第63話 不徳の探求者
フレイシアたちは敵の正体を暴き、追い詰めた。しかし、正体を明かしたコリンダからは焦りも危機感も一切感じられなかった。むしろ、楽しげな高揚感が伝わってくるようだ。
「エリン・メルジェンシアという名前も間違いでは無いわ。その親も、そのまた親も、全て私よ。数十年おきに死んでは娘が後を継いだということにしながら、私は名前を変えつつ、ずっとこの国で生きてきた。たまに私の正体に気づく人もいたけれど、みんな我が家の使用人になってもらったわ。ふふふ……」
フレイシアたちが戦った亡者も、元はコリンダの正体に近づいた人間なのかも知れない。コリンダは自分の道に立ち塞がる者を全て殺しながら隠れ生きてきたのだ。
「私は若さと永遠の命を探求しているの。死霊術を使って不老不死になろうとする人は多いわ。でも、そのほとんどは自ら亡者になって死なない身体を手に入れようとする馬鹿ばかり。でも、そんなの生きているとは言わないでしょう? わざわざ自分を歩く死体にして、本当に美しくない連中よ」
コリンダは手を挙げると、太陽にかざした。そしてうっとりと自らの手を見ながら続ける。
「温かい血が通い、痛みもあるこの身体でこそ、生きていると言える。私は本当の意味での不老不死が欲しかった。だから私は死霊都市で学んだの。死霊術の研究をするのに、あれほど優れた場所は他に無いでしょう。特に帝国軍は最高だった。兵器開発に必要だと言えばどこからともなく、いくらでも実験体が調達されてきたわ。老若男女、生体も死体も選び放題。ああ、本当に良かったわ、あの頃は……」
コリンダは昔を思い出すように遠い目をしながら言った。死霊都市の不道徳ぶりは歴史に刻まれるほど有名だが、こんな輩が大勢集っていたならば無理もない話だとフレイシアは思った。
「実験を繰り返し、私は生体から命を吸い出して自分の肉体を若く保つ方法を完成させた。ただ、どうやっても女性から貰った命しか自分の身体に還元できなかったから、その点だけが課題ね。対象が若いほど効率がいいから、私はいつも少女を使うことにしていたわ。貴女の推測は当たっているのよ」
コリンダがフレイシアに向けて笑いかける。そんなものが正解していても全くもって嬉しくなかった。フレイシアが何も返さなくとも、コリンダは意に介さず、饒舌に語りを続けた。
「ただ、自分の好きな研究だけを続けるわけにはいかなかった。軍属であるからには、軍の求める成果を出す必要があったからね。そこで、私は命を吸い取って伝送する自分の研究テーマを兵器に転用できないかと考えた。そうして出来上がったのが、大型
嘲るような視線をデリックに向けながら、コリンダが笑う。
「なんだと……!」
「その『守り神』がいなきゃ、まともに町も守れていなかったじゃない。実際、帝国に占領される前は定期的に魔物に踏み荒らされていたのよ、この国は。帝国が撤退した後の守りを担ってあげたのだから、褒めてくれても良いんじゃないかしら」
やはりフレイシアたちが推測したとおり、帝国軍の撤退とほぼ同時にコリンダは守り神を持ち込んでいたようだ。
確かに守り神は魔物を退けた。しかし、守り神を動かすだけであれば少女の生け贄など必要ないはず。それはコリンダの欲求を満たすためだけに捧げられた命だ。
「ガージルのコンセプトは収集と分配。あれは自分で食べた獲物の生命力を仲間に移動することが出来るの。命を吸い上げる私の技を応用した成果ね。戦場に放り込んで敵兵を食べ、奪った命を味方に分け与え続けることで軍隊全体の継戦能力を向上させるのが基本的な運用方針よ。うちの使用人たちはそれで動いてたのに、貴女のせいでほとんど止まってしまったわ」
メルジェンシア邸が最近になって荒れ始めたのはそのせいだったようだ。
「私のガージルは軍に認められたけど、不死戦争には投入されなかった。何せ北極の軍が機械の兵隊ばっかりだったから。命を持たない相手には能力が発揮できないということで、ずっと開発室に死蔵されてたの。だから終戦間際になって帝国から亡命する時、一緒に持ってくることにしたのよ。この国の役に立ったようで嬉しい限りね」
コリンダのふざけた物言いに、デリックがとうとう猟銃を構えた。魔術職人であるデリックが技を込めた強力な武器だ。
銃口を向けられても尚、コリンダは不敵な笑みを崩さず優雅に佇んだままだ。
「ふざけるなよ。この国をどうやって守るかは、この国の人間が決めることだ。お前は余所から押しかけてきて勝手に生け贄を食い散らかしながら居座ってるだけだろうが!」
「話は最後まで聞きなさいな。そもそも生け贄の件は私がきちんと町の人たちと相談して決めたことよ」
「どういうことだ」
「不死戦争の後、私はメルジェンシアの人間としてこの国で暮らし始めた。若さと命を保つためには町の少女たちに術をかけて命を吸い上げる必要があったわ。でも、軍にいた頃のように無尽蔵に少女を貰えるわけじゃない。効率も悪くて体調も崩しかけていた時、町の人からメルジェンシア家に嘆願があった。町で不可解な病が流行っているから何とかしてほしいと」
大昔にあったという、今と同じ病の流行。やはりそれを引き起こしていたのもコリンダだった。
当時、撤退した帝国軍から領地を返されたメルジェンシア家。地元の有力者であったこの家を町の人たちが頼るのは当然のことだっただろう。まさか、自分たちの頼った相手が病の元凶だとも知らずに。
「どうやら私の死霊術は病気と捉えられていたらしいわ。だから私は提案したの、定期的に少女を生け贄として湖に送り出しなさいと。そうしたら病は収まるはずだとね。自分の娘が助かるならと、町の人たちは簡単に要求を呑んだ。それからは立場の弱い少女たちが身代わりのように続々と湖に送られてきたから、それをガージルに食べさせたわ。私が個人規模の死霊術で吸い上げるよりも遙かに効率よく、命を丸ごと送ってくれるガージルは優秀だった。私はこそこそ少女に術をかけてまわる手間も無くなり、健康で若々しい生きた肉体を維持することが出来たの。二千年もね」
自分の美しく若々しい肉体を誇示するように撫で回しながらコリンダは話す。
「二千年生きて、私は一つとても大切なことを学んだわ」
右手を頬に添え、うっとりとしながら締めくくる。
「少女は旨い」
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