第68話 敵の敵は味方
「いつまで逃げ回っているのかしら」
ガージルが振り回す腕から賢明に逃れ続けるフレイシア。可能な限り回避し、間に合わなければ魔術で防御する。しかし、戦いが長引くほど守りには綻びが見え始める。
横薙ぎに放たれた一撃に風の魔術で応戦するも、完全に狙いを逸らしきることが出来なかった。
魔術の風を切って押し寄せた太腕がフレイシアに叩きつけられた。骨が軋むような衝撃に、肺から空気が絞り出されて呻きとなる。
フレイシアは激しく吹き飛ばされて草地に転がった。視界で天地が幾度も入れ替わり、脳髄を揺らした。
「おい! 大丈夫か!」
デリックの声が聞こえる。フレイシアは仰向けに倒れていた。流れる雲を背景に、グロテスクな腕が迫ってくる。
腕目掛けてケリーが飛びかかり、デリックの銃撃が連続して浴びせられる。与えられた僅かな隙に、痺れる全身に鞭打ってフレイシアは立ち上がった。
辛うじて難を逃れ、フレイシアはよろよろとガージルに対峙する。
風が強まっていた。湖の向こう側、北の彼方から吹いている。
重たく暗い雲が、雷の轟きを伴って向かってきていた。湖面を風が駆けて騒がしい。
フレイシアは直感的に、単なる天候の悪化ではないと感じた。この重苦しい圧迫感は、恐らく魔物の仕業だ。もうかなり近くまで来ているはずだ。
「嫌ね、風が強くて。早いところ片付けて帰らないと」
風に乱れた髪を整えながら、コリンダが言った。魔物の気配は感じられないのだろうか。
コリンダ自身の話によれば、帝国軍における彼女の立場は研究職だ。熟達した死霊術師ではあるが、自ら進んで魔術戦闘をするタイプではないのだろう。戦闘がほぼガージル任せな点からも察せられる。魔物の気配には慣れていなくても当然かもしれない。
「先に食事をと思っていたけど、貴女なかなかしぶといから、邪魔な方から消えてもらうことにするわ」
コリンダがそう言うと、ガージルはデリックの方を向いた。
本気でデリックを集中攻撃されるとまずい。妨害に徹するしか無いかとフレイシアが考え始めた、その時だった。
雷が落ちた。
コリンダの背後、湖の上だ。あまりにも唐突な衝撃にコリンダも表情を険しくした。
渦巻く雷雲はいつしか頭上にあり、すっかり日光を遮っていた。風が吹き付けて湖面が波打っている……否、風のせいだけではない。もっと大きな何かが、水の中で動いているのだ。
やがてそれは水面を破って姿を現わした。
伸び上がってくる長い首。頭部には刺々しい角が立ち、バチバチと明滅する雷を纏っていた。大口から覗くのは鋭く生え揃った白い牙だ。
背中には大きな翼があった。ただし、残っているのは骨格だけだ。かつては風を掴んでいたであろう翼膜はボロボロに破れている。
暗い鱗に覆われた巨体を四本の脚で支え、岸にその全身を上陸させた。
「竜……!」
雷の竜。数ある魔物の中でも上位に君臨する種。強さをそのまま形にしたような姿がそこにはあった。
竜はガージルを睨めつけた。この場で一番目立つのだから当然だろう。残りの矮小な存在など眼中にないかも知れない。
雷の轟きが激しさを増し、竜の全身が帯電してゆく。そして鋭く牙を剥き出しにすると、ガージルの首目掛けて噛み付いた。
ガージルは竜の首を掴んで応戦。事態は激しい格闘戦の様相を見せ始めた。巨体同士のぶつかり合いで、辺りに地響きが広がる。すぐには決着がつきそうにない。
ふと見れば、コリンダの表情から余裕が消えていた。
これは千載一遇のチャンスだ。
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