第3話:反省会


「おっ秋野じゃん! 今回の小説なかなか面白かったぜ!」

「秋のん新しい人入ってきたんだ! 良かったじゃん! そうそう、配られたラノベ面白かったよ!」

「新聞としては最悪ですが、小説の文体という面で読むと中々でしたよ」


 おぉー人気人気。

 今回は大成功見たいですね。

 新聞サークル人数集めのチラシを秋野先輩と配っていると、そんな感じのヤジが飛んでくる。

 もっとも、小説という単語が聞こえてくるたび、秋野先輩はへそを曲げていますけど。


「今回の“小説”、なかなか好評のようですね」

「あたしが作りたいのは、怪異が映った“新聞”であって、“小説”じゃないのにぃ」


 そう嘆きながらも、人が来るたびに笑顔でチラシを配り、また落ち込んでいる。

 器用な人ですね。


「じゃあまた、前と同じに戻しますか?」


 多分、秋野先輩的にはそっちの方が良いかも知れないですね。

 小説ではなく、新聞をやりたいんでしたら。

 今回と同じ方法だったら、写真なんて一向にできませんし。

 というか、場所、五感、感情、思い、そしてそこから繋がる心からの安堵なんて書いたら、それもう小説でしょうに。

 しかも地味に臨場感があって読みやすい。


「いいえ、氷濃。逆に考えれば、こちらは怪異に対抗できるようになったって事よ」


 怪異に喧嘩売るつもりですか。

 その言葉じゃそういう風に受け取られますよ。

 ほらまた楽しみにしているとか、冒険譚を聞かせてくれって野次が飛んでくる。


 秋野先輩もそれで落ち込むなら言わなきゃいいのに。


「こうなりゃ当たって砕けろの精神! もっともっと怪異を取材しに行って、もっともっと新聞を作るよ!」

「けどそれだと、危ないですよ?」


 怪異なんて、本来自ら出会いに行くものもないですしね。

 負担もかかりますしっと、チラシチラシ。

 新聞サークルをよろしくお願いしまーすっと。


「何か手立てとかは?」

「大丈夫大丈夫! いつもの事だから!」


 よく今までそれでやってこれていましたね、ほんと。

 胸を張るような物じゃないですよ、それ。


「分かりました。けど、体とかは第一に考えるのが条件ですよ。もし破ったら……」

「分かってる分かってる! もちろん、氷濃も来るよね!」


 ほんとに分かっているんですかね?

 そんな待てをされた犬のような目を向けて。

 ……しょうがないですね。


 そうしてほぼ毎日、ぼくたちは怪異の出る場所へと赴くことになるのだけど……。


 一件目。


「嫌な気配が無くなったよ、ありがとう」


 二件目。


「そうでしたか、おばあちゃんが。払う必要はありません。ありがとうございます」


 三件目。


「お化けがいなくなった! ありがとう! でも……またひとり。少し寂しい」


 ……

 …………

 ………………


「また失敗だよ! 氷濃ー」

「秋野先輩飲みすぎですよ」


 一向に芽が伸びない。

 いや、伸びているには伸びているのかもしれない。

 小説の方が。


 怪異に何度も何度も襲われて、何度も何度も秋野先輩がピンチになって、そして何度も何度もぼくが日本刀で斬り捨てた。

 おかげで未だに怪異をきちんと撮れた回数はゼロ。

 どんな目にあったのか、どのような能力を持った怪異なのか、どのような見た目なのか、怪異を斬る存在だけが伏せられ、綺麗に羅列されている状態。


 もう完全に小説状態ではあるのだけど、最近それも最後の決め手が同じだからか飽きがこられている状態だったりする。

 そもそも書いているのは小説じゃなくて、新聞何ですけどね。

 そうして怪異を斬るたんびに残念会と称して、秋野先輩に今回は焼き肉を奢られていた。


 透明な肉汁滴る肉をご飯に乗せて口に運んでいる。

 水滴で作り上げられた水たまりからジョッキを浮かし、これまた傾けている秋野先輩。

 どう見てもヤケ酒だ。


 しかしまぁ、秋野先輩のおごりだし。

 ぼくも遠慮する必要はないかな。

 お肉うまー! 熱々だけど、舌が火傷しにくいのも焼肉の醍醐味だよね。

 こってりとした油には、さっぱりとするレモン汁こそ至高!


「まただよ」


 秋野先輩が肩を落とした様子で、カメラで撮った画像を切り替えている。

 ぼくはテーブルから身を乗り出してカメラを覗き込むと、良く綺麗に撮れた廃墟の写真。

 手振れもほとんどない。

 本当に良く綺麗に撮れている、廃墟の写真。

 写真術はかなり高いんですけどね。


「いっそ廃墟を記事にしちゃうとかは」

「ダメよ。あたしは怪異専門だから。廃墟は合うけど、あたしは怪異中心だから」


 そんな自分独自の持論を重ねて、追加で運ばれてきたビールに口を付ける秋野先輩。

 もうこれで三杯目。

 流石にそろそろ飲みすぎだと思いますけどね。

 お酒が苦手なぼくは、オレンジジュースで口内をリフレッシュ。

 これが良く効く。


「そうだ、氷濃をネタにしよう。怪奇! 怪異を斬る少女! みたいな感じで。普通霊体的存在を斬れる人はいないし、写真も今からなら撮れるしどうよ! 良いアイデアでしょ!」

「毎回怪異を斬っている存在を、公にするってことですか?」

「そっ! どうよ?」


 ネタが無くなったんですね。

 明らか、ネタが無くなったって事ですね。

 しかしなるほど一理ある。

 確かに怪異を斬れるなら、除霊の仕事をやった方が良かったかもしれない。


「じゃあ本格的に怪異祓いでも――」

「ウソウソ!!! ウソォ! ウソだからぁぁぁ!! 待ってぇぇーー氷濃ーー! 助手はあなたしかいないのにーー! サークルが潰れるぅぅーー!」


 酷い掌返しを見せ、立ち上がろうとしたぼくの肩を掴んで引き留めてくる秋野先輩。

 すると周りからクスクスと、何か笑い声が聞こえてくる。

 面白い何かでも見つけたのかな?


「冗談ですよ」


 席に座りなおし、ぼくは追加できた肉を焼いて次々と口の中に放り込む。

 今では、こんな軽い冗談を言えるような中にまで進展していた。

 いちいち反応が面白い。


「食べすぎ! あたしの分が!」

「早い者勝ちですし、おごりですので」


 こういうのは遠慮をしないのが礼儀。

 むしろここで遠慮していた方が、失礼ってもの。

 焼肉高いからねー。

 人のお金で食べるご飯ほど美味しいものもないよね。

 ンンゥゥーー! 美味い! やっぱりお肉はタカが外れるねーー!


「また、重くなりそうね」


 ピシッ!

 確かに、ぼくの中で、ヒビの入る音が、聞こえてきた気がした。

 さっきまでの熱が、嘘のように冷えていく。

 知ってはいけない真実を、無理やり直視させられたかのような……。

 表情を失ったぼくはそっと視線を落とし、どんな高級楽器にも勝る旋律を奏でるお肉様を見た。

 ジューと焼き上がる、魅惑の響き。

 肉汁が跳ね、ジュワッと火柱が立った。

 ぼくは息を飲むも、目を閉じ精神統一。

 最後の決め手でお腹へと目を移し、ぼくはそっとお肉様から箸を放した。

 戸惑い行く当てのなくなった箸は、しばらく宙を描いてゆっくりとお皿の上に着地した。


「あれ、もういらないの? おいひいーー!」


 後々の事など気にしない。

 幸せな表情を浮かべては、お肉様をひょいひょい掴んで口に運ぶ秋野先輩。

 後先考えずに食べる秋野先輩が羨ましい限りですよ。

 そんな先輩を、ぼくはただじっと目で睨むことしかできなかった。


  *  *  *


「あれっ? もういいんですか? もう少し食べればいいじゃないですか」

「もういいのーー! 目ぇ据わってるし、氷濃が付き合い悪いんだもん! なんかあたし変なこと言ったぁ?」


 別に変なことは言ってないですねぇ? 

 ただちょっと重くなりそうとか言っただけで、別に変なことは言ってないですねぇ? 

 ええ、変なことは言ってないですねぇ?


 グイっとジョッキを傾け終えた秋野先輩は、首をがくがくと不自然に揺らす。

 立ち上がった後も、足取りがおぼつかない。

 絡み酒じゃないだけマシなんですけどね。

 お酒の強さの基準って、よく分からないや。

 とはいえ、バッグからメモ帳開いて首傾げるくらいには、思考回路も鈍くなっているようですけど。


「今日はぼくが出しますから」

「わーい氷濃ー、太っぱらぁ!」

「そうですね」


 ちゃっちゃと料金を払い終え、すっかりフラフラになった秋野先輩を背負う。

 なんでこの先輩はあんなに食べているのに、こんな軽いのか。


「氷濃、ちっから持ちぃ!」

「鍛えていますから」


 さて秋野先輩の家はっと。

 もう何度もこうして行くから、道覚えちゃいましたよ。

 ささっと、秋野先輩を家まで送り届け、ぼくも帰路についた。

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