第65話 前とは違う
赤黒くひび割れた、醜い腐肉の巨体。腕が、肩が、そして頭部が露わになり、その全容を少しずつ現わしてゆく。穏やかだった水をかき分けて陸地へと迫りくるのは人食いの守り神。否、目の前の死霊術師が生み出した魔術兵器ガージル。
「ようやく若い女の子を食べられそうで嬉しいわ」
ついに岸に辿り着いたガージルが四つん這いで陸へと上がる。その虚ろな目はフレイシアへと向けられていた。コリンダにとってこれは戦闘ではなく、捕食なのだろう。
「大人しく食べられるわけないでしょ!」
地を揺らすほどの力強い歩みを見せるガージル。心なしか前に戦った時よりも動きが速く見える。やはり術者が近くで直接制御している影響なのだろうか。前と同じに思っていると危険かも知れない。
ガージルは右腕でフレイシアに掴みかかってくる。やはり腕の動きが速く、狙いも鋭い。前に戦った時のような荒れ狂う印象よりも、的確な意思を持った攻撃であると感じられた。コリンダがいるだけでこうも違うのかと驚く。
迎え撃つフレイシアは風の魔術を放った。柔な腐肉の身体は風の刃に引き裂かれ、腕はフレイシアに届く前に千切れ飛ぶ。だが、それも一瞬のこと。すぐに傷口から蠢く肉が盛り上がり、新たな腕が生えてしまった。
「再生も速い気がする。やっぱり術者がいるからかな……」
ガージルの背後で薄ら笑いを浮かべるコリンダの姿が見えた。
「一応試してみるか」
フレイシアは懐から小瓶を取り出した。中には真っ赤な鮮血が詰め込まれている。
小瓶の蓋を開けると、中身を数滴周囲に振りまいた。ガージルは大口を開けてフレイシアを威嚇するように見下ろしている。その不快な顔に向けて、フレイシアは挑むように唱えた。
「いと卑しき穢れの主、アイリーン・グリムベルの名において命ず。眠れ。汝の役は果たされたり」
効果は……現れなかった。ガージルは何の影響も受けていない。フレイシアの行動には構わず、そのまま掴みかかってきた。
「やっぱダメか」
仕方なく走って攻撃を避ける。空振りした敵の拳が地面を叩き、土埃を立てるのを見ながら呟いた。
フレイシアが使ったのは特定の型にはまった死霊術に対しては必殺に近い魔術だった。多くの死霊術の基礎となる型を創った古く偉大な死霊術師の名と血を借り、その威光を纏うことで本人に成り代わって術の制御を奪う裏技だ。そもそも血が入手困難であったり、他の型には一切通用しないなどの欠点はあるが、基礎さえ出来ていれば実力以上の相手を一撃で沈められる凶悪な死霊術である。実際、前回は通用した。
(さすがに術者が目の前にいたら無理だよね)
便利ではあるが、無関係の偽物が偉人の振りをして横から命令をしている形である。術者が直接制御している所に割り込めるほどの力は無いことも欠点と言えるだろう。
「切り札はそれかしら? 使えなかったみたいで残念ね」
嘲笑するコリンダを視界の端に置きながら、今はとにかく生き残るしかない。今は裏技に頼らず、自分で勝つことが求められていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます