アリスティアとナーティス

フィーリウスがイスト王国へと帰り

その後、アリスティアが八歳になる頃

クゥエルレウス侯爵家はやたらと

来客の多い日があった。メリディエス王家の

魔導馬車が止まっていたのだ。

何やら、現国王ウーゼルがレイゼルに

詰め寄っている様に思えた。


「…陛下、それは時期尚早とも言えませんか?」


「しかし、アリスティアほどの優秀な才女ならあの子も少しは良い刺激になるかと思ってな…」


「私はクゥエルレウスの公爵の立場や家柄より、アリスティアやヴリュンヒルデ個人の心を尊重したいのです。許婚ならば他にも相応しいご令嬢は居りましょう。」


レイゼルは例え国王が相手でも、決して一歩も引かなかった。

それだけ国家に対する貢献度があったのだ。


「そこをなんとか…頼む…。」


「しかしですね…。」


問答している二人の間に、俯きながらアリスティアがやってきた。


「お父様…」


「おお、どうした、アリスティア?」


「…私…ナーティス王子の許婚になります。」


「本気かアリスティア!?…ナーティス王子の良い噂は耳にした事がないのだぞ?…マクシミリアン王子ならまだしも、それでも行くと言うのか?」


「…うむ…正直な所、それは儂の不徳の致す限りだ…。頼んでおいて、儂がこう言うのも変だが、本当に良いのか?…アリスティアよ。」


アリスティアは凛然とした瞳で、ウーゼルとレイゼルを見た。


「…お父様。国王陛下、そこで…私から今回の件に関して条件があります。ナーティス王子と一旦は許婚になりますが、結婚に関しての判断は、全て私に一任して下さい。操の件もです。もし仮に強引にで、もナーティス王子がよからぬ事をした場合、この話は即座に無効とさせて頂きたいのです。」


ウーゼルは少し考えてから頷く。


「…うむ…アリスティア…其方の言う通りにしよう。」


「もう一度聞くぞ…本当に良いのか?アリスティア?」


「…私も学園でナーティス王子の良い噂は聴きませんでしたが…人は時間と共に変わるものですから。いずれはナーティス王子も、良い方向に変わると私は信じています…。」


その頃はアリスティアはナーティスが成長し大人になった時、現在の考え方を改め素晴らしい王になってくれると、心の奥底で期待していた。だが、その儚い想いとは裏腹にナーティスの放蕩ぶりは、彼が歳を重ねる毎に酷くなっていく一方であった。


学園での彼の横暴ぶりは酷いものであった。


「はっはっはー!!俺は次期国王のナーティスだぞ!!」


怖いもの知らずの彼は堂々と風を切って歩く。

ナーティスは学園で自分を持ち上げる人物達を重宝し、批判する者には陰湿な嫌がらせを行う等、行動の酷さに拍車が掛かる。

メリディエスの貴族達からも批判の声が上がり始めると、これには国王ウーゼルも怒りを顕にし、ナーティスを一時停学させるなど強硬手段をとった。

この頃からウーゼル王は、アリスティアに対しての負い目を感じる様になって行った。

あの時、焦って愚かな提案をしなければ

、侯爵令嬢一人の人生を潰す事にはならなかったと。

王の心労も次第に増えて行く。


そして、アリスティアが学園に通うある時の事。


「メルル!プリメラ!おはようございます」


「アリス!今日は午後のお茶会の時に食べるクッキーを作って持って来たの!ほらメルルも味見してみて!」


メルルは一つ摘んでその味を楽しむ


「とっても美味しいですわ!」


「プリメラはお菓子作りがとっても上手ね…良かったら今度教えてね」


「ええ!今度は三人でケーキでも作りましょう!」


三令嬢は花が咲いた様に微笑み合う。

学園でのアリスティアの生活は、特に仲の良い令嬢である、プリメラとメルルの幼少の頃から三人で授業をよく受けている。

遊びに行く時も三人一緒で学園では、あまりナーティスとの関わりもなかった。


「相変わらずこの学園はつまらんな!おい!街に行くぞ!」


アリスティアは辟易とナーティスに苦言を伝える。


「ナーティス様、勝手しますと国王陛下に怒られますよ?」


「黙れアリスティア!お前には関係ない事だ!!」


アリスティアの言葉も聞く耳を持たず、ナーティスはナーティスで好き勝手に、この通り放蕩の限りを尽くしていた。

この頃から、ナーティスに関しては黒い噂がよく出てくる様になっていた。


許婚の関係であるにも関わらず、アリスティアとナーティスが、王城以外でほぼ近くに居る事は無かった。

そもそも、成績優秀なアリスティアをナーティスは快く思っておらず、王位継承の条件が"結婚"だった為に、いやいやこの関係を保っていたのだ。


(チッ…生意気な女を許嫁にしやがって…!親父も余計な事を…)


ウーゼル王の思いや考えとは、現実は大分かけ離れていたのだった。


アリスティアが九歳の頃、彼女の妹であるヴリュンヒルデが学園に通い出す。

同じく学園に通い出した、第二王子であるマクシミリアンと彼女は運命的に惹かれ合い、二人の関係が始まった様である。


ウーゼルはその機会にマクシミリアンの次期婚約者として、ヴリュンヒルデを候補にしたいと、再度レイゼルに頼み込みに来た。

「ヴリュンヒルデが良いと言うなら…」と

レイゼルはウーゼル王に答えた。


ヴリュンヒルデとマクシミリアンはその場に同行し、二人はその事に関して喜んで合意する事となる。

ウーゼルは一つ安心をしたが、この第二王子の件を境にして、ナーティスの素行はより酷くなって行く事となった。


「くそ…父上はマクシミリアンを王位に継がせる気か…!」


ナーティスは自分を取り巻く全てが気に入らなかった。

自分を認めない父王ウーゼルも、自分より優秀なマクシミリアンやその許婚のヴリュンヒルデ、それらと仲良くして自分の思い通りに行かないアリスティアも。全部が全部気に入らなかった。


アリスティアが十三の頃、彼女は本格的に王城の公務を行う様になる。

すると、ナーティスはこの日を境にして、歓楽街へと入り浸る様になった。

ナーティスは本来は自らが行わなければならない公務を、アリスティアに全て押し付けた。

そうすれば彼女が根を上げると考えたからだ。しかし…


「…何だあの女…公務の傍ら勉強に励むとかイカれてんのか…?」


アリスティアの技量はナーティスの予想を遥かに上回っていた。

マクシミリアンやヴリュンヒルデと共に、勉学に励む傍らで、バリバリと公務に携わって行く。

彼女は常に学習しているのか、効率もその都度改善されて行く姿を見てて、ナーティスはとても不愉快になった。


そして、婚約破棄騒動の起きる直前、ナーティスが歓楽街をふらふらと歩っている所で、彼にとって、大きく人生を変える運命の出会いを果たすのであった。

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