新聞サークルの怪異祓い

メガ氷水

第1話:入部

 その先輩は小学生だった。


「~で。だからあたしは、この同窓会をサークルにして見せる!」


 話す内容は一々分からない。

 かたっ苦しい従来の新聞に、エンターテインメントを求めるとかなんとか。

 事実、教室にいた人たちはみな一様に苦笑を浮かべる者、あくびを浮かべる者と話半分、まともに聞いていた人は恐らくそんなにいなかったんじゃないかな。

 ぼくも降り注ぐ温かい日差しに、夢うつつ気分で聞いていた。

 あくびをしていたかもしれない。

 それでもそのたった一人しかいないその人は、最後の目的地が定まっていない小説のように、ずっと自分の信念とやらを語っていた。


「ちる! ちる! 起きてって!」


 ……誰?

 暖かい光。

 誰かに肩を掴まれ揺さぶられる。

 ……眠い。

 けどぼくは、重い瞼を頑張って開ける。


 ああ、もうほとんど誰もいない。

 寝てしまっていたみたいだ。


「変わらないわね、ちる」


 ぼくは呆れた声で呼んでくる主へと目を向けた。


早乙女さおとめ……先輩」


 そこに立っていたのは、ぼくと同じ高校の卒業生、早乙女先輩だった。

 なんでかは知らないけど、いつもぼくを気にかける不思議な人。

 

 苦笑する早乙女先輩に、手で隠すこともせず、ぼくは大きなあくびを溢す。


「いつもながらお寝坊さんね、ちるは。サークル、どこにするか決めた?」


 …………サークル?


「こらこら、首を傾げないの。話していたでしょ? 大学の剣道とかパソコンとか水泳とかのサークル。言ってしまえば部活動」


「ああー、そういえばそんな話をしていましたね」


 あの先輩の話しが長くて、後半から記憶ないんですよねー。

 うそ。

 興味がなかったから前半から記憶ない。


「特にです。昼寝サークルがあれば入りますけどね」


「どんな活動内容よ、それ。それでちる! もし良かったら剣道部に来ない? ちるなら高校の時とのように、すぐ一番になれるから!」


 ……一番。

 ……一番、ね。

 ふわぁ、正直言って面倒くさい。


 ぼくは早乙女先輩に適当な返事を返し、前来た時よりもさらに詳しく大学を見て回る。

なんてことはない。

 日向ぼっこに最適な環境を見つけるためだ。


 外に出れば、今日は始まりということで授業がないためか、運動サークルの人たちが声を出していた。

 土を踏む音がここまで聞こえてくる。

 ほんと、みんな一生懸命頑張っている。ファイトー。


「ねぇきみ! 新聞サークルに入らない!」


 いきなり声を掛けられ振り向けば、さっきの長い演説をしていた先輩。

 ほんと、見た目は大人なのに、目は少年のように純粋でキラキラしている。

 そう考えていると、良く分からない何かの風景と変な生物が映った、新聞風の勧誘紙を渡された。


 候補に入れてね、絶対だからねと、先輩はせわしなく走っていき、またほかの新入生に声を掛けチラシを配る。

 念を押して再び走っていった先輩は、また次の人、また次の人と声を掛けまわっていた。


「まだ頑張っているな」


「オレ。あいつのサークルに誰も入らないに、今週の焼肉を賭ける!」


 おっ、いいないいなと言葉は連鎖していき、次々に自分勝手に人を賭けごとの対象にしていく人たち。

 しかしつい盛り上がって騒いでしまったのが功を制しなかったのか、一個上の先輩と、顧問と思しき先生に練習量を倍にさせられていた。


 自業自得。

 勝手に人を賭け事の対象にするのは良くない。

 一途に頑張れる人に対しては特にね。

 それにしても、いつもあんな感じに勧誘をやっているのかな? っと、良さそうな木陰発見。

 

 さわさわと揺れる木陰へ頭を預けるように、ぼくはゆっくりと横になる。

 ふわぁとあくびを溢し、せっかくなので貰った用紙へと目を上げる。


  何々、新聞サークルを盛り上げよう!

  どんな人でも大歓迎。オカルト好きはもっと大感激!

  一緒に、都市伝説を記事にしよう?



 ……簡潔すぎる上に、大感激と誤字になっている。

 それに怪異って……。あれらの事かな。

 新聞というよりオカルトの類だね、これ。


 ぼくはチラシを四回に折り畳めると、ポケットに入れ気持ちの良い春の陽気を、全身に味わっていった。


  *  *  *


 その後も、あの先輩は何度も大学中を駆け回っていた。

 ぼくが日向ぼっこをしている時に、何度も声を掛けられた。

 何度も他サークルの人に声を掛けまわっている姿を見た時もある。

 そのたびに指を付けつけられて、笑われて。

 それでもめげずに走っていて。


 相変わらず良く分からない新聞を渡されるけど、映っている怪異はどれも違ったもの。

 毎回違うものを新聞にしているようだった。

 それとも、過去に作った新聞も配っているのかな?


「ちる! やっぱりここに居た。相変わらずどこのサークルにも入っていないようだし、何か入らないの?」


 いつかの日。

 外で昼寝をしている時、早乙女先輩にそんなことを言われた。


 別にサークルとか部活とか、入りたくないわけじゃない。

 面白そうなところがあれば、入ってもいいかなとは思っている。

 けど早乙女先輩のサークル勧誘は、何というか。


「ちるなら絶対一番に――!」


 まただ。

 早乙女先輩はぼくに会うたび、同じことを繰り返している。

 自分よりも強いだの、ちるは誰よりも強いだの言っていて……。

 その瞳は、自分が努力して一番になろうとするのを諦めていた。


 同じだ。

 剣道の手合いで、ぼくと戦う相手は何かを諦めている。

 ぼくと戦う人だけが本気を出していなくて、ほかとの手合いしている時は全力を出している。

 もう、諦めているんだ。

 勝つのを。


 正直ぼくも、楽しめればそれで良いって考え方だから、分からなくもないんだけどね。

 けど勝てるのと、面白いのは別。

 どうせなら楽しい方に。


「ねぇねぇきみ達、新聞サークルに!」


 そんなぼくたちのところに飛来したのは、またあの先輩。

 いつも通りの用件だけを伝えると、また走り去っていく。

 ほんと、よく頑張るなぁこの先輩も。

 というより、この先輩しか見たことないんだけど。

 他にいないのかな? 部員は。


「まだやっているのね。あの法螺吹き記者」


 ……。

 …………。

 早乙女先輩も、そんな目をするんですね。

 必死に努力して、汗を流して頑張って、目的を諦めない者を小馬鹿にするような目を。


「怪異だのオカルトだの、いったい何歳なのって話よね、ってちる! どこに行くの、ちる!」


 昼寝をする気分じゃなくなった。

 他の場所で寝ようかな。


 適当に次の昼寝スポットまで歩いていると、またあの先輩に合った。

 本日二度目。


「いつも昼寝している子! 起きてるなんて珍しいね!」


 そういう認識なんですね。

 間違ってはいませんけど。

 ……変わらず勧誘を断られている。

 飽きないな、あの人も。

 何でなのかな。

 なんで部員集めをしようとしているんだろ。


「質問です、先輩。他に部員はいないんですか?」

「ん? 興味持ってくれたの!?」

「単なる質問ですよ」


 ぼくの断ち切る言葉に、嬉しそうな先輩が、一気に肩を落として落胆した。


「まだあたしひとり。いないんだよねぇ、他に」


 だから先輩しかこなかったんだ。

 たったひとりで校内を走り回って、それで必死にチラシを配って。

 断られて。

 けどそれって、恐らく内容もだよね。

 何か深い訳とかあるのかな。


「なんでそんなに怪異を新聞にしたいんですか?」

「……えっ? だってみんな好きでしょ? 怪異」

「えっ? ……それだけ……ですか?」

「それだけ! もちろんあたしも怪異は好き! 得体のしれない物って、ついつい読んじゃう魅力があるんだよね!」

「意外とくだらなかった……」


 何かしら背景があって、それで怪異に望んでいるのかと思っていたのに。

 それがただ、好きだからという理由のみ。

 おもっ苦しい理由とかも特にないのね。


「よく言われる。でも、あたしは諦めない! みんなが楽しめる怪異新聞を作り上げて見せる!」


 諦めない、か。

 なんだろな、久しぶりに聞いたような気がする。


「面と面で笑われるの、これで何回目かな」

「あっ、すいません。つい」


 ……やっぱり、何かに一途な人はかっこいい。

 どれだけ馬鹿にされようとも、指を刺されようとも、それでも努力できる人を、ぼくは素敵だと思う。

 信じて疑わない信念を持つ人は、今の先輩のように、どんな星よりも煌いていると思う。

 だからぼくは。


上杉うえすぎ氷濃ちるの。新聞サークル、入部希望です」

「ほんと? ホントのホントのホントに!」

「ホントのホントのホントですよ」

「ッッッ!! ありがとー! ほんっっっとに! ありがとーー!! それじゃあ改めて、あたしは秋野あきの結城ゆうき! よろしくね」


 必死に頑張るこの先輩に、ついていこうと思う。

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