第4話 屍の巨人(2)
巨人は緩慢な動きで少女たちを追うように動くが、フレイシアが立ちはだかる。風の魔術が周囲の空気を操り、鋭い空気の刃が生み出された。
巨人が苛立つように右腕を振るう。それに合わせるように、フレイシアは魔術を放った。右肩の関節部分を狙って放たれた風の魔術は見事に命中、巨大な腕は根元から吹き飛んで地に落ちた。フレイシアは間髪入れず、反対の腕にも同じ攻撃を放った。狙い通り、左の腕も失った巨人は前に転倒した。
「よし。次は――」
トドメに首を狙おうと構えるフレイシア。しかし、予想外のことが起こる。腕の切断面から急速に肉が盛り上がり、新たな両腕が形作られ始めたのだ。フレイシアが即座に攻撃を中断して下がると、先ほどまで立っていた位置に巨人の拳が叩きつけられた。間一髪だった。尋常ではない再生能力だ。
「こんなの魔物じゃないね」
敵の正体に見当がついたフレイシアは次の手に移ることにした。
屍の巨人は白濁して虚ろな目でフレイシアを追いながら、太い腕で何度も殴りかかってくる。動きは無駄が多く回避は容易かったが、もたもたしてはいられない。
フレイシアは敵が腕を振るった後の隙を突いて駆け出すと、そのまま四つん這いになっている敵の下に入り込んだ。頭上には胸部の中心がある。心臓があるであろう位置だ。
炎と風の魔術を組み合わせ、フレイシアは強力な熱風の渦を練り上げる。苛烈な炎が周囲の草地を焦がし、ごうごうと音を立てた。
「これでっ!」
灼熱の竜巻が立ち上り、巨人の胸を焼き貫いた。見上げると、大穴が穿たれた胸腔の中に脈動する心臓があった。毒々しい紫の光を放つ腐りかけの心臓が、しぶとく残った血管にぶら下がっていた。その表面には古い紋章が刻印されている。
「やっぱり死霊術か」
フレイシアは懐から小瓶を取り出した。中には真っ赤な鮮血が詰め込まれている。
「あんまりやりたくなかったんだけどな。仕方ないか」
小瓶の蓋を開け、数滴の血を周囲に散らす。頭上では焼けた傷口が再生を始めていた。それが終わる前に、フレイシアは唱えた。
「いと卑しき穢れの主、アイリーン・グリムベルの名において命ず。眠れ。汝の役は果たされたり」
効果はすぐに現れた。
巨人はピタリと動きを止める。そして、全身の皮膚が急速に乾きひび割れてゆく。指先の末端からボロボロと体が崩れ落ちはじめ、腕と脚がポッキリと折れて、ついに全身が崩壊してしまった。再生する気配もない。
崩壊してくる肉片を器用に逃れたフレイシアは、溜息をつきながら周囲を見渡す。乾いてボロボロになった骨や肉の塊が散乱し、酷い有様だ。
「こんな遠くにもあるなんて……」
溜息と共に呟くフレイシア。しばらく忌々しげに残骸を見下ろしていたが、今は他にすべきことがある。気持ちを切り替えて、少女たちが逃げた塔の方へと向かった。
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