第4話:修行
激しく竹刀がぶつかり合い、道場内に乾いた音が連続する。
ぼくは自称剣の達人こと先祖と、何合目かの打ち合いをしていた。
ビュンと、草原で緩やかに流れる川のように隙を見せない連撃。
竹刀を防ぐだけでも手一杯だというのに。
そのうえ一発一発、威力もあるのはずるい。
まるで風を相手にしている気分になる。一か八か!
「あっ……」
パシンッ!
簡単に崩されたぼくの腕。
あらぬ方向を向く切っ先。
「ほいっ!」
がら空きとなったぼくの頭から、今日一番に大きな乾いた音が道場内に響き渡った。
「また負けたー」
「まだまだじゃな」
その場でへたり込んだぼくを、先祖は自身の肩に竹刀を乗せ見下ろしてくる。
というより、半透明のせいで叩けているのか怪しいところ。
先祖幽霊だからねー。
かかとがないせいか、常時ハイヒール履いているときみたいな立ち方になっているけど。
「急ぎすぎなんじゃよ」
「ぼくはゆっくりしているよ」
普段はのほほんと生きているつもりなんだけどね。
「それは普段じゃろう? 手合いの時も変わらず、自分のペースが一番なのじゃよ」
そうなのかな?
よく普段と戦闘の時とでギャップが変わる人、いると思うんだけど。
「まぁ人の数だけ戦い方、流派というものがあるからの。それよりほれっ。今日もやるぞ」
そう言うと先祖は、道場の縁側に向かっていく。
今その後ろ姿を狙えば一本入れられそうなものだけど……、先祖なら容易く躱すだろうなー。
ぼくも急須に、茶葉とお湯、二人分の湯呑を持って行く。
今日は一段と良い天気。
小鳥が囀り、草が暖かな日差しを浴びて眩いばかりに笑っている。
一陣の風がぼくを通り抜けあいさつし、当たり前な日常を感じさせてくれる。
修行の休憩中はこうして、先祖とのんびりする時間となっている。
「ふわぁ」
「こっちじゃこっち」
先祖が手を招いてぼくを呼んでいる。
相変わらずというか、幽霊なのに足をそろえて座る姿は、妙にこう変な絵面。
茶葉を煎じて一分ほど、均等になるようにお茶を入れ、湯呑を先祖に渡す。
「ふむ、変わらず良い手前じゃな」
幽霊なのに熱いお茶を飲んでほっと息を吐いている。
毎回思うけど、飲んだお茶はいったいどこに行っているんだろう。
床は全く濡れていないし。
聞きたいところだけど、妹は先祖が見えていないようだしねー。
永遠の謎になりそう。
「良い天気じゃな。晴れ渡っておる。何よりこうして、子孫と居られる時間は」
そうだねと、ぼくもふぅと湯気を冷ましてから、湯呑に口を付ける。
あぁ、熱いお茶が全身に染み渡る。
運動後だけど。
やっぱりこうして鍛錬中にこうのんびりするの良いよねぇ。
妹には枯れ木って言われているけど、この状態の昼寝はたまらない。
もう瞼が重くなってきた。
「ちるのちゃんの場合、そうリラックスしているときの方が戦えるはずじゃよ」
「そうかな?」
あんまり意識したことは無かったし、この状態で戦いに赴こうものならやられそうな気がする。
何事も区別は付けておかないと。
爽やかに風が流れる。
空の雲はゆっくりとだけど、流れている。
「そういえばちるのちゃん。最近危険なことに首を突っ込んではいないかの?」
「えっ……?」
何でもない様に言い放った先祖の言葉が、ぼくの心臓を貫いた。自然とすべてを見透かされるような。そんな言葉が。
眠気が一気に消え失せた。
「いやいや、何も突っ込んではいないよ」
危険な怪異が出る場所に行っている事、何も隠す必要は何もないのに。
なのに、咄嗟に出たのは嘘の言葉。
手を振って本当に何にもないとぼくが答えると、先祖は「そうか」と一言呟き、お茶を一口してから続けた。
「危険な事はほどほどにのう」
「分かった」
「それでよい。せっかく抵抗のない、良い体つきが――」
先祖が言い終わる前に、ぼくの竹刀が、いや、手が勝手に滑った。
ただ一点。
脳天を目がけて。
竹刀が走る。
パシンッ!
「今日一番の剣じゃが、まだまだじゃな」
先祖はよく分からない不思議な力で作り上げた竹刀で、お茶を継ぎ足す一連の動作ついでに攻撃を防いできた。
……っち、外したか。
悠々とお茶を飲んで。
「次は当てる」
「女の子だから怪我をしない様にと思ったのじゃが、悪かったの。それよりほれっ、また乱れている。そういうところじゃよ」
納得いかない。
今の明らか先祖が悪いでしょ。
ぼくがむくれても、先祖はどこ吹く風。
得意げにお茶を啜っている。
「それじゃあ、怪我をしない様にもっと修行しないと。先祖に勝てるくらいに」
「おっ、やるかの?」
そうして数秒後、また道場からスパンッと綺麗に竹刀の入る音が響くのだった。
* * *
今日も今日とて、授業終わりのチャイムが鳴る。
本当にいつもと変わらない暖かな日差しに、つい眠たくなってしまう。
というより、先生の講義を子守歌に寝てた。
失礼なのは分かっているけど、雅子先生の講義って睡眠作用があると思うんだよね。
ぼく以外にも、かなりの人が寝ていることが多いし。
普段真面目に受けている人も寝ていると考えれば、もうセラピーの領域だよね。
ああー、このまま二度寝できそう。
いやもう眠い。
「ふわぁ」
あくびが出た。
もうまともに思考できなさそうだ。
でも教室だと邪魔だからね。
最近見つけた良い暖かスポットにでも――。
「ちる! 剣道に――!」
また早乙女先輩ですか。
もう何度も新聞サークルにいるって断っているのに。
ぼくを呼び留めようとする努力は認めるけど、嫌だと言っているんだからその分、剣を振る時間すれば有意義なのに。
「待って! ちる」
サークルのとこ行くかな。
あそこならよく眠れそう。
いや、秋野先輩のおかげで眠れないか。
立ち上がったぼくは、クスッと笑い部室に向かう。
「待って! ちる」
「早乙女先輩。ぼくは何度も――」
「いーや、ちるは剣道に来るべき! というか来てよっ! そんな剣道の“才能“を新聞なんかに費やすのは勿体ないって。最近新聞の人気は停滞気――」
サークル、サークル。
秋野先輩また面白そうな案件を持ってきているかなー?
それとも今日はネタ探しに走っているのかなー?
どちらにせよ、今日も面白そうなことになるのは確実だよねー。
一途に頑張れる人ほど、面白いしカッコいいからね。
っと、いつの間にかサークル教室の前。
ぼく自身、サークルを気に入ってきているって証拠なのかな?
人数未だに二人しかいないけど。
あくび交じりに戸を開くと、中には棒有名なアニメのように組んだ両手におでこをつけている秋野先輩。
何をしているんでしょうかね?
「どうしたんですか? 秋野先輩」
ピシャンと後ろ手で扉を閉め、勧誘を遮断する。
荷物を適当にその辺に投げ、気持ちの良い日光が当たるベストポジションまで机を持って行く。
「氷濃、大変なんだよ!」
「大変、とは?」
「実は――、サークルが解散させられそうなの!」
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