第2話 惰聖女さん、うっかり覚醒してしまう。


 アリシアは最低限の荷物だけ持たされ、ローグライト家の館を追い出された。


「ううッ……なにも追い出さなくてもいいじゃん」


 瞳に涙を浮かべながら、トボトボと歩いていくアリシア。


 アリシアも、自分の父親を“優しいお父さん”だ、なんて思ったことはなかった。それどころか、どちらかというと“悪い奴”であることは、薄々気が付いていた。

 だが、まさか外れクラスとわかった途端に、実の娘を家から追い出すほどとは思ってもみなかった。


「……領主になって、不労所得がっぽがっぽな人生だったはずなのに……」


 自信のあるべき人生をそのように夢想していた惰聖女さんだったが、現実は過酷だった。


「と、とにかく街に行かないと……」


 ひとまず今日の寝床を確保する必要があった。

 そのためには、森を抜けて街へ向かう必要がある。


 問題は、森には魔物がいるかもしれないということだ。


「……きっと大丈夫……だよね」


 森の入り口でそうつぶやくアリシア。


 この森は、普段から商人なども行き来する比較的安全な場所である。

 だが、それでもモンスターは出現する。クラスを授かったばかりのアリシアが一人で通行するのに、安全とは言い切れない。


「お願いですから、モンスターと遭遇しませんように……」


 アリシアはそう神様にお願いしてから、恐る恐る森に足を踏み入れた。


 ――――だが。

 その祈りもむなしく、森に入ってたった20分ほどでモンスターに遭遇してしまう。

 しかも、遭遇したのは、考えられる限り最悪の敵だった。


「じゃ、じゃ、ジャイアントオーク!?」


 アリシアは驚きのあまり腰を抜かしそうになる。

 ジャイアントオークはBランクのモンスターだ。熟練の冒険者がパーティを組んでようやく倒せるかどうかというレベルの敵である。


「なんでこんなところにジャイアントオークがいるの!?」


 Bランクモンスターは、ダンジョンの奥深くにしか生息しないはずだった。間違っても、貴族の館の近くで遭遇するようなモンスターではない。

 だが、アリシアの目の前にはなぜかそれがいる。


 ジャイアントオークはアリシアの存在に気が付き、その濁った瞳を向けた。


(どどどど、どうしよう!?)


 アリシアはクラスを与えらたばかりのひよっこ。しかも有用な<ギフトスキル>をもらえなかった。

 一応、<ファイヤーボール>のような超基礎的なスキルは、クラスを与えられる前に習得していたが、モンスターと戦った経験はなかった。


 どう考えてもジャイアントオークに勝てるはずがない。


 ――この窮地を脱するために、アリシアが考え出した唯一の方策。

 それは、


(逃げよう!!!!)


 ピンチの時は逃げる。それがアリシアの座右の銘であった。

 アリシアは踵を返し、ジャイアントオークから逃亡を図る。

 だが、そんな彼女を絶望させる出来事が起こる。


 ――――背後に、もう一匹のジャイアントオークが現れたのだ。


(えええええ!? なんでジャイアントオークが二体も!?)


 絶対絶命とはまさにこのことであった。

 Bランクモンスターに挟み撃ちにされた少女。


「グァァァァッ!!」


 ジャイアントオークが咆哮する。それを聞いてアリシアは思わずへたり込みそうになった。


 だが、それをぐっと我慢して、なんとか抵抗を試みる。

 両手を左右のジャイアントオークに向け、詠唱する。


「ふぁ、<ファイヤーボール>!」


 アリシアの手のひらから炎の球が現れ、ジャイアントオークに向かって飛んでいく。


「グァ!?」


 火球はジャイアントオークの巨体に着弾。

 だがジャイアントオークの体は魔力の壁<バリア>で守られている。多少の攻撃では、その肉体にダメージを与えることはできない。


 逆に、中途半端な攻撃は、ジャイアントオークを挑発することになった。


「グァアア!!」


 二体のジャイアントオークは手に持っていたこん棒を振り上げて、アリシアに襲い掛かってくる。


「お、オワタ……」


 アリシアは目をつぶり、死を覚悟する。


 ――――だが、次の瞬間。




【スキル<省力化>が起動しました】




 突然、アリシアの頭の中に、女性の声が響いた。

 脳に直接響くその声は、アリシアも初めて聞く――女神の声であった。

 それは特別なスキルを得たときに聞こえるとされている。



【省力化により、魔力消費量が1になりました】



【省力化により、無詠唱でのスキル発動が可能になりました】



 立て続けに、そんな声が聞こえる。


(しょ、省力化!? 魔力消費量が1で無詠唱!?)


 いったい何を言っているのかまったくわからなかった。だが、それがすごいことだということ――――そして、今の状況で有用だということは直感的に理解できた。


 アリシアはとっさの行動で、再び両の手のひらをジャイアントオークへと向ける。


(ふぁ、<ファイヤーボール>!!)


 心の中でそう呟く。

 すると、次の瞬間。

 アリシアの左右に、無数の(・・・)火球が出現した。

 それらの火球は一つの巨大な炎となり、ジャイアントオークへと放たされる。


「「グァァァァア!!!!!!!!!!!!!」」


 次の瞬間、ジャイアントオークが業火に包まれた。

 あまりの高火力にジャイアントオークはなすすべなく、すぐに悲鳴すら上げることができなくなった。。

 そして、ものの数十秒後には、その巨体は溶けて崩れ落ちてしまった。


「――――え?」


 アリシアは自分のしたことにただ驚く。


(わ、わたし、ジャイアントオークを倒しちゃった?)

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