第6話:お泊り

「お邪魔しまーす」

「邪魔するなら帰ってぇー」

「じゃあ帰りまーす。お疲れ様でし――」

「待って待って! ネタなの分かるでしょ!?」


 秋野先輩の自宅に来るなり、そんな良くありそうなコントを繰り広げるぼくと秋野先輩。

 くるりと踵を翻したぼくを、秋野先輩が必死に肩を掴んで止めてくる。

 ネタなの分かっててやったんですけどね。

 こういうのはやっておかないと。


「分かっていますって。あれですよね。帰ってほしくないけどつい帰ってって言ってしまう、心とは正反対の事を言っちゃう現象ですよね?」

「絶対分かっていない!!」

「冗談です。ただのフリですよね。じゃあ改めてお邪魔しまーす」

「氷濃のオンオフスイッチが激しすぎる」


 怪異から守ってくれる時と同一人物とは思えないと、小言を言ってくる秋野先輩。

 そんなに違うかな、ぼく。

 先祖に何回も言われているけど、自分じゃ気付きにくいものだね。


 もう何回も来ている秋野先輩の実家。

 けどこうして泊まりに来るのは初めて。

 玄関で靴を脱ぎ、秋野先輩の家族に顔パスで挨拶を交わしておく。


 ビールで酔った秋野先輩を運んでいるの、毎回ぼくだしね。

 あちらももう慣れた様子で、秋野先輩の急な行動を咎めている。

 あっ、家族に連絡入れておかなきゃ。

 今日泊まるから家に帰れない、っと。


「あたしの部屋行くよ。氷濃」


 あの、まだ送信していないんですけど。


 母親の説教をすり抜けた様子の秋野先輩は、ぼくの手首を掴み取ると勢いよく二階の階段を駆け上がっていく。

 背中から聞こえるのは、まだ終わってないの言葉。

 もう手慣れた様子で、秋野先輩は扉を開けて自分の部屋に入り込んだ。


「ふぅ、ギリギリセェェェーーーフ!」

「お説教にセーフも何もないと思いますけどね」


 大袈裟に腕を広げる秋野先輩。

 後でまたお夕飯を食べに下に行くんですから……、どうせ続きを聞く羽目になるでしょうに。

 それにしても、秋野先輩の部屋……。

 何か女子部屋、というよりは無駄な物は一切置かない、噂で聞く男性の部屋みたい。ぼくもあんまり人の事は言えない内装だけど。


 整理整頓がされていなくてごちゃごちゃした机。

 秋野先輩はその中からリモコンを取り出すと、途端に室内へと涼しい空気が流れ込んだ。


「それじゃ、作戦会議を始めるよ!」


 仰々しく言い放った秋野先輩は、自分の勉強机からスケッチブックほどの大きさはあるメモ帳を取り出し、でかでかと『議題』と書き込んだ。

 青一色の、簡素なのか唯一の彩りと言っていいのか分からないマット。

 その上に寝転がった秋野先輩は、「速く、氷濃も」と床を叩いて急かしてくる。

 

 せめて座りましょうよ。


 家でも変わらずだらしのない秋野先輩の姿に苦笑を浮かべつつ、ぼくは正座で座り込んだ。


「見えっ」

「ハーフパンツなのに何が見えるんでしょうかね?」


 それこそ透視能力とか言う怪異の類じゃないですか。

 ぼくが「それよりやるんですよね?」と話を戻せば、秋野先輩は「そうそう」と大真面目に次のページをめくった。

 大真面目なんだけど、寝転がった姿で揺れ動く姿はやっぱりだらしがない。


「今現在で、この近辺の怪異の目撃場所って何件?」

「だいたい十八件ですね。今日を合わせると三十一件」

「……多すぎない?」

「そうですね」


 普通、そんなにバンバン怪異が現れるのはおかしい。

 ある人の書いた分析によれば、人が怪異にあう確率は百万人にひとりだといわれている。

 日本の人口は約一億人とされているけど、そこから百万を割ると、その数は百。

 確率だけで言えば、日本全国で怪異に会う人間は大体百人という計算になる。

 霊障ともなれば、ぼくの所含めてさらに数が増えるだろうけど。

 怪異というのはそれほど、ある種珍しい存在ともいえる。


「その内、正体が幽霊だったのは大体二十七件くらいですね」


 だとしても多い方に入る。

 ちなみに怪異とは、道理では説明がつかない不思議で異様なこととされているけど、幽霊とは違う。

 いわゆる行く事は絶対にできない実在しない場所、生物学的にも構造がおかしい生物なのかすら危ういのに知性を持って動く物体。

 このような……、まぁなんとも不思議な物が怪異に分類される。


 逆に、霊障は幽霊が引き起こすものとされる。

 こちらは元が人の魂であり、その魂が物を動かしたり、人に憑依したり、悪意や憎悪、祝福などを持って形となり人に姿を現すものとされる。


 多分浮遊霊とか地縛霊とか、守護霊とかそういうの。

 先祖も同じ分類に入るのかな。

 ここら辺の区別を一緒にするものや、霊が怪異となるケースも存在するから、一概にすべてが正しいとは言えないけどね。

 簡単に言えば、キツネやタヌキ、人間などの生物霊が引き起こしている現象が霊障とされている。


 そして面倒くさいのが、この霊障を取り扱っているのがオカルトサークルで、怪異を扱っているのがぼくたちの新聞サークルって部分。

 なんでオカルト系サークル同士仲良くできないのか。

 不思議でしょうがないね。


「氷濃! 聞いてる?!」

「聞いてますよ。次のターゲット、インパクトのある怪異を絞るって話ですよね。時間がないから」

「そう、あたしたちには時間がない。残り時間は二週間! さらに言えば」

「怪異の弱点情報がない。そう言う事ですよね」


 秋野先輩は頷いた。


「そうそう、だから今回ちょっとした助っ人を呼んでいるのだぁぁ!」

「わぁーぱちぱちぃぃ」

「口で言うそれ!? しかも棒読み!!」


 もっと何かないのほらほらと、逆にオーバーリアクションを返してくれる秋野先輩。

 気を取り直したように秋野先輩が立ち上がると、ぐっと腕を伸ばした。


「それじゃあ紹介はまた今度にして、ご飯にしよ! ご飯、ご飯。あたし腹減って力でねぇぞ」

「そうですね」

「だからツッコミ放棄しないでってば!」


 秋野先輩はぼくにビシッとツッコミを入れると、そのまま「ご飯、ご飯」と鼻歌混じりにドアノブを捻り出ていった。

 その姿はもう、大学生で二十歳を越えているのかすら分からない子どもそのもの。

 人生を謳歌している大人そのもの。


「……どこの戦闘狂ですか」


 本当に、面白くて楽しい、目標に向かって一直線の先輩。

 やっぱりこの人といると、退屈しない。


「フフッ」


 ぼくは笑みをこぼし、下から轟くように響く秋野先輩へのお説教に耳を傾けながら、後を追いかけた。


  *  *  *


「すいません。本当にいきなり来てご飯まで」


 いきなり来て泊まらせてもらう謝罪と、一宿一飯の意味を込めてぼくがお皿洗いを担当する。

 秋野先輩のお母さんからは、別に気にしなくていいとか、いつもあの子が振り回して逆にごめんね等の謝罪を返されたけど、こういうのは礼儀。

 というより感謝に近いものだ。

 聞かされる愚痴についても共感と相槌を打ちつつ、お皿洗いを終わらせる。

 本当に秋野先輩のお母さんも苦労していらっしゃるんですね。


 なお、その肝心の秋野先輩といえば、ソファーで寝転がりながらゲームをプレイ中だ。

 食べた後だというのにゴロゴロするそのだらけ切った姿に、秋野先輩のお母さんはもう一度大きくため息を吐いていた。


「氷濃もやろ!」

「良いですけど、ぼくそのゲームはやり方分からないですよ」

「だいじょぶだいじょぶ、説明するしホラー物だから」


 それは大丈夫だといえるんでしょうかね…………あっでも意外と面白い!

 特にこの白目向いていきなり襲い掛かる幽霊の表情、先祖が熱すぎるお茶を飲んでむせた時に似ている。

 こっちは前行った怪異に少し似ているね、製作者さんたちも会いに行ったのかな?


「氷濃全然怖がらないね。これホラーなんだけど」

「いつも会いに行っている存在に怖がれって方が難しいですよ」

「それはそうだけどさー。こうなんかないの? 雰囲気とか、幽霊に襲われ…………ばぁ!! みたいなさ」


 そう言われましても……。

 いつも廃墟やら森やら洞窟やら行ってますし。

 先祖が腕を生やすっていうどっきりを、夜中トイレ行くときに何回かやられましたし、幽霊にも人に害をなす存在がいるのは普通でしょうに。

 あっでも。


「しいていうなら、このお化け全然倒せないですね。もっと主人公に対抗手段があってもいいと思うんですけど」


 こうお札とか、槍とか杖でスパっと。

 普段できない事をやるというのは、新鮮な思いを味わえる。


「それは氷濃がおかしいだけだから! もう一度言うけど、普通の人間に怪異や幽霊は斬れないから! ……ジャンル間違えたかな」


 そう楽しくホラーゲームをプレイしていると、お風呂が沸きましたと音楽と共に、通知が届いてきた。

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