第3話 寒空
目が覚める。ロフトベットの横から寒空の朝が見えている。もう既に不幸は始まっている。勝手にやってきた今日一日が先刻までの空中散歩を夢と呼び忘却へと押しやって、さあ、今日一日。腹筋をフンっと一度に起き上がってしまうのがやはり最善であるらしい。目覚めの絶望的瞬間を飲み込んでしまえば、あとの十数時間など案外安いものだ。
超個人主義の社会では、運命、哲学、仕事、言葉、ストレス、昼休み、タバコ、アカウント、イライラ、知るもの思うこと触れることすべてが、個人の趣味の範囲で尊重される。一個人である私も当然に何もかも尊重され、さらなる個人の自由の獲得へと邁進する。然るに死にたい数時間が過ぎ去るのを待つ孤独な小春日和の日も、なお生きている不思議も、気のせいかもしれないと思ったりする。各々生まれて死ぬという現象をある種の枠組みの中で公認され、人生という夢を見ているのだろう。人生という語がふさわしいかわからない。人生、真理、意志、漠然とした罪悪感、、きっと本当はここにないものの夢をみている。
ここでいつも言いようのない不安を消すことができない。個人という世界から出たことのない私にはわからない「外側」の気配を消すことはできないのに、なにか都合よく騙されているような気がしてならない。何もかも否定されない風潮に触れたとき、同時に何もかも許されていないと感じる。無限の可能性を謳われるとき、無気力に襲われる。
この先の思考はない。ほとんどは言葉にならず、体の外、空気中に拡散している。
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