第32話

 ここで芽依の力をおさらいしておこう。


 まず生物は問答無用で死にます。


 もちろん植物もです。


 ですが、生きる為に必要なもの、例えば料理や歩く地面の物などは消えません(消そうと思えば消せるらしい)。


 そして無機物は基本的に大丈夫ですが、本気を出したら普通に砂と化します。


 つまり布越しであれば物は持てるのが芽依さんなわけです。


「急にどうしたの?」

「いや、時々確認した方がいいのかなって」

「はぁ」


 そんなわけで芽依が持ってきた資料を読んでいるセイバー。


 そういえばこの人、呪いに対してそこまで忌避感がないというか


「いい人?」

「俺がいい人なんて言う奴は久々に聞いたな」


 いや聞こえてるんかい!!


「いやでも偏見がないのってやっぱりいい人って雰囲気じゃないか?」

「ん?いや俺は別に呪いなんざにビビってねぇだけだ」


 へぇ〜、もしかして俺と同じだったり?


「呪いなんて剣で倒せるからな」


 理由が脳筋だった。


「いやいや無理でしょ。俺が言うのもあれだけど、勝てるわけないっすよ?」


 師匠もいつも英雄の力には勝てないって言ってたし。


「ライネットは少しその力を盲信してるからな。魔炎龍を倒した時の光景が忘れられないんだろ」

「出た魔炎龍」


 師匠が慌てた程のモンスター。


「確かに嬢ちゃん達の力は強い。上手く立ち回れば正に無敵の力だろ。だがな」


 音が消えた。


 いや、音が斬られた。


「え?」

「嘘……」


 凛の杖が斬られ、芽依のボタンが宙を舞う。


「呪いの危機察知能力は優秀だが、それを上回る速度で攻撃すれば当たるし、呪いでかき消しきれない程の魔力の塊をぶつければ通る」


 セイバーは剣を納める。


「その杖はもうそろそろダメになる。その服も色んな場所がほつれてるぜ?新しいの買っとけ」


 セイバーは金貨を数枚程投げ渡す。


「あまり過信しない方がいい。お前らがいつでも俺を殺せるように、俺もいつでもお前らを殺せる。最強は誇ってもいいが無敵には程遠いぜ」


 セイバーは何かにハンコのようなものを押す。


「ほれ、終わった。嬢ちゃんならいくらでも好きな依頼を受けていいぜ」

「……ありがとう」


 用事は終わり、俺達は部屋を出る。


「すっげー」

「何が起きたか分からなかった」

「いつの間にか杖が無くなっちゃってました」


 無敵と思い込んでいた呪いに対しての華麗な一撃。


 凛の呪いに抜け道があったように、呪いは必ずしも万能じゃない。


「マジかよ。じゃああの人くらい強い師匠って何者なんだよ」


 今までにないくらい師匠の存在を大きく感じる。


 その結果生まれる疑問。


 何故師匠は俺なんかを弟子にしてくれたんだ?


「唯一のアイデンティティー奪われた気分」

「別に芽依は強いだけじゃないだろ。それに、あの距離だからこそ呪いが反応出来なかった可能性も高いしな」

「呪いを誉めて欲しくない……」

「いやめんどくさいな」


 呪いは嫌いだが、せめて呪いから与えられた恩恵くらい感じたいという複雑な心情なのだろう。


「まぁ俺なんか眼中にも無かったんだがな」


 格が違う。


 次元が違う。


 立つ場所が間違っている。


 そう思わせる程圧倒的で、やるせない気持ち。


「学園か……」


 行ってみたい。


 その気持ちが大きくなる。


 師匠が色々手続きをする為、もう少し入るのは遅れるらしい。


 それまでは体作りを死ぬ気でしてろというのが師匠の言葉だ。


「学園って?」

「カース学園ですね。王都では一番有名な学舎ですよ」

「清、そこに通うの?」

「ああ。いつになるかは分からんが、師匠の言葉が本当なら行くつもりだ」

「……そっか」


 芽依はどこか悲しそうな表情をする。


 素顔を見たお陰か、仮面越しでも芽依の気持ちが分かるようになった。


「よっこいせ」

「え、ちょ!!」


 だけどいつも通り何が悪いかったか分からない為、謝ろうにもどうしようも


「ふ、文清君!!」

「どうした凛?何かあったか?」

「え、えぇ!!私がおかしいんでしょうか!?」


 何を驚いているのだろうか。


 辺りを見渡すが、特に変わったことはない。


「急に抱き抱えられたらビックリするんです!!」


 杖が無くて階段降りるの大変だから、いっそ持ち上げた方が速いと思っただけなのに。


「せめて事前に許可を!!」

「悪い悪い。いいか?」

「ダメです!!」

「でももう着いちゃった」


 俺は凛を地面に下ろす。


 凛は怒っているが、気にしない。


「デリカシー」

「悪いが母親の腹の中に置いてきた」

「「……」」


 あ、この子達母親にトラウマ持ちだ。


 いっけね。


「楽しい話をするか。俺が勇者になる夢の話と、芽依のおっちょこちょいエピソードどっちがいい?」

「いやどっちもーー「芽依ちゃんのお話で!!」


 凛が食いつく。


 その後、俺は芽依の面白くおかしい話をして怒られたのだった。



 ◇◆◇◆



「これとこれも欲しいですね……」


 絶賛買い物に付き合っている俺ら。


 さすがに商品を呪物にするわけにはいかず、商品は俺達が説明している。


 マジで建てた家が呪われてるとバレないことを祈るばかりだ。


「む〜、迷いますね」

「両方買えば?」

「芽依が払うぜ」

「清に言われるとムカつくけど、同じこと言おうとした」

「いえ、無駄遣いはいけません」


 凛は必死に二つの鍋を比べる。


「そういえば凛ってどうやって生活してたんだ?」

「呪いが勝手に働いて、いつの間にかお家にお金が貯まるんです。ですのでそれでお買い物してましたね」

「なーるほど。冒険者になろうとは思わなかったのか?」

「はい。家から出るのが怖かったので」


 笑顔でトラウマ抉り出してる姿はちょっと怖い。


 今は楽しそうでおじさん本当によかったよ〜(シクシク)


「キモ」

「そうなると、凛にも色んな体験をさせたいが……今度師匠と相談するか」


 魔法を使った遊園地とか楽しそうだな。


 師匠に全ての労力を割いてもらって手伝わせよう。


「よし、決めました!!」


 そして凛はいくつかの調理器具や食材、家具など様々なものを購入した。


 そして最後に


「暗器入りの方がよくない?」

「長持ちした方がいい。このメタルダイアモンドで作られたやつが一番」

「でもそれ金貨200枚だぜ?」

「私が払う」

「えっと……普通ので」


 凛の杖を購入した。


「護身用に剣に変形するのじゃなくていいのか?」

「あの素材なら二度と折られないし、多分2000年は保つ」

「いえ、これでいいです」


 凛は楽しげに音を立てながら歩く。


「普通が一番です」


 まぁそう簡単に全部が変わるわけじゃない。


 今でも凛は普通に生まれたかったと、呪いは必要ないと思っている。


 ただそんな中で、僅かにだが今の自分も受け入れている。


 普通じゃなくても大丈夫だと思えてきている。


 それが良いこととは限らないが


「まぁいいか」


 決めるのは俺じゃない。


「はぁ……帰ったら筋トレしないとだな……」

「大変そうですね」

「でも、その効果は本物」

「そうだな」


 指輪一本でこれだけ強くなれたのだ。


 それが十倍ともなれば、俺の成長は鰻登りだろう。


「なんで誰もこれを使わないんだ?」

「だってそれ、取れない上にサボったら魔力が取られるなんて酷すぎる」

「もしかしてですが、文清君一度も休んだことないんですか?」

「一応俺は魔力は無くならないが……」


 言われてみたら俺、一度もノルマ達成しなかったことないな。


「普通の人間には無理」

「さすが文清君、異常ですね」

「おかしいな。異常や特別は俺の好きな言葉なのに、何故か嫌な言い方に聞こえる」


 てか普通じゃないか?


 経った一日の半分を運動に使うことでパワーが手に入るんだ。


 強くなる為には安いもんだろ?


「わ、私明日から走ります!!」

「危ないから遠くに行く時はどっちか連れてけよ」

「大丈夫です。家の周りを一周したら体力が無くなるので」

「誇ることじゃない」


 俺はもう一度指輪を見てみる。


 よし


「ダンジョン行くか」

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