令嬢メルルと寡黙な護衛剣士

その日、ある貴族の宴席の訪問の為

メルルは魔導馬車に乗って目的地へと

向かっていたのだが、名も知らぬ

ならず者達に襲われることとなった。


(何が起こったの…?)


馬車は横転しメルルは護衛に庇われた物の

外に投げ出され腕を少し負傷してしまった


「お嬢様!!我々に構わずにお逃げください!!」


そう従者に言われてメルルは一目散に逃げた

何処へ向かうのかわからなかったが、一目散に逃げた。


「…コイツらには構うな、目的はあの女だ!!」


「げへへ…たっぷり可愛がってやるよ…」


「楽しみだなぁ…味はどうかなぁ…」


複数のならず者達は下品に笑い合って

目的のメルルを追いかけ始めた。


メルルは脇目も振らずに息を切らせて

必死に森の中を逃げ続けていた


ただ、少し薄暗い森の中でも

何かに導かれているのか

明るいと思った方へと必死に走った

しかし、ならず者達の下品な声が

メルルの後ろの方で聴こえる

まだ振り切れない、メルルは焦った。

何故この様な事になったのだろう

いつもの様な何気ない日常を過ごして

近いうちに親友の結婚式を祝福して

そして、まだ穏やかな日常を過ごしていくメルルはそんな風に思っていた…

徐々に走り疲れるメルル


「あっ!?」


そして不意に木の根に足を取られた。

メルルはその場で横転した

すぐに立ち上がろうとするも

打ち所が悪かったのか、足が痛くて上手く立てない。身体を引きずり前へと進もうとするがまるで地面に這う蛞蝓の様に…その速度は明らかに遅い。


(…足が痛くて走れない…でも逃げなきゃ…)


ならず者達の声が近づいてくる。


(…私は…諦めたくない…!)


メルルは身体を引きずりながら、ドレスを砂埃で汚しながら必死で前へと進んだ。


「いたぞ!!あそこだぁ!!」


「追いかけっこ、随分楽しませてくれたなぁ!!」


「へへへ…今度はオレ達が楽しませてやるよ…!!」


ならず者達は視界に映る距離に居た


「……誰か……誰か助けて……」


メルルは必死に進み続ける

ならず者達はその姿を嘲笑いながらメルルへと近づく。


「お貴族様が這いつくばって無様だな!そんな事をしなくても、俺達がじっくりと可愛がってやるぜ!!」


「──それは余計なお節介だな」


「なんだ…おぶぇぁっ!?」


ならず者達の一人の手がメルルに差し迫った時、森の奥から飛び出した影が

ならず者を勢い良く蹴り飛ばす

潰れたカエルのような悲鳴が響き

夜の森に炸裂する軽快な打撃音

後方へ吹っ飛ばされるならず者の姿。


飛び出した男はメルルを護る様に

ならず者達の前へと立ちはだかる


「──君は随分と根性がある貴族の様だ、実に気に入った…俺が君を助けよう」


肩まで長いツヤのある黒髪の優男は

腰の左に剣を携えすらりとした体躯だ

顔付きは鋭かったものの、その中に何処となく優しさがある様にメルルは思えた


何よりも悲劇的な状況の中で

運命的に現れたこの一人の剣士に

メルル自身、胸の奥底が高鳴っている気がしていた


「くそ!相手は一人だ!!やっちまえ!!」


「…相手の実力も図れぬとは、愚かな…」


ならず者達は即座に優男に殴り飛ばされる

細い身でありながら悠々とならず者を気絶させてしまった黒髪の優男。

目にも止まらぬ早業にメルルは状況が把握できず…ぽっかりと口を開けていた

優男は足を痛めて動けなくなっていた

メルルにゆっくりと近づき、目の前で跪く。


「…失礼、少し足を見せてくれ。」


メルルはコクリと頷いた。

優男はメルルの足に触れて、酷くなっていそうな場所を一つ一つ丁寧に触診し

そして関節の所を優しく触った


「っ…痛っ!?」


メルルの足に激痛が走った、思わず目を瞑る。優男はメルルの悲痛な表情をそれを見て、懐から布と薬草を取り出し

テキパキとメルルの足に巻いていった。

優男が行う処置はとても手際が良かった。


「…応急処置はしたが…これでは歩けないな…君は貴族の令嬢の様だが、従者は近くにいるか?」


「…はい、あの方達は多分私だけを追いかけて来たので従者は皆、森林道に居ると思います。」


「…そうか」


優男は短くそう言った。そして「失礼する」と言い、砂埃や泥で汚れたドレスのメルルの身体を軽々しく持ち上げた

それは正にメルルが幼い頃に見て

憧れた物語のお姫様が騎士にされる抱っこの姿そのものである。


「…え?え?えっ!?ちょっと?待ってください!??」


プリメラは優男に抱き上げられて赤面した今の今までこの様な事を父以外の

男性にされた事がなかったからだ

優男の外見からは想像も出来ないような

まるで鋼鉄のような硬さのある両腕に抱き上げられて、メルルの心臓の鼓動がいつもよりも早く走る。


「…失礼すると言った、それに君の足は応急処置をしたとは言え、今すぐにでも医者に見せるべきだ、少し急ぐぞ」


メルルを胸に抱き抱え優男はすぐに走り出すメルルの体重などものともせずに全力疾走だった。それも普通の人間とはかけ離れた速度で


木々が眼前を高速で駆け巡る光景に

メルルは、今迄体感した事の無い光景に心底恐怖した、眼前を高速で木々が駆け抜ける。


「ぅああああああッ!?速いっ!?速すぎですぅぅぅぅぅぅッ!?」


今まで体感した事の無い速度に涙を浮かべて叫ぶメルル、優男は気にせず走り続けた


「目を瞑って口を閉じろ、そのうちに着く」


「ああああぁぁぁぁ…」とメルルの恐怖の叫びが森に木霊していた。



森の外へ着くと特に走っていた訳ではないがメルルは緊張し過ぎて呼吸が荒かった。冷や汗で額が濡れている。その反面優男の顔には汗一つ流れていない。二人の目の前には横転した魔導馬車が見えた。


「お、お嬢様!!」


メルルが無事な姿を見て安堵した従者達が駆け寄って来た。優男はメルルを従者達へ任せると、静かに魔導馬車の方へと向かう


「……ふんッ!」


すると、優男は横転した馬車を一人で持ち上げ、倒れていた馬車本体を立て直してしまった。力業とはいっても細身の身体からは理解出来ない程の光景に

最早人間の所業ではなかった。

従者達も驚きのあまり空いた口が塞がらない。

優男は魔導馬へと向かい何かを確認していた。


「…横転した衝撃で自動停止装置が働いただけか…ならば動く、ほら起きろ、ご主人様達がお前の力を必要としている。」


まるで、動物にでも話しかけるようにしながら、優男が色々操作すると、止まっていた魔導馬が再度動き出した。優男は全てにおいて随分と手際が良かった。


「…貴方は一体…」


「…偶然通りかかった旅の剣士だ…貴族の令嬢に名乗る程の者でもない」


優男は振り向き、メルル達が向かおうとしていた方向とは逆の方へと歩き出す。


「…あの…出来れば…お名前を…」


メルルは少し頬を赤く染めた男に尋ねた

優男は一間置いて答える。


「…俺の名はルーヴ…。再び会う事もないだろうが、道中気を付けて、君の幸運を祈る。」


そう言い残してルーヴは深い闇の中へと消えていった。



実はメルルが暴徒に襲われる何日か後で

プリティス伯爵家では、元々新しい護衛を雇う予定であったが、前任のベテラン護衛が強襲を受けた際、大怪我を追い入院した事と、またメルルが暴徒に襲われ怪我を負ったた事もあり、急遽前倒ししてプリティス伯爵家と来てもらう事になった。

その日は、新人の護衛が来るのを

プリティス伯爵家総出で待っていたのだ約束の時間は昼過ぎだった


そして男は現れた、メルルは黒髪その優男を覚えていた、あの時は暗く黒髪に見えていた髪が、陽の光に照らされてほのかに青紫色を浮き上がらせていた

あの絶望的な状況の中で

まるで物語の英雄の様に颯爽と自分を

救い出してくれた一人の優男の姿に

メルルは胸が熱くなるのを感じた


「へ?え?ええっ!?まさか…まさかルーヴ様っ!?」


「…は?君はあの時の…!?…まさか…雇い主の御令嬢だったとは…」


二人は互いに驚いた、そして周囲も面識がある事に驚き騒然としていた。


「まさか…貴方様が新しい護衛剣士だったなんて…」


「…ふ、実に不思議な縁があった物だ…改めて名乗ろう…俺はルーヴ、ルーヴ・グランスレイフ。よろしく…プリティス伯爵令嬢。」


「私はメルル、メルル・プリティスです、是非ともよろしくお願いします。ルーヴ様…。」


互いに笑顔で自己紹介をし合う。

メルルの命の恩人をプリティス伯爵夫婦は快く受け入れ、ルーヴを家へと招き入れた。

これが、二人が今後お互いを受け入れて

一生を共にしていく長くて短い物語の始まりであった。

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