第8話:呪われた神社


「本当に来たのか。しかも――」


 伊藤と呼ばれた男性は、そっとぼくに目を向けてくる。

 雰囲気だけならあれだけど、案外そうでもない? 

 普通に話せ――


「子連れとは」

「あっ?」


 おかしいなー?

 ここには秋野先輩とぼくくらいで、今のところ子どもの姿はないんですけどねー。

 きっとこの男性には、幻覚が見えているんでしょう。

 幽霊を見れるぼくが、近くにいないのが分かっているので、幻覚確定ですねぇー。

 フフフフフフ。


「……いや、訂正しよう。どうも俺は女性の地雷を踏みがちでな」


 素直に頭を下げる伊藤と呼ばれた男性。

 けどぼくは見逃さなかった。

 男性の目がちらとぼくの後ろの方を捉えたのを。

 ぼくの髪を見たのを。

 というより、子どもってやっぱりぼくの事だったんですね。


「次はありませんので」


 なんでこう毎回子どもに間違われるのかな。

 いつも牛乳飲んでいるのに。

 朝昼晩と、適量に飲んでいるはずなのに。

 

「大人の対応に感謝する。改めて自己紹介をしよう。俺は伊藤海斗」

「ぼくは上杉氷濃。秋野先輩と同じ大学に通っています」


 とりあえず自己紹介はしておいて問題はなさそうだね。


「……で、本当に良いんだな?」


 もう先に自己紹介をすましていたのか、伊藤さんは秋野先輩へとぶっきらぼうに言った。


「全然オケオケ! それで海斗さん、今日はどこへ?」


 その一瞬だった。

 そう秋野先輩が聞いた一瞬。

 その一瞬で、伊藤さんの雰囲気ががらりと変わった気がした。

 言い知れぬ感覚に身を包まれた時、ニヤリと元を緩め口角を上げた伊藤さんはこう言い放った。


「俺達が行くのは、とある場所にあるとされる、呪われた神社だ」


  *  *  *


 ビュン、ビュンと、車が走った際に生じる風が窓を叩く。

 何かあるわけでもない他愛のない会話を秋野先輩方としつつ、伊藤さんの車にて目的地へと向かって行く。

 男性の車に女性二人で乗ると考えれば危険かもしれないけど、ぼくは刀を持っているから恐らく大丈夫だろう。

 それでも、警戒心を解く事だけは絶対にしない。

 素性が分からないのだから。


「海斗さんは、何かのご職業についているんですか?」

「黙秘だ。答えられない」


 こんな感じで。

 秋野先輩が、ぼくの隣で「ええぇ」と落胆するかのように嘆く。

 答えることができないって事は、秘密裏にされている仕事についてる可能性がある。

 怪異について詳しい訳だし。

 ……それだけで決めつけるのもあれだから、あくまで可能性だけど。


「じゃあ海斗さん! 呪われた神社ってどういう事なんですか!」

「さぁな、呪われた神社だって事だけだ。どう呪われているかは、行ってみないことには俺も知らん」


 ……嘘をついている様子はないかな。

 だけど本当にそうか。

 恐怖を教えてやると答えておいて、噂しかない場所に行くのかな。

 多分何かしらはあると思う。


 ぼくが兜の緒を締めていると、やがて他の走行車が若干少なくなってくる。

 窓から外を何気なく見てみれば、緩やかな渓流に青々とした広大な自然が聳え立っていた。

 ただ土の上を走る音だけが耳に残る。


「そろそろだ」


 伊藤さんがそう一言だけ言ってくると、車を走らせ、近くに見える田舎に止めた。

 ぼくと秋野先輩が車から降りて辺りを見渡す。

 一言でいえば……昔ながらの家々?

 ぼくの所よりも、さらに古い気がする。

 その遥か後ろにはでっかい山々。

 裏山って奴なのかな? 

 それとも連なっているように見えるから……何だろ。

 とにかくだいしぜーん。


「本当にこの場所であっているんですか?」


 車から降りてきた伊藤さんに、怪訝そうな顔で秋野先輩が尋ねる。


「記者なら現地人に話しを聞いてきたらどうだ?」


 聞くが早いか、それもそうだと秋野先輩は忙しなく駆け出して行った。


「さてと、それで伊藤さんはなんでぼくたちに協力してくれるんですか?」


 たとえ怪異がいるのを知っていたとしても、ぼくたちに協力するメリットは一切ないのに。


「言って何になる」


 目を細め、伊藤さんが睨んでくる。


「何にもなりませんね。ですけど、その様子でぼくたちに何か助けてほしいって魂胆があるようにも見えませんし」

「……簡単な話だ。俺の仕事の邪魔になる。こう近くをぶんぶんされりゃ、堪ったもんじゃない」

「だから怪異に危険性を伝えようと、わざわざ危ない場所に来たんですか?」

「そうだ。新聞なら新聞らしく、学校で起こった嬉しい事でも記事にするんだな」


 どうしよう。

 ド正論過ぎる。

 怪異なんて危ない物を調べに行って、そこでの体験談を記事にして、そして全く相手にされない。

 危険な場所に飛び込むメリットというものが感じられない。

 大人しく言う通り、校内の事を新聞にした方が、慎ましやかで身のためだ。

 それでも、秋野先輩ならこう言うね。


「ぼくたちは怪異専門なので」


 自己満足って感じる人がいるかもしれない。

 馬鹿馬鹿しいって言う人がいるかもしれない。


 それでも貫き通すのって、案外難しいものだから。

 それに何より、面白い。

 これ一番大事。

 秋野先輩が普通の新聞を書いて、普通に好評な評価を貰って、何かに挑戦せず面白くなかったら、ぼくはそこにいない。

 きっといつも通り、何の意味もない日常を送っているかもね。


「そうか。だが今回の怪異はいつも行っている場所とは訳が違う。気を、緩めるなよ」

「あらら、意外と優しいんだね」

「これだから偽天然というのは苦手だ」


 伊藤さんはそれだけ告げると、ズボンのポケットに手を突っ込み、同じように村の方向へと歩き出していく。


「言われるまでもなく」


 ぼくが、ぼくたちが今まで気を緩めたことなんて、全てが終わってからしかない。

 早く早くと手を振り、急かしてくる秋野先輩。

 ぼくはそんな彼女の所へと、小走りで向かって行った。


 *  *  *


「神社に入らなければ問題ねぇよ。山なら俺達も良く入る」

「誰も入っちゃいけないんだってー! 絶対に! もし入ると、こわーい怨霊に襲われるとか」

「アンタらもその口かい? 止めとけ止めとけ。命が惜しければな」

 

 田んぼを耕している人、道行く現地の人に秋野先輩が聞いてきたところ、口々にそう返されてしまったらしい。

 がっくりと項垂れ、近くの木陰で休んでいる。

 精々参考になりそうな情報は、奥深くに寂れた神社があるって事と、林は薄暗いって事。

 後、入るのは止めた方が良いとかなんとか。

 過去にいろいろあったそうで。

 他には何もない。


「諦めて帰るか?」


 腕を組んで見下ろして言う伊藤さんに、後ろに炎を幻視しそうなほどやる気を漲らせて、秋野先輩は立ち上がった。


「冗談! 聞いて帰るのは三流。聞いて向かうのが一流よ! だから」

「お供しますよ、秋野先輩」

「さっすが氷濃!」


 こちらに向けてハンズアップしてくる秋野先輩。

 ここには何があるのか、どんな怪異が潜んでいるのか。

 肝試し感覚は未だに抜けない。

 けどきちんとした緊張感も持って。


 怨霊、怪異が出るとされる地へと、ぼくたちは足を踏み入れた。

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