第56話 最悪の知らせ
フレイシアたちの前には無惨にも黒焦げになった女性の死体がひとつ。もうピクリとも動かず、今も燻る肉体からは煙が漂っていた。
「俺はこのままメルジェンシア邸に向かう。あんたは今すぐ子供たちの所へ戻れ」
デリックが魔術ナイフを仕舞いながら言った。
「いいえ、私も行きます。本人の顔を拝まないと気が済みませんよ。それに、デリックさんだけじゃ危険です」
かなり亡者の扱いが上手い術者だった。今の戦いにしたって、フレイシアが駆けつけなければデリックの命は無かったはずだ。デリックもその自覚はあるのだろう。苦虫を噛み潰したような表情で悔しそうに唸った。
「こいつを野放しにしていたら、いずれあの子達も狙われるときが来ます。これも私の仕事ですよ。さあ、案内してください」
「……分かった」
*
デリックに先導されて道を進む。街道をそれて木々の間へ入る。メルジェンシア邸の私道には両脇から枝葉や草が伸び出しており、整備が行き届いていないことが分かる。前にデリックから聞いた通りだ。
フレイシアたちは何の問題もなく門を抜け、屋敷の玄関までたどり着いた。
「中で亡者が山のように待っているかもしれん。備えろよ」
「分かってますよ」
デリックは猟銃を構え、フレイシアは魔術に備える。準備は整った。
互いに頷き合うと、デリックは扉の鍵を猟銃で撃ち抜く。続いて銃を構えたまま扉を蹴破った。
エントランスは無人だった。もちろん亡者も含めての話だ。押し入りのけたたましい音はすぐに止み、埃と粉砕された木くずが静かに舞うのみだ。
「誰もいませんね」
「油断はするなよ」
二人揃って屋敷を回り、部屋を確認してゆく。扉を一つ開ける毎に何か待ち伏せていないかと緊張していたが、敵は一向にその姿を見せなかった。首謀者と目される当主のエリン・メルジェンシアはおろか、使いの亡者一人すら出てこない。
「ここで最後の部屋ですね」
屋敷の二階にある一室で、フレイシアは呟いた。
当主寝室だろうか。大きな天蓋付きのベッドが鎮座している。ただし、その主はまだ姿を見せていない。
壁のほぼ一面を占める大きな窓から見下ろすと、フレイシアたちが通り抜けてきた広い庭園が目に入る。こうして全体を俯瞰すると整備を怠っていることが分かりやすい。整っていた形が崩れつつあり、荒れ始めを感じさせる。
「本当にいないな。亡者すら出てこねえ」
「多分、たくさん亡者を操る余裕がなかったんだと思います。庭の手入れも出来なくなっているようですし、仕事を任せていた亡者がうまく動かせなくなったんじゃないでしょうか」
フレイシアは庭を見下ろしながら言った。
何らかの方法で活力さえ補充されていれば延々と動き続けられるのが亡者だが、さすがに術者の制御無しに統率された仕事は難しいだろう。ケリーだって、フレイシアが死霊術を継続する余裕がなくなれば理性を失って魔物のような振る舞いをする可能性がある。
術者の制御を離れた亡者がどの程度理性的に動けるかは亡者自身が持つ意志の強さに依るところが大きいが、死体を乗っ取って使い捨てるような相手が亡者にまともな意思を持たせているとは考えにくい。
「何でまた。敵を褒めるのは癪だが、その程度の技が出来ないヤツには見えなかったがな」
「きっと、私が守り神を倒したからです。この屋敷の様子、荒れ始めたのはそんなに前じゃない感じですよね。時期的には合ってると思います」
「どうして守り神が倒されると亡者を操る余裕がなくなるんだ?」
「それは――」
フレイシアが自分の推測を述べようとした時、突然部屋を強い光が満たした。光の源はフレイシアの腕にある魔物探知機だった。薄暗かった部屋全体を照らし出す光の色は、禍々しく濁った深い紫だ。
「こいつは……!」
デリックが光を見て絶句する。それを見てフレイシアも悟った。
敵は今、湖にいる。
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