探偵と義賊と50円・後半

「確かに、おかしな光景ですね。」


言って、兄の顔を見る。

まだ笑っている。


「お兄様はもう気づいてらっしゃるのですか?」


「まぁね。」


「はっきりとした答えですか?」


「だと思うけどね。事実かどうかは確かめようがない。ゆっくりでも考えなよ。私の答えと同じになれば信ぴょう性も増すってものだろう。」


「そうですが、」


「なら、ヒントをあげよう。ヒントはあの場にいた、誰かだ。」


「あの場ですか。」


あの場にいたものを思い出す。

子供に奥様方、と怪しげな男!


「怪しげな男がいました。」


「彼が犯人である。理由は?」


「怪しいから。」


「随分と横暴だね。怪しい男がなぜ50円をあそこに置いていくんだい?」


理由など一つもない。

呆れかえるほどに自分は何も考えず言ってしまった。


「では、奥様方?子供達?飲み物を買った後にお釣りが出…ないんですよね。」


100円均一の自動販売機で50円はお釣りでは出てこない。

いくらで買おうが初めに50円の硬貨を入れでもしなければそれは発生しない。

そもそも、業者側のお釣り入れに50円硬貨の位置すら存在しないだろう。

加えて犯人が兄の中で断定できている以上、偶然の産物ではないということだ。


「他に何か理由があるんですか…」


飲み物を買う以外で自動販売機に近づく、理由がない。


「分からないかい?ではヒントの二つ目だ。君もあれに向かってその行動を結果的に取っていた。それが理由だ。」


私が取った行動。


「50円に手を伸ばす行為ですか?」


「そうだよ」


そう。って言ってもどういうことだ。


「でも、それは50円があったらする行動であって、50円がそこにある理由ではないですよね。」


さっと聞き返す。


「いや、どっちもだ。もし50円があったらする行動を誰かが意図的に引き出そうとしているのだったらね。」


「意図的にって。誰かが私をはめようとしたと?」


「そう言うことだ。」


「でも私はお兄様に連れられて自動販売機に近づいたんですよ。それなら私をはめるなんて偶然に過ぎませんよ。」


「そうだろうとも、だって誰でも良かったんだから。」


説明が増えるたびに疑念が深まる。

謎が謎を呼ぶってこう言うことかと、関係のない一つの謎が解ける。


いけない。えーっと。

五十円があって誰かが拾うのが目的で、目的のために五十円を入れていると言うこと?誰かが何のために?

「どういうことですか。」

不躾に質問を重ねる。


「そのままの意味だよ。誰でも良かったのさ。ふみでも別の誰かでも。意図的にそこに50円玉を忍び込ませて取らせる。それだけでいい。」


「なんでそんなこと」


「犯罪者にするためさ。」


急な文言に驚く。


「犯罪者にですか、確かにお釣りの泥棒は犯罪ですが、さすがに50円玉を盗まれました、実刑にしてやってくださいって言っても、お巡りさんだって困るでしょう。」


「他にあるだろう。もっと単純に。この行動が、こと犯人の様な人なら尚更、影響を受けやすいかもしれない。」


50円玉を置いておく理由。実刑をつけることが目的である訳でもなく、何か別の理由があるのか。いや、わからない。諦めよう。

「分かりません。教えて下さい。」

わたしは即刻降参した。


「探偵では無いにしても、もうちょっと考えてみたらどうだい。」


「そう言われましても。」


「では、ヒント三つ目。君の目には、よく見えたんじゃ無いのかな。僕はそれを大体のぼやけた形で認識したけれど、予想したけれど。君は見てたんじゃ無いのかな。はっきりと」


見た物?

わたしの見ることができる物。

多くに褒められたことは無い視力4.0。

義賊としての人並外れた能力の一つである。わたしの目には確かにくっきりと色々なものが映る。

悪いとは言い切れない兄の視力ではぼやけていた。距離があるのだ。

自動販売機との位置。

そうか、犯人が、五十円玉を見なければいけないなら、彼は犯行に利用するためにそれを持っていたのか。


「子供の一人が双眼鏡を持っていました。確かにあれでも使わなければ、見えない距離だと思います。でも何故、」

わたしはでも何故だかはまだ分からない。

50円玉を置く、真の理由が。

兄は答えた。

「感謝されるだろう。犯罪者を作って交番に伝えれば」

端的だった。

だからわたしの返答も浅い善人になってしまう。


「自作自演なんて、偽善もいいところじゃないですか。」


「自作自演でも満たされるんだよ。まだ中途半端な心の形成の子供ならね。」


確かに、あの場には数人の子供がいた。


「私の考えではこうだ。子供たちはまずどこかで買い物をする、そして勘定でできた一人の財布から50円玉を用意する。硬貨を取り出し口に入れておく。そして、近くの確認が出来る場所で遊ぶ。これでいいはずだ。一人が双眼鏡で買い物客が硬貨を拾った瞬間を確認し次第、近づき声をかける。そして50円の話を持ち出される。子供たちの叫び声と周りの視線が集まる。逃げる方が厄介だ。近くの交番に連れられるまま、行く。そして終わりだ。」


「待ってください。少し飛びすぎだと思います。なんで、その50円がその子供のものだと断定されるんですか?なぜ、交番はすんなりと受け入れるんです?」


「買い物のレシートでも出すのだろう。もちろんあの50円が誰のものかなんてわからない。紙幣のように番号が振られているわけでもない。だから、彼の財布の中の動きをレシートで見る、もしかしたら、子供がレシートを先に提示して、ほらねと決め打ちを決めるのかもしれない。小学生の子供の所持金なんて親がそれなりに把握しているだろうし、レシートと残金を見合わせて、50円玉がすっぽりと無かったら彼のものだと判断するだろう。さらにどれだけ飲み物を買おうがお釣りに50円は出ることはないから買い物客の物ではない。おかげで、今日の校長の話も長かっただろう。通報が増えているとかどうとか。」


「でも、それって」


「悪い事だね。子供が悪い、そう思うよ。」


「じゃあ、止めなければいけないじゃないですか」


踵を返そうとする私を兄は止める。


「大丈夫だよ。悪いことはちゃんといつかバレるようになってるんだ。」


「それはどういう、、、」


「ほら、キーはあのあやしい男だよ。行って見てきなよ」

兄はひょいひょいと手を動かす。わたしに少しは自分で動いて欲しいらしい。探偵の息子はこれだから困る。

最終場面で気にならせて引こうとする。

クリフハンガーでは終わらせないよ。


わたしは怪しい男に近づいた。



「すみません。これ、落としましたよ。」

わたしは男の手にちょうど収まるくらいの黒い皮製品を怪しい男に差し向ける。

男は途端仰天した様に、自分の体を服の上から中から探って目の前にあるそれが本物でないかを確かめる。

しかし、本物だよ。


「いや、ありがとう。こんなものを落としたら。馘首は無くとも、厳罰ものだ。本当にありがとう。」


「いえいえ、本当に良かったです。ではわたしはもう行きますので、天蓋刑事。」


わたしは言うと、敬礼の真似事をして頭を下げる。盗んだ警察手帳を即座に返して義賊の娘はそう言って、兄の元へ向かった。



「こう言うことですか、罰が下るとは。」


「それでは種明かし。あやしい男、あれは交番の警官だった訳だ。どんな気候でも、季節でもあんな辺鄙な場所に佇む人間がいるものか。流石に子供はやりすぎってものを知らないらしい。チェックがついてしまったみたいだね。お金を彼らが入れている瞬間だって確認しているだろうし、子供たちがそ 硬貨を置いて呑気に遊ぶのも見ている。大丈夫、次の被害者に子供たちが近寄った瞬間、動くだろうさ。」


そう言う兄は満足げににっこり笑う。

探偵の息子。

わたしにはまだ兄がはっきりとは見えはしないのだけれど、その論議はまた明日にでも私の中で行われることにすればいい。

元より義賊の娘には難解すぎる問題なのだ。


道はまだ長い。

また、二人は話さなくなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

探偵の息子・義賊の娘。 端役 あるく @tachibanaharuhito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ