探偵の息子・義賊の娘。
端役 あるく
探偵と義賊と50円・前半
探偵の息子と、義賊の娘である我々兄妹が謎を解くお話に相成ります。しかしながら、数行続く校長の話は聞くに疲れるでしょう。なので、今から聞き流すわたしの様にお話を飛ばして構いません。加えて、校長の話に引っ張られるわたしの文句も聞き流し下さい。
義賊の娘の語りになりましたが、義賊と言ってもあなたの時間をわたしは盗みません。注意・妹より。
「であるからにして、昨今交番に寄せられる犯罪者通報に伴う連絡が学校へ何件も寄せられてきます。これからはゴールデンウィークに突入することもあり、世間では何かと人の移動が大きくなることが予想されます。皆さんも気持ちを高らかにしている時分でしょう、そんなときだからこそ、気を張って生活を行い、また不審者を見つけたら通報する、間違っても近づかない、出会ったらすぐ逃げる、これらを守っていただきたい。避けられない事柄は多々ありますがそれを産まない努力、早く家には帰宅するようにすることを心掛けていただきたいのです。また………………」
何とも平凡で長い挨拶。
私も半授業レベルの長さを頭に思うことはある。それでも、口に出すほど、自制に疎いわけじゃない。
校長はかれこれ、15分は話続けている。
教師、生徒合わせて聞かされている人は1000人弱といったところだろうか。
雁首揃えて、集まって生み出されるのは大量の欠伸なのだから生産性とか云々の話ではない。
仮に計算して仕舞えば、15×1000=15000 校長は1万五千分、250時間のときを奪っているのだ。
時給800円と換算し、今、校長は200000円を使って、我々の時間を奪って、無駄話をしているのだ。
犯罪者が多くなったと危機感を煽ってどうする、問題を隠し通して内密にことを鎮めるのが大人のやり方ではないのだろうか。お前たちは国民がダメだから、と文句を垂れる政治家か?いじめる者といじめられる者のうち、悪いのはいじめる者に決まってるだろう。
声を荒げるのは子供だけで、大人は大人らしく大人しくしていればいいのだ。
そして子供みたいなどうしようもない雑多文句を無言で吐きながら、彼の浪費の終わりをようやく聞き終えた。
今日は、一学期の中間の大きな休み、ゴールデンウィークを告げる大事な会。
親の厄介なところだけを煮切ったような校長は話す話す。あの父親の様に、心配事をメインに。
文句が垂れるわたしは頭から校長の無駄話を引き剥がす様に首をプルプルと振る。
私は自分の居場所である、一室に向かった。
「あぁ、遅かったね。ふみ。」
滑らかに塗装された重々しい安楽椅子に座りながら、先客がこちらを振り向く。
「お兄様こそ、お早いことで。暇ですか?」
「ファーストタッチが痛いな。何かあったかい?」
「いえいえ、暇そうな兄にぶつけてやろうと思いまして。時間泥棒への文句を。」
その兄は笑った。
「口が悪いね。お兄ちゃんは気にしないけれど。怖いよ、素の口調。」
まるで、なんとも思ってないように怖いなどと兄は言う。
テンポの掴みづらい兄の言葉にわたしは話を切り替える。
「仕事はもうないんですか。ゴールデンウィークですよ。連日の日跨ぎとなれば、何かとあるんじゃないですか?生徒会にはそれなりに仕事が残っていると思って訪れたのですが。」
「いや、大丈夫だよ。幹部会がみんなやって行ってしまってね。強奪にあってしまってね。なんとそこには一通の手紙が置いてあってね。なんでも、妹さんと遊んでやってくださいだと。粋な奴らだよ。」
犯行予告状さながらの封筒を手に兄は振る。
わたしは予告状も、内容も全てが嘘であることを知っている。いやなに、推理などない、義賊の勘なのだけれど。
だから「嘘ですね。」と短くわたし。
兄。
いつ、わたしが来ることを兄は察したのか。来室を予期して、予告状を作り上げる暇人。
もとい、探偵の息子。
答え合わせの、辻褄合わせの天才。
「バレたか、そうだよ、ただお兄ちゃんは君を待ってたんだ。さぁ、帰ろう、帰ろう。」
「そうですね。やることがないなら帰りましょう。」
そう言い捨てて、わたしは途端に踵を返す。
「ちょっと。」
計画が狂ったのか俊敏に荷物をまとめて走ってくる兄を少しも待つことも無く、歩く。
気にしないよ。振り向かないよ。待たないよ。
学校を出てから数分。
兄は堂々と誘ってきたのにも関わらず、わたしでは無いよ、兄が誘ったにも関わらず、私の半歩後ろを歩くばかりで話しかけてくる気配もない。
しかし私から後ろを向くことはできない。
ジレンマが生まれてしまった。
無価値のジレンマを想像してさらにわたしは後ろを向けなくなる。
何故向けないかって?
もし、こちらから後ろを向いて兄がニヤニヤとでもしていたらこれから恥ずかしすぎて、生きていけなくなるのである。
後ろも振り向けず、目持ち無沙汰のわたしの視界の左手には公園が現れる。
夕暮れ時にも関わらず、子供は数人遊んでいる。
鬼ごっこか、かくれんぼか、それらの複合のような遊びだ。
一人は虫網、一人は虫かご。
一人は双眼鏡を首からぶら下げているものもいる。
虫網、虫かごとは昔ながらのガキンチョもいる者だが、双眼鏡とは子供に随分といいものを持たせているんだな。価値なんて正確に分かりはしないが結構ガッツリとした重厚感あるそれにわたしの感性は高い物と判断を下した。
教育の一環だろうか。それとも子供の好き嫌いの差なのかな。
それでも、一緒に遊んでいるなら万事よろしい。
公園の近くでは奥様方が3名で井戸端会議をしている。
人数的な理由と、子供へのあまりの無関心さからあの子供たちの母親ということではなさそうだ。
肩からはかわいらしいマイバックをそれぞれが下げており、いかにも買い物をしてきましたというようにバックはパンパンに膨らむ。
さらに婦人たちの近くをうろつく、怪しげな男。随分と黒々しい服を着ているが、まぁ春明けの気候では寒さ対策で着込むこともゼロではない。
「あ!ふみ」
後ろから、私の名前を呼ぶ兄はどこかへと向かう。
ジレンマの解消されたわたしの体は首を誘導する。
ぴかぴかと決まった明るさで辺りを照らし続ける自動販売機に兄は止まった。
「ふみ、ジュース買わないか。さっきのお礼じゃ無いが。それが嫌なら、昨日のアレでもいい、一昨日のあれでもいいし、その前のアレでもいい、それか。」
「いただきます」
兄は珍しく強情に交渉してきた。正直言えば、兄がしたアレや、あれやと言うのは皆目見当もつかないのだけれど、知った振りに越したことは無い。奢りたい人には奢らせてあげるのが1番いいと物心つく時には学んでいた。
自動販売機の品ぞろえを見る。
その中の一つに決め、学生カバンからお金を取り出す。一応ね、これも作法。
「ちっちっち、妹よ。こんな状況で兄が払わないとでも?」
それを得意げに言い放った後の彼に、感謝の念を伝えながら買うつもりのものを伝える。
無沙汰になった視線はふと下に向かった。
うっすらと見える銀色のそれを視界にとらえる。
お釣りの取り出し口。
そこには確かに50円玉が入っている。
不躾にも銀色に手を伸ばす。
瞬間、わたしの腕は横にいる者に止められた。
「やめときなよ。変なものに触れる時は先に考えてから行動することだ。」
「変なものではありません。ただの50円玉硬貨です。」
兄に言ったが、先に歩いて行ってしまう。
私の分の飲み物を後ろに見せながら。
大きな後ろ姿に私は駆け寄りながら、もう一度言った。
「50円玉硬貨です。」
横に着く彼には笑みがこぼれている。
「だから、五十円玉硬貨が変だと言ってるんだ。」
「何がです?」
兄は手の飲み物を私に手渡し言った。
「このジュースは百円なんだよ。」
「値段がどうかしましたか?」
「実は僕のも百円だ。」
「まさか」
「そう、あの自動販売機は100円均一なんだ。ではお釣り取り出し口にある50円はどこからやって来たのか?今日はそれを考えてから帰ろうか。」
さらに兄は不敵に笑った。
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