令嬢メルルと寡黙な護衛剣士2

プリティス伯爵家に世話になる事になったルーヴは、屋敷の誰と接する訳でもなく

一人でいる事が多かった。

特に自分の気配を消す隠遁の魔法を使って、プリティス伯爵家屋敷の庭の一角に生えた一本の大樹。木漏れ日の下で一人寝転がり、小鳥の囀りでも聴きながら、傍に数冊の本を積む。庭師がルーヴなど認識せずに仕事を終え、去り行く中で、ルーヴは今、戦術論文でも書かれた本を静かに、じっくり読み耽っている時であった。屋敷の庭に住み着いた小鳥やリスなどの小動物は、気配を消したルーヴの事などを気にも止めず、各々の日常を過ごしている。


「ルーヴ様、こんな所に居たのですか?」


「!?…メルル殿?俺の事はルーヴと呼べとあれ程…」


「なら、私の事もメルルと呼んでください、ルーヴ」


「…あ、ああ…。」


メルルが覗き込む様にひょっこりと顔を出して満面の笑みでルーヴに微笑む。

彼は目の前に居る令嬢に驚いた

何故、この娘は俺の姿を認識出来るのかと。


「…ところで、メルルは何故…俺が見える…?」


「…?…何故って…ルーヴがそこに居るからでしょう?」


メルルは不思議そうな顔をして答えた。

彼女の気配を察知した小動物達は、彼女を警戒したのか距離を取って状況を伺う。

ルーヴは呆然と彼女を見ていた。


「…あ…そう言えば、お茶の準備が出来ましたのでルーヴ様を探しに来たんでした。一緒にいかがですか?」


「…ああ、わかった」


メルルはルーヴに微笑む。彼は読んでいた本を閉じ、本を持ち、ゆっくりと立ち上がる。

二人がプリティス伯爵家の屋敷に戻った時、屋敷の使用人達がメルルの帰りを歓迎していた。

穏やかな気質のメルルは公私、内外問わず人から好感を持たれるタイプの令嬢であった。


「メルル様、おかえりなさいませ。」


「屋敷のお庭でルーヴを見つけてきましたよ」


微笑むメルルに使用人達は混乱する。

彼等の目にはルーヴの姿が映らない

正確には隠匿の魔法を使っている

彼の姿を認識出来なかったのだ。


「…え?…護衛のルーヴさん…?何処に…?」


「え…?」


周囲を見渡す使用人達、メルルは不思議そうに首を傾げながら、隣に居るルーヴを左手で指し示した。


「何処って…ルーヴなら、ほら、私の隣にいらっしゃいますよ?」


「え!?あっ!本当だ!!これは失礼しましたルーヴさん!」


「…いや…別にかまわない…。」


使用人達は、ルーヴが視界の中にいきなり現れた様に見え大層驚き、頭を深く下げた。それが余計にルーヴの頭を混乱させた。


(…隠遁の魔法は完全に機能している…ならば何故、魔導師でもない、ごくごく普通の女の子であるメルルは、俺の事を認識出来るのだろうか…?)


メルルに対する疑問が膨らむ中で、次の日も、その次の日も、また次の日も、メルルはルーヴが屋敷内の何処に居ても彼女は何事も無かった様に見つけ出した。部屋の隅、離れの倉庫の中、庭の木の上、垣根の下、クローゼットの中、寝台の真下、埃っぽい屋根裏部屋、隠れ蓑を使った屋敷の壁。

彼が何処に隠れていても、メルルは午後のお茶の時間になると、必ずルーヴを見つけ出す。

そして、いつの間にかメルルとルーヴのかくれんぼは、二人の日課になっていた。


(…この数ヶ月、彼女にだけは全て見つかっている…最初は偶然かと思ったが…これは…)


「見つけましたよルーヴ、さあ、お茶にしましょう。」


「ああ、今回も俺の負けか…」


「ふふ、私、幼い頃から探し物だけは得意なんですよ♪」


「そうか…ならば…」


ルーヴは懐から小箱を取り出して箱を開いてみせた。


「え?これ…ネックレスですか…?とても綺麗な宝石が付いてますね」


ルーヴがメルルに見せた首飾りは光に照らされると不思議な虹彩を放つ金属に、透き通った紫色の宝石が嵌め込まれていた。


「メルル、午後のお茶が済んだら、一つ俺とゲームをしよう。」


「ゲームですか…?」


突発的なルーヴの提案に、メルルは驚く

ルーヴからこの様な提案があるのは彼がここに来て初めての事だった。


「俺が屋敷の中に何個か同じ箱を設置する、メルルはその箱からこの首飾りを探すんだ。」


「宝探しですか?私得意ですよ?ですが、内容が些か簡単ではありませんか?」


「三つルールがある。一つ目は、俺が設置した箱の数をメルルには絶対教えない。二つ目、箱を持ち上げてはならない。三つ目、メルルが開けられる箱は設置された中から一個だけだ。不正防止の為、箱を探すメルルに俺も同伴させてもらう。」


「わかりました!午後のお茶が済み次第、是非やりましょう!」


そして、お茶会が終わった後でルーヴは気配を消して、屋敷の隅々を渡り歩く。

プリティス家の使用人にはメルルから、決して箱を開けない様に伝えられた。

程なくしてルーヴがメルルの元へと帰ってきた。


「さあ、始めようかメルル。」


「ええ!絶対見つけて差し上げますわ!!」


メルルはルーヴと共に屋敷の中を歩き回る。

箱はいろんな場所で見つかった。屋敷の廊下、応接間、クローゼットの中、寝台の真下、屋根裏部屋、離れの倉庫、垣根の下、木の上、テラスのベンチ、あからさまに隠されている様な箱ですらメルルは開けずに別の場所を探す。


「あら…あの箱…」


メルルの視線の先は庭の一角の大樹、木陰にはルーヴの設置した箱が一つ。


「ルーヴ、私、あの箱にします」


「…そうか。」


二人は木陰の箱の元まで行き、メルルはしゃがみワクワクしながらゆっくりと箱を開ける。しかし、その中には、何も入っていなかった。


「…。」


「ルーヴ」


「うん?…何だ?メルル」


メルルは下から覗き込む様にルーヴをじっと見た。


「二重底にするなんてずるいです。」


メルルのその言葉にルーヴは笑う。


「ふ、ふはは。正解だメルル。このゲーム、君の勝ちだ」


そう言ってルーヴは箱の仕掛けを弄り底板を外すと、中から首飾りが現れた。


「しかし、一つも迷う事なく何故此処にあるとわかった?」


「んー…全部、視えていましたので…」


(…これは鑑定…いや、万物の真贋を見極める目…あるいは真実への導きの目…。)


ルーヴは箱の中の首飾りを取り出すと

メルルへと差し出す。


「…ルーヴ、これは一体…?」


「ゲームに勝った君への報酬だ受け取ってくれ。」


「!?…こんな高価なもの受け取れません!!」


「…そう、これが高価な物だと、わかる君にプレゼントしたい。」


ルーヴはメルルの背後に周り、首飾りを彼女に付ける。メルルの首下で光る紫の宝石は陽光に触れ複雑な虹彩を照らし返す。


「これは、あらゆる厄災から身に付けた者を守護する、破邪の首飾りと呼ばれる護符、そして、古の時代に造られたアーティファクトだ。」


「…良いのですか?アーティファクトと言えば値段も付けられない様な高価な物なのでは…?」


「これは君を守る為のいわば保険の様なもの、そして…」


ルーヴはメルルの目の前で跪き首を垂れる。


「…俺は全身全霊を掛けて、メルル、君を全ての生涯から護る事をここに誓う。」


「…はい、改めてよろしくお願いします、ルーヴ」


メルルはルーヴに微笑んだ。

それ以降、ルーヴは個人の事情による時以外は、常にメルルの側にいる事が多くなった様であった。

メルルの胸元では今も紫の宝石が美しく輝いている。

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