第41話 訪問

 馬車旅を終えて自宅に帰り着いたデリックは軽く仮眠をとった後すぐに行動を開始した。目的は当然メルジェンシア家の調査だ。

 ここまでの調査でメルジェンシア家の歴史上もっとも不審な点として、不死戦争の終結とほぼ同時期にやってきた謎の養女コリンダが挙がっている。

 デリックは現在のメルジェンシア邸をさらに調べるつもりだった。前回は門前払いだったが、ここまで多くの手がかりを得たら、もはや黙っていられなかった。


          *


 時刻は正午過ぎ。デリックは自身の店舗に臨時休業の看板を立てると、各種魔術道具を懐に忍ばせて家を出た。

 昼の盛り、カナリーネストの大通りは大勢の人々で賑わっていた。景気よく商いをする人々の声をすり抜け、脇目も振らずに大通りを抜けた。

 街の中央からどんどんと遠ざかり、人の数もまばらになってゆく。渓谷を貫く街道へとさしかかる場所に、森へと続く小道がある。知らない人間が通れば獣道かと見落としてしまいそうなこれがメルジェンシア邸へ続いている道だ。


 小道に入った途端、通りからの声が途絶えて一気に空気が静まりかえる。まるで墓場への道を歩いているかのような錯覚を起こしそうだった。だが、デリックの睨み通りにメルジェンシア邸が悪しき死霊術師の根城であれば、墓場という表現もあながち間違いではないだろう。


 小道を抜けると、前に現れたのは三階建ての屋敷だ。森の開けた場所に建てられた屋敷は、真上から日の光をよく受けている。しかし、白い外壁には所々汚れが目立っていた。あまり隅々まで手入れが行き届いていないようだった。立派な庭園も雑草が目立ち始めている。長らく放置をしていたというよりは、ここしばらく手入れが出来ていないといった様子に見える。


 デリックはためらいなく敷地に足を踏み入れ、屋敷の正面扉に立った。ドアノッカーを叩くと、重い音が響き渡った。しばらくすると扉の向こうに人が立った気配がした後、厚い木の扉を通してくぐもった声が聞こえてきた。


「どちら様でしょう」

「魔術道具屋のデリックだ」

「ああ、先日の……」

「エリンお嬢さんに会いたくてね」

「先日に申し上げました通り、お嬢様は体調が優れませんので。現在どなたとも面会できません」

「伝言だけでも預かってもらえないもんかね」

「……お答えすることはございません」


 梨の礫だった。もっとも、これは予想できたことではある。

 デリックは扉の向こうに佇む使用人の気配を感じながら、自分の手元をそっと確認した。そこにあるのは方位磁針によく似た魔術道具、死霊術探知機だ。その針がゆっくりと動いて近くに死霊術の気配を確かに察知していた。恐らく、扉のすぐ向こう側だ。


「分かったよ。また来る」


 そう言って探知機を仕舞うと、デリックは踵を返して扉に背を向ける。庭園へ向けて一歩進んだところで、デリックは思い出したように付け加えた。


「ああ、そうだ。お嬢さんは街の書店はよく行ったりするのかい?」

「お引き取りください」

「はいはい」


 睨まれ続けているような気配を背中に感じながら小道を歩き表の通りへ抜けると、再び死霊術探知機を確認する。今は何にも反応していない。やはりあの屋敷に何かある。


「また来るからな」


 誰にともなく呟いた。

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