知性。
そして王族特有の高い魔力を駆使した戦闘能力。
非の打ち所がない、まさしくこの王国を継ぐに相応しい男であった。
だが、そんな将来この国を担う王子が、先ほどまで危機に陥っていた。
突然現れたミノタウロスに襲われ、なすすべなく敗れようとしていた。
既に近衛騎士団の副団長として数々の討伐クエストを成功させ名をはせているエドワードとだったが、さすがにA級のボスモンスター相手にたった二人で抗うのは無謀だった。
あのままでは、数分もしないうちに、ミノタウロスの斧によって体を真っ二つにされていたことだろう。
だが、そんな危機を見事に救ったのがアリシアであった。
たった一人で、A級モンスターであるミノタウロスを倒してしまった。
「あの少女……一体何者でしょう」
レオが尋ねるが、王子は首を振る。
「私もあれほどのスキルの使い手がいるとは聞いたことがない」
「しかも……服装を見るに貴族の子弟に見えましたが……」
レオがそこまで言った後、同じことを思っていたエドワードがその先を続ける。
「彼女はあえて家の名前を名乗らなかった。なんと高潔なことだろう」
彼らの目には、アリシアは神様か何かのように映っていた。
まさかアリシアが、実家を追放され、家名を名乗るなと言われたがゆえに苗字を名乗らなかったのだとは――――二人は思いもしなかったのである。
エドワードがいうと、レオはうなずく。
「あれだけの少女ですから、当然、殿下が着けている“王家のエンブレム”にも気が付いていたでしょう。名乗れば、いくらでも褒美をもらえたはずなのに、お礼の一つも言わずに立ち去っていきましたからね」
もちろん、まさかアリシアが、貴族にとっての一般常識をまったく知らず、自分が助けた相手が王子だと気が付かなっただけだとは――――二人は思いもしなかったのである。
勘違いを重ねた結果、王子たちの中で“理想のアリシア象”が膨らんでいった。
「追いかけても、素性を明かしてはくれないでしょうね」
「……しかし、あれほどの逸材だ、なんとしてでも騎士団に入ってもらわなければ」
エドワードがそう考えるのには理由があった。
それは、まさしく今先ほど、平凡な森にミノタウロスが現れたのにも関係している。 最近、王都近郊で、モンスターの動きが活性化しているのだ。通常はダンジョンの奥深くにしか出現しないモンスターが街の近くに現れ、出現するダンジョンの数も増加。さらにダンジョン外のモンスターも数を増やしている。
これはまさしく数百年に一度あるかないかという異常事態であった。
そんな状況故に、エドワードにはアリシアが“救世主”のように見えたのだ。
彼女の程の力の持ち主が、騎士団にいれば、この異常事態を切り抜けることも可能になるだろう。
「このあたりの貴族家の人間である可能性は高いと思います。名前から、実家を探し出しましょう」
レオは主の希望をくみ取って、そう宣言する。
もちろん、いうまでもなく、まさかアリシアが実家から追放されているとは――二人は思いもしなかったのである。
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