第4話 惰聖女さん、うっかり王子様を救ってしまう。


「とりあえず行ってみるかな……」


 アリシアはやれやれとばかりに呟いてから、歩き始めた。

 ここで引き返せば街に着くことはできない。街に着けなければ今日は野宿決定。さすがにそれは避けないといけない。だから、アリシアには“前進”以外の選択肢はなかった。


 アリシアは慎重に道を進んでいく。

 少しすると、道が曲がっているところがあった。アリシアは木陰から、その先を覗き見る。


(――ええッ!?)


 アリシアはそこにいたモンスターを見て驚愕した。


 頭には二本の角。右手には大きな斧を持ち、体は皮の鎧に包まれている。背丈は人間の二倍はあろうかという巨体だ。


(なんでこんなところにミノタウロスが!?)


 ミノタウロスは強力なモンスターの代表例だ。


 アリシアも存在だけは知っていたが、実際の目にしたのは初めてだった。

 それもそのはず、ミノタウロスはA級ダンジョンの奥地にのみ現れる強力なモンスターで、ここのように一般人も通るような場所にいるはずがないモンスターだ。


 そして、そんなミノタウロスの視線の先には二人の男がいた。


 一人は男が木にもたれかかって、気を失っていた。

 おそらくその男が悲鳴の主であろう。

 剣の鞘が腰に刺さっているが、肝心の剣は少し離れた地面に落ちている。ミノタウロスに立ち向かっていったが、吹き飛ばされて木にたたきつけられた、という風に見えた。


 そしてもう一人は銀髪の青年。両手剣を携えて、両足で地面をしっかり踏みつけるように構えている。


「ハァァッ!!」


 と、青年は勢いよくミノタウロスに向かって跳躍した。


「<爆炎斬>!!」


 剣に火炎をまとわせ、真正面から斬りこんでいく。

 だが、ミノタウロスはその攻撃を斧で軽々受け止め、そのまま押し返す。


「ッ!!」


 青年はそのまま後ろに吹き飛ばされた。なんとか空中で姿勢を立て直し、地面についた足先と膝を摩擦させて勢いを殺し静止する。


(うわぁ……ヤバいって、これ)


 ミノタウロスは超強力なモンスターだ。A級の冒険者か、王国の騎士がパーティを組んで戦う必要がある。

 目の前で戦っている青年は、なかなかの剣使いであるように見えたが、単身でミノタウロスを倒せるようには見えなかった。


(はやく逃げたほうがいいよ……)


 ――だが、うずくまっていたもう一人の剣士は、まだ気を失っている。

 青年も一人なら逃げていたかもしれないが、倒れた仲間を放っておいては逃げられないということだろう。


「グァアア!!」


 と、ミノタウロスは咆哮してから、斧で横なぎの攻撃を食らわせる。

 青年は剣技スキルを発動し迎撃しようとしたが、力の差は歴然であった。


「くッ!!!」


 青年は吹き飛ばされ、近くの木に背中から叩きつけられた。

 幸い意識は失わなかったが、しかしダメージですぐには動けない。


(や、やばいぃぃぃぃぃッ!!!)


 アリシアは木陰で超えにならない悲鳴を上げる。

 このままでは、数秒後には、青年の身体が真っ二つになってしまう。


 ――めんどくさがりのアリシアも、さすがにこの時ばかりは先に身体が動いた。

 木陰から飛び出して、ミノタウロスと青年との間に割って入る。


「<ファイヤ―ボール>ぅぅぅぅ!!!」


 次の瞬間十個ほどの火球が宙に現れてミノタウロスへと向かって飛んで行った。

 突然のことで反応が遅れ、ミノタウロスはアリシアの攻撃をもろに受けたが、ミノタウロスの身体は強力な魔力で守られている。下級スキルを少し食らった程度ではビクともしない。


 ――けれど、アリシアの目的はミノタウロスを倒すことではなかった。


「は、早く逃げてくださいぃぃ!!」


 お腹の底からそう叫ぶ。

 自分が囮になることでミノタウロスの気をそらし、その間に青年が倒れている仲間を抱えて逃げてくれれば。アリシアは咄嗟にそう考えたのだ。


 そして、目論見通りミノタウロスの視線はアリシアへと向かった。


「ひぃぃッ!?」


 あまりの眼光の鋭さに、アリシアは思わずたじろぐ。

 そして、半ばパニックになりながら、技を繰り出す。


「ふぁ、<ファイヤ―ボール>ぅぅぅぅ!!!」


 空中に無数の火球が浮かび上がる。先ほどとは比べるまでもない個数。自身でも数え切らないほどだった。

 そして次の瞬間、火の玉は一斉にミノタウロスの巨体に打ち込まれた。


 ――――爆音があたりに響き渡る。

 土煙が舞い、視界が奪われた。


「グァアアァァ!!!!」


 ミノタウロスの悲鳴が響き渡る。

 そしてズドンと手に持っていた斧が地面に落ちた。


 ミノタウロスはもはや悲鳴を上げることもできない――――その頭は完全に業火に焼き尽くされていたからだ。


 ――だが、それに気が付かないアリシア。

 自分の後ろを見ると、青年が呆然としていて焦った。


「なにしてるんですか!? 早く逃げてくださいッ!!!」


「えっ、あの……もう……」


 ――ミノタウロスは死んでます。と青年が説明しようとしたが、その前にアリシアはアリシアは前に向き直り、再び火球を放つ。 


「ふぁ、<ファイヤ―ボール>ぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


 今一度爆炎が巻き起こる。


 狂ったように、文字通り無数のファイヤーボールを打ち放つアリシア。

 とうとう形を失い、崩れ落ちるミノタウロスの巨体。


 そして、アリシアはようやくミノタウロスがもはや存在していないことに気が付いた。


「あッ……あれ?」


 炎が収まると、そこにあったのは消し炭になった肉体と、半分溶けて鉄の塊になった斧。


 アリシアはその光景を見てポカンとする。


 最強クラスのモンスターミノタウロス。

 だが、今目の前に現れたのは、もはや元の姿を思い出せないほどに燃やし尽くされた骸骨であった。


(も、もしかして、わたしミノタウロス倒しちゃった?)

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