惰聖女さんは、ラクに生きたいだけなのです。 ~え、めんどくさがりなだけなのに、英雄扱いされてますか?~
アメカワ・リーチ@ラノベ作家
第1話 惰聖女さん、うっかり追放されてしまう。
「汝の授かったクラスは<聖女>じゃ」
その言葉に神殿内がざわめいた。
この世界では、18歳になると<クラス>が与えられる。
そしてこの少女、アリシア・ローグライトは、伝説のクラスである<聖女>を授けられたのである。
<聖女>は50年に一人現れるかどうかという極めて珍しいクラスであった。それゆえ、アリシアがそのクラスを授かったことに、その場に居合わせたすべての人間が驚嘆した。
アリシアの父親も例外ではない。
「おお、なんということだ……。我が娘が聖女に……」
神官の言葉を聞いたアリシアの父親――ルード・ローグライトは、天井を見上げて神に感謝の意を示した。
「聖女となれば、王子との婚姻だってありえるぞ」
そんなことまで呟く。
アリシアの父、ルード・ローグライトは侯爵であった。決して低い身分ではないが、娘を王族を婚姻させるほどの身分ではない。
だが、娘が聖女のクラスを授かったとなれば話は別だ。
「確か……エドワード皇太子はアリシアとは2つ違いだったな。なんてことだ。これはまさしく運命」
ルードは娘の未来を――そしてなにより自身の立身出世を妄想する。
中級以下の貴族にとって、婚姻による成り上がりは一つの成功パターンであった。仮にアリシアが王妃となれば、父のルードも外戚として権勢を振るうことができる。長年、侯爵としてくすぶっていたルードにとって、それは夢のような話だ。
(王妃……ね。まぁ確かに王妃になれたら、ラクして楽しく生きていけるかも)
アリシアは一瞬だけそう思った。
王妃ともなれば、働く必要はなく、毎日おいしいものを食べてダラダラ過ごすことができる。それはまさしくアリシアが望む人生だ。
けれど、その後すぐ別の感情が湧いてくる。
(でも……めんどくさいことに巻き込まれるならごめんだな……)
――――彼女は天性の<めんどくさがり>であった。
なるべく目立たず、細く長く生きていきたいというタイプなのだ。
それなりのクラスについて、それなりに仕事をして生きていく。しいて言えば、与えられたクラスが、楽に生きていくために役に立ってくれればいい、くらいの気持ちしか持っていなかった。
その点では、<聖女>というクラスは彼女にとってなんのありがたみもないものだった。
なにせ強いクラスを持てば、それだけ周囲からも期待されてしまう。それはアリシアの意思に反することだ。
(領主として不労所得でのんびり生きていく。うん、それがわたしの人生)
アリシアは内心で一人ごちる。
「……殿下。鑑定を続けます」
盛り上がる侯爵に、神官が冷静に言った。
「おう、すまん。まだギフトスキルを聞いてなかったな」
人はクラスを与えられると同時に、そのクラスに合った<ギフトスキル>も与えられる。
<ギフトスキル>は、一般的なスキルと違って努力で習得することができない、クラスに固有のスキルである。
ギフトスキルはクラスごとにいくつかのバリエーションがあり、同じクラスだからと言って同じギフトスキルを授かるとは限らない。
「アリシア殿のギフトスキルは……」
神官が水晶をのぞき込んで、ギフトスキルを確認しようとする。
「……ん?」
次の瞬間と、神官の表情が固まった。
「どうした?」
父親が神官に言葉を促すと、神官は困惑しながら答えた。
「アリシア殿のスキルは……<省力化(セイヴィング)>です」
神官の言葉に、場内が再びざわつきはじめる。
そしてそれは、<聖女>のクラスが明らかになったときは、まったく別の反応であった。
「せ、<省力化(セイヴィング)>……だと? り、<リザレクション>ではないのか?」
聖女は、神聖系統のスキルに適性があるクラスである。
そして聖女のギフトスキルは、上級回復スキル<リザレクション>か、上級攻撃スキル<ディバイン・ジャッジメント>と相場が決まっている。
それなのに、アリシアが授かったのは、<省力化>という誰も聞いたことがないスキル。これは一大事だった。
「ば、ばかな……」
ルードはめまいを感じて倒れそうになった。
「<聖女>のクラスでありながら、神聖系統のスキルを与えられないとは……」
それはあまりにも不吉なものだった。
それゆえに、その場にいた多くの人間黙り込む。
――だが、誰かが我慢しきれずにポツリと言った。
「……<堕聖女(だせいじょ)>だ」
――――堕聖女。
ごくまれに生まれる、<聖女>のクラスを持ちながら、神聖系統のスキルを持たない者を指した蔑称である。
その存在は、不吉の象徴とされ忌み嫌われる。外れクラスの中でも、最悪のものといって差支えない。
「なんと邪悪な……」
「娘が惰聖女なんてローグライト伯爵も終わったな……」
「教会が黙ってないだろ……」
人々がひそひそとそんな言葉を口にする。
(わ、わたし、怠惰(・)ではあるけど、堕(・)落はしてないよ……!?)
アリシアは内心でそう抗弁する。
自分が怠惰な性格である自覚はあったが、悪事を働くようなことはしてこなかった。それゆえ、自分が悪魔のように扱われるのは想定外だった。
アリシアは助けを求めるように父の方に視線をやる。
――だが、父親は娘を、これまでにないほど冷たい眼で見ていた。
(あれ、わたし、もしかしてヤバい??)
アリシアは周囲の反応で、自身に降りかかろうとしている災難を予感したのだった。
†
「おまえはローグライト家に相応しくない! 今すぐこの家から出ていけ!」
ローグライト侯爵ルードは、神殿から屋敷に戻るなり、アリシアにそう告げた。
「二度とローグライトの家名を名乗るんじゃないぞ!」
そんな念押しまでして。
当主のその言葉に逆らえるものなど、この館には一人もいない――娘のアリシアとて例外ではない。
そんなわけで、アリシア・ローグライト――改めただのアリシアは、実家から追放の憂き目にあったのだった。
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