第2話:部活動
やっぱり、秋野先輩は変人だ。
いきなり休日に呼び出して、怪異を撮りに行こうというのだから。
何も知らない人からすれば、これほど馬鹿な人はいない。
先祖と手合いしている時に呼ばれたぼくは、一言断ってから呼ばれた場所に向かった。
「おっ、来た来た! 氷濃、こっちこっち!」
車の窓からぼくに向かって手を振り、「乗って乗って」と続ける秋野先輩。
言葉通りに乗り込むと、ぼくに説明する間もなく秋野先輩は車を走らせた。
「ここから走った森の中に、現代風な姿をした黒髪の女の子を見つけたって! 声を掛けると、「やっと……」って擦れた声で言いながら地中に溶け込んで、見た目からは思えないほどの力で地中に引きずり込んでくるんだって」
ネットの掲示板か何かですか?
現代風って……ファッションがですか? それに黒髪の女の子って。やってくることは怪異っぽいですけど。
けど、知らない物を調べに行くのは賛成ですね。
「今回はそれを撮りに行くんですね」
「あったりー! さっすが氷濃! あたしの助手!」
秋野先輩の車を走らせる速度が上がったような気がした。
まだギリ制限速度の範囲内なので大丈夫だとは思うけど、少し注意した方が良いかな。
けど、「助手、助手!」とハンドルをぎゅっと握り、感激している様子の秋野先輩にどう言えばいいのか。
「そういえば氷濃。その剣道部が良く持っていそうな袋は何?」
「その剣道部が良く持っている物ですよ。一応持って行った方が良いかもしれないと思ったので」
「ということは木刀!? でもちっちっち、甘いんだなぁ氷濃。怪異に物理攻撃は効かないんだなぁ、これが」
得意げな声で指を振り、解説を施してくる秋野先輩。
分かっていますよ、怪異って幽霊のような精神体の時が多い。
当たったとしても、人間と体のつくりが違うからまず致命傷にならない。
これ結構常識なんですよね。
……何事にも、例外はありますけど。
しばらく車が走っていると、やがて怪異が出現する例の森に到着する。
その辺の麓に秋野先輩が車を止めると、外に出て臆することなく森の中へと歩いていくので、ぼくもついていく。
「慣れていますね?」
「ふっふー、これでももう、何度も怪異が出る場所に向かっているからね。これくらいの森は何のそのー」
そう、秋野先輩はカメラ片手にでかい胸を張る。
どれだけ怪異に会ってきているんですか。よく今まで無事でしたね。
森の中をグングン進む。
風で木々の葉っぱが揺れ、秋野先輩とぼくが草を踏む音がザッ、ザッっと良く響く。
まだ昼くらいだというのに木漏れ日は差し込まず、暗い。
森の中は正しく不穏な空気ともいえた。
これは……いるね。
肌に纏わりつく感覚。
確かにここには何かがいる。
秋野先輩の言う通り、確かな何かが。
再び風が吹く。
木は自らの葉を揺らし、立ち去れとでも言わんばかりに脅かしてくる。
「きゃああああああ!!」
女性?
鬼気迫る表情でこちらに走ってくる女の人。
これが噂の怪異?
いちおう袋に手を持って行くが、しかし秋野先輩とぼくの隣をすり抜けて行った。
……あれっ? 違う?
背中を見ても、とてもじゃないけど害を加えるような存在に見えない。
「違ったみたい。帰ろっか、氷濃」
ため息混じりにそう呟き、秋野先輩は踵を返した。
……いや、違う。
あの人じゃない。
気配は確かにあの人じゃない。
そもそも失礼だけど、女の子じゃない。
「どうしたの? おーい」
服が土で汚れていたけど絶対に違う。
怯えている理由が分からないし、そもそもなんでこんな場所にいるのかって、疑問も浮かび上がる。
けど、気配は確かに……上!
見上げたぼくの視線の先にあった枝、その上から何か黒い影が飛び降りた。
飛び降りた先、ぼくは目を向ける。
……けど、その木の下には何もなかった。
何かが飛び降りたような跡もない。
でも、気配はする。
――結構すぐ近くに。
「まさか見つけ――!」
「秋野先輩すいません!」
――間に合うかっ!
何がわからないといった表情をした秋野先輩の腕を思いっきり引っ張った。
とほぼ同時、さっきまで秋野先輩が居た場所。
その場所から、真っ白い腕が伸びてきた。
正しく、地獄から伸びるかのような無機質な腕。
秋野先輩は恐怖の表情を浮かべ叫んだ。
四つ足をせわしなく動かし、ぼくの近くにまで歩み寄ってきた。
さっと、ぼくたち以外の音がした。
そちらへと目を向けてみれば、――女の子が首を垂れ下げていた。
そしてゆっくりと、頭を持ち上げる。
その女の子は、一見怪異とは思えなかった。
黒く虚ろな二つの丸。
一昔前じゃない。
現代の流行に沿った薄汚れた服。
渦巻くように闇を纏わせた女の子は、ただ機械のように「やっと……。やっと……」と感情なく呟いている。
ああ、これ人間じゃないですね。
しかもこの感じ……。呪い?
恐らく、これが……。
「シャッターチャンス!」
ピッ、パシャッ!
フラッシュ無しで撮る秋野先輩。
……こんな状態でも自分のペースを崩さないのは流石ですね。
刹那、怪異がブレた。
目には見えない。
けど、土の中を泳ぐ音。
地面が微かに揺れる感触。
確かに足裏から伝わってくる。
「ど、どどど、どうしよう氷濃! こ、こっから」
「何か逃げる手段はないんですか?」
あの新聞に掲載されているのが本物の怪異なら、今まで通りきちんとした逃げる手段があるはず。
そうでなければ、何度もこんなところに来るはずがないしね。
「えっとそのーーー……。ご、ごめん! 今までは遠巻きに撮っていたから!」
「嘘ですよね?」
そっと瞳を逸らした秋野先輩は、非常に申し訳なさそうな声音で告げてくる。
それで今まで逃げ切れてきたって、どれだけの豪運なんですか。
フラッシュを焚かないわけだ。
初取材? なのに頭が痛くなってきた。
「分かりました。何とかする代わりに、なにも見なかったことにしてくださいね」
「なんでそんなに落ち着いてるの! な、何とかって! 何とかなる訳ないよ! だって怪異だもん! 目撃情報を訴えた人たち、みんな謎の疾走遂げてるんだよ! あたしたちも終わ――」
「危ないです」
ヒュン!
ぼくは秋野先輩の腕を引っ張る。
女の子が秋野先輩の横をすり抜け、地面へと潜る。
ひゃあと情けない叫びをあげ、秋野先輩はぼくを抱きしめてきた。
秋野先輩を狙っている?
念のためとはいえ、持ってきておいて助かった。
袋を紐解くと、最初に現れたのは柄。
木刀の、木でできた柄じゃない。
鯉口が付けられ、鋭く反り返った片刃がついた、正真正銘、本物の刀。
「刀!? でも怪異に物理的攻撃は!」
「少し離れてください。何とかしますので」
その辺に袋を投げ捨てた。
ポッケからゴムを取り出し、ぼくは邪魔な長い髪を一つに束ねる。
これで良しっと。
ぼくは腰を落とす。
柄に手をやり、目を閉じて視界を閉ざし、余計な神経を切断する。
耳の中で反響する音。
地面を泳いでいる感触。
それだけを頼りに、――ぼくは怪異が出てきたと同時に振りぬいた。
リィィン! っと、鯉口が鳴る。
手ごたえを感じた刀の切っ先は、見事怪異を捉えていた。
すっと引き抜き、ついてないけど血を払う。
背を向けて鞘に戻した刀を落ちている袋に戻した瞬間、怪異は「……あり……」と言い残し静かに霧散していった。
薄汚れた服も、塵へと変わり空気に溶けた。
……やっぱり、怪異であってた。
「えっ……、なんで?」
後に残ったのは、素っ頓狂な声を上げてぼくを見る秋野先輩。
「……えっ?」
「言い忘れてましたけど、ぼく一様怪異祓いの子孫なので」
子孫ってだけで、その手の仕事にはついてないですけどね。
本当かどうかも分からないし、ぼく以外の家族にはまず幽霊すら見えないから。
けど先祖がそう言っているから、きっとそうなんだろう。
「す……」
「す?」
「すっごーい! 何それ何それ! 氷濃めちゃくちゃかっこいいじゃん!」
……そうかな?
幽霊が見えたり、怪異を斬れるって、他の人から見れば何もないところに喋る人に見えて不気味に映るのに。
実際、ぼくはそれで小学校の時に気味悪がられていたのに。
けど秋野先輩は、そんなぼくをカッコいいって言うのか。
やっぱり、秋野先輩は変人だ。
「これは助手に負けていられない! あたしも記事……を……、えっ?」
何か落ち込んだように肩を落とす秋野先輩。
ほんと喜怒哀楽が激しいなーこの人。
「どうしたんですか?」
何かあったんですかね?
今までの遠くからしか取れていなかった点を見れば、今回の超至近距離撮影は中々迫力ありそうだと思いますけどねーってあれ?
「なんにも映ってないですね」
いや映っているには映っているんですけどね。
……背景が。
それはもう綺麗に不気味な写真にはなっているんですけどね。
背景しかありませんけど。
「なんでなんで! 今までで一番綺麗に撮れたと思うのに! 今までは撮ってすぐ逃げていたから、体験を合わせて良い記事が書けるはずなのにぃぃ!」
……撮って、すぐ、逃げていた?
「…………」
あー、心当たりしか感じない。
「なんか、……ごめんなさい」
「あたしのネタがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
風の影響からか木漏れ日が入り込んできた森の中、秋野先輩の悲痛な木霊が響き渡った。
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