第5話:解散の危機

 ……。

 …………。

 ………………。


「へぇー」

「反応ウっス!? もっと何かないの! こうびっくりした! とか、解散するの!? とか大変じゃないですか! とかさ!」

「びっくりしましたー。本当に解散するんですかー? それだと大変じゃないですかー」

「圧倒的! 棒読み! 目を覚ましてよ氷濃ーー」


 イスがひっくり返るほど勢いよく立ち上がった秋野先輩が、ぼくの肩を掴んでがくがくと揺らしてくる。

 いやサークルの危機はもうお決まり展開ですし。

 今まで二人しかいなかったですし。

 怪異新聞なのに場所と背景のみとか。

 いくら内容が良いからって、今まで教室貸してくれた先生方にむしろビックリですよ。


「それで、どうしてそうなったんですか?」

「よくぞ聞いてくれました! あれは今から一か月ほど前、いや、一万年ほどま――」

「ぼくからすれば、昨日の出来事何ですね」

「そうそう! でっ――」


 っと、そのままの高いテンションで秋野先輩が話しだす。

 その内容というのが今から一週間前、先生から申し渡されたらしい。

 今から一か月後までにサークルの人数を増やし、また前と同じように生徒が目を引く新聞を作ってくる事。

 もしできなければこの教室を明け渡してもらうと。

 ……先生、いろんな意味で優しすぎません?

 それで前の新聞といえば、怪異から無事逃げ切ることができた、ホラー兼冒険物の内容。

 出てくる怪異は毎回毎回違うのに、解決方法はすべて一緒だからこのオチしかないのかよと、また読まれなくなっていったものだ。


 今までと同じ手法じゃもう撮れない。

 とはいえ解決策を弄ってしまえばそれは嘘の記事なわけで。

 もうおしまいだぁー! と、あのあほみたいなポーズでぼくを待っていたわけだ。


「普通の新聞を書けばいいじゃないですかー」

「ダメよ。あたしは怪異専門。世に蔓延る悪鬼羅刹を撮ってこそなのよ!」


 そんな一昔前の、お前が原因だろってツッコミを入れたくなるような時代劇みたいなこと言って。

 そうですよね。

 誤字脱字が酷いだけで普通に良い記事を書ける秋野先輩が、普通の新聞を作れるなら今こうして苦労しませんもんね。


 真面目な顔で変なことを言っているせいで、真剣に悩んでいるのかどうかすら分からないですけど。


「じゃあどうします? 怪異に会って逃げるだけ。いざとなれば斬るって感じに変えますか?」


 別に普段からも倒そうとはしていない。

 斬れば消えるのは分かっているのだから。

 本当にいざという時のみにしか斬ってない。

 逆に考えれば、いざという時が多すぎる訳で。


「そこなんだよねー。どうしよ氷濃!」


 問題は、斬らなきゃこっちがやられてしまうという点だ。

 生憎として、あっちから逃げてくれる怪異はいない。

 人間が怪異に勝つ手段なんてのは、ぼくのように怪異を祓える存在か、もしくは口裂け女の三回ポマード、べっ甲飴、「私、綺麗?」と聞かれた際に「まぁまぁですよ」と答えるような精神的弱点や、それ自体の穴をぶつけるしかない訳で。


 なのに最近の怪異ときたら……弱点がない奴が多すぎる。


 弱点を探り当てる時間もないし、おかげで相手を逃げさせることができないので、毎度毎度斬らなきゃいけない。


「ごめんなさい。ぼくが手加減とかできていれば」

「いいのいいの! むしろ斬れる方がすごいからね!? うーん、四面楚歌」


 手を振って大丈夫と告げてくる、上手く笑えていない秋野先輩。

 もういっそのこと。


「弱点がある怪異が、近くにいればいいんですけどね」

「そうだよねー。ひとまず、今まで通りって事で、新聞サークルしゅちゅげき!」

「……なんて?」

「……出撃!」


 失敗に若干頬を赤らめつつ、秋野先輩が右腕をまっすぐ伸ばした。

 ちなみにこの学校には、オカルトサークルが活動していたりもする。

 そっちの方の人数は軽く十人を超えており、なんでか内の新聞サークルと対立している。

 どうも怪異と心霊は違うとかで。

 どっちも同じに見えるのはぼくだけなのかな?


 *  *  *


「これで十三件目!」


 とある縦長の、奇妙な存在が出るとされる森。

 ロングスカートの裾が汚れるのも厭わず、秋野先輩は力なくその場にへたり込んだ。

 ちらりと見えたカメラには、またも背景。

 一部が妙にブレているとかそんなことは無く、見事に薄暗い元怪異スポットの面影が残る森だけだ。

 

 ぼくはさっきの戦闘で使った刀を鞘に納め、専用の袋に戻した。


「氷濃ー。ほかに出てきそうなとことかないー?」


 正体が悪霊だったからか、今回は立ち直りが早い。


「うーん、今のところ情報は無いですね。怪異といっても、生きている都市伝説みたいなものですし」


「そうよね。いっそあのオカルトに……ダメダメ!! それはプライドが許さない」


 得も言われぬ誘惑を振り払うかのように、秋野先輩は首を振った。

 オカルトに平然と組するようなプライドでしたら、今頃怪異とは何の関係もない記事を書いていますもんね。

 空を見上げれば、黒い雲が集まりだしていた。

 これは一雨きそうかな。

 何より暗い森はいろいろと危ない。

 何となくいやーな感じもするし、今日はこれまでにした方が良さそう。


「とりま、今日はこれまでにしておきましょうよ」

「いーや、この天気だからこそ巡り合える気がするわ!」


 腕を振り上げ、勢いよく秋野先輩は立ち上がった。

 聞くからにヤケクソ気味な声で。

 見るからに脱力しきっている体で。

 からからな元気で、秋野先輩は自分を鼓舞しているように見えた。

 

 天が低い音で唸った。

 緑の木々に囲まれながらも明るかったのに、そろそろ寿命を迎えそうな電球のように、暗くなりつつある。


「秋野先輩」

「行くよ氷濃!」


 こうなった秋野先輩を止めるのは難しいだろうね。

 普段であれば容認していたかもしれないけど、今回は訳が違う。


「それでも今日は止めましょう。森の中で野宿する知識でも持っているんですか?」

「大丈夫大丈夫! そういう時はスマホを……あるえぇぇーー圏外!?」


 そりゃ森の中ですし、圏外にもなりますよ。

 あたりまえじゃないですか。

 どうしてそれで胸を張れていたのか不思議なくらいなんですが。


「通じたとしても、聞き齧った程度の知識じゃどうにもなりませんよ。道具とかもありませんし」


 そもそも森の中に入るのに持って行った道具が、懐中電灯とスマホ、刀にカメラと非常食ってのも舐め腐っているような気がしますけどね。

 それだけの荷物でどうやって、怪異から逃げ切るつもりだったのかも聞きたいですし。


「道具ならあるでしょ! ほらっ、氷濃の刀!」


 そう声高らかに秋野先輩が指さしたのは、刀が仕舞ってあるぼくの袋。

 ははは。


「いつも以上に面白い冗談ですね?」


「ごめん氷濃! あたしが悪かったから、今すぐ帰るから! だからその刀を閉まってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーー!」


 慌てて両手を振ってくる秋野先輩。

 わざととはいえ、見せつけると良い効果が得られるようだ。

 何よりここが森の中ってのも関係していそうだけどね。


 さてと、今度はぼくが逃げる番かな?


「ん? ねぇ氷濃。いつも以上に面白い冗談って何? 氷濃にはあたしの言葉が冗談に聞こえるの? ねぇねぇ」


 ぼくはその言葉に黙って無言を突き通し、その場からゆっくりと逃げ出した。


  *  *  *


 暗い夜道。

 明かりを阻害するほどの霧雨が、車体を繭のように包み込む。


「いつになったら良いネタに巡り合えるのかなー」


 車のハンドルを握りつつ、秋野先輩がため息交じりぼやいた。

 今回はサークルがかかっているためか、かなり深刻な表情をしていた。

 あんなに元気のない秋野先輩は久々に見た気がする。

 いつもはもう、慣れっこだからとでも言いたげな反応しかしなかったのに。

 

 良いネタ。

 ……秋野先輩は基本怪異しか写そうとしない。

 でも怪異というのは人知を超えた存在でもある。

 当然人間の常識なんてものは通用しない。


 中には人に利益を生む存在もいるのだろう。

 でもそういう怪異に限って、人は隠蔽しようとする。

 自分たちがその恩恵を得るために。


 だからこそ害ある怪異しか、人は公にしようとしないものである。

 そうして残った害ある怪異を取材に行けばどうなるか、当然襲われるに決まっている。

 ライオンの檻に人間を放り込むのと同じ。


 結果、取材に行ってピンチになって、ぼくが毎回斬るみたいな流れになっているわけだ。


 こんなの、良いネタに巡り合えるどころではない。

 堂々巡りも良いところだ。

 逆に、もし害のない存在だとしてもインパクトが無ければやはり意味がない。

 角、犬のような耳の生えた人間なんて、ファンタジーでもない限りは今のご時世、コスプレとかで終わってしまうだろうね。

 だからぼくは何も言えず、黙って無言を貫き通す。


「こうなりゃ作戦会議よ。氷濃! 今日あたしの家に来て」

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