旅立ち

アリスティアがメリディエス王国を離れ

ついにジークハルトと共にイスト王国へと向かう日がやって来た。


「まずはアリスティア様に、イスト王国に慣れてもらい、その後に結婚式の予定を組みましょう。」


ジークハルトの提案により、まずはイスト王国の王子の婚約者兼最高来賓として、イスト王国で一緒に同棲すると言うジークハルトの提案だった。


「式を挙げるまで、私はアリスティア様の純潔を守り通す事を誓います。ですので、ご安心を」


婚約者であるアリスティア本人としては、寂しいとか、はっきりとは言い表せない、少し複雑な感情だったが、それはそれとして、ジークハルトの彼なりの優しい提案を、アリスティアは快く受ける事とした。


「…アリス、ジークハルト様と仲良くね」


「結婚式には必ず呼びますから、お元気でねメルル」


メルルとアリスティアは笑顔で軽く抱擁し再会を誓い合う。少し名残惜しい。


「アリス、ジークハルト王子と仲良くするのですよ」


「困った時には二人でいつでもクゥエルレウスの家に帰ってこい。」


「はい、お父様、お母様」


少し心配している様だったが、クゥエルレウス夫妻は笑顔で愛娘を送り出す。


「…お嬢様が居なくなると寂しくなりますね…」


マリエルはしみじみとしている様子で

あったがクゥエルレウス婦人フロリーナは

マリエル、お前は一体何を言ってるのか、と

言った具合に首を傾けてマリエルを見た


「…何言ってるの?マリエル…貴女もアリスに付いて行くのですよ?」


「…え?そうなのですか??」


「え?だってアリスのお世話が出来るの貴女しか居ないじゃない、ジークハルト王子もイスト王国の従者の方達も何かと忙しいのですよ?貴女が行かなくてどうするのですか。」


「…あっ、はい…奥様、今すぐ準備して来ます…」


「…執事長、もしかしてマリエルに今の事を伝えるの忘れた…?」


「……伝えはしましたが、あの子は興奮し過ぎていて話の内容を理解していなかった様です……申し訳ございません、奥様」


「…はあ……大丈夫かしら……」


頬に右手をあてて深くため息をつく、しっかり者の母フロリーナの姿を見て、アリスティアは微笑ましく思った。

ジークハルトは一連のやり取りに、特に何も言う事はなかったが、笑いを堪えながら一部始終を見守っていたようだ。


「お待たせしました!」


マリエルは他の従者に手伝ってもらい、難なくイスト王国へ旅立つ準備が出来た。

イスト王家の魔導馬車の荷台へと荷物を積み込む、イスト王家の魔導馬車は四台用意された。一台目と二台目は護衛騎士と側近護衛達が乗る軍用馬車。

三台目はアリスティアとジークハルトの乗る王室の魔導馬車。

そして四台目はミーティリアやマリエルの乗る従者の魔導馬車である。


「さあ、乗りましょう。」


「はい。」


護衛の騎士達は既に馬車に乗り込んでいて、後はジークハルト達が馬車に乗ればすぐにでも出発が出来るだろう。


「アリスティア様、足元に気を付けて」


「ええ、ありがとうジークハルト王子。」


程なくしてジークハルトはアリスティアの手を引き、魔導馬車へと乗り込んだ。

アリスティアは馬車の窓から少し身体を出して旅立ちを見送ってくれる皆に手を振る。涙を見せず、笑顔で手を振る。


「皆!お元気でね!!」


「またね!アリス!!」


メルル達はイスト王家の魔導馬車が見えなくなるまで、手を振り続ける。アリスティアとの再開を願って。


魔導馬車での旅は実に快適なものだった。

ジークハルトとアリスティアは、イスト王国へ行くまでの間、色々なことを話し合った、例えばジークハルトには12歳頃の妹が居て、アカデミーの初等科では実に優秀な成績を収めているが、中々破天荒な性格らしい。圧倒されないようにしなければ、とアリスティアは両の頬を軽く叩いて、少し気合を入れた。


「ふふ、そんなに気張らなくても大丈夫ですよ。」


微笑むジークハルトにアリスティアは少々頬を赤らめていた。

そして、アリスティア達を乗せた魔導馬車がついにイスト王国の城門前へと到着する。

外から見るイストの王城は質素では有るが作りが堅牢で、かつ厳かで何処か気品を感じさせる作りであった。

魔導馬車を確認したイストの騎士達が皆、二人に向かって敬礼をしていた。


「お手をどうぞ。」


「ありがとうございます。」


魔導馬車を降りたアリスティアは、ジークハルトに手を引かれるまま、イスト王城の入り口を目指した。

城門から正面入り口迄の舗装された道の

道端には、しっかりと整備された均整の取れた美しい木々や花々が二人を出迎えた。


(まるで芸術作品の様ですね。)


徹底された管理にアリスティアは感嘆としていた。

イスト王城の正面入り口に到着すると、王城に立つイストの騎士がジークハルト達を確認して、規律良く敬礼した。

その後、正面入り口の大扉を左右に開く、ゴゴゴ…と大きな音を立てて大扉は開いた。


「さ、行きましょう。父上と母上が待っています。」


「少し、緊張しちゃいますね…。」


「ふふ、気張る必要は有りませんよ。」


ジークハルトとアリスティアが入城すると、エントランスである大広間のど真ん中に、肩にかかるくらいの黒髪を靡かせた少女の姿。煌びやかなドレスを身に纏う十二歳くらいの少女が腕を組み、仁王立ちで立っていた。

なんとも威風堂々たる姿である。

彼女が噂の妹君なのだろうか?

アリスティアは内心、ワクワクしていた。


「…この日を待っていたわ!!!」


少女はそう叫ぶとアリスティアの方へと息良い良く駆け出す、まるで自分の履いているスカートなど気にする事なく、彼女はアリスティアに向かって来た。


「貴女が私の……!?うわわわわっ!?」


「危ないっ!!」


アリスティアは転びそうになった少女を、咄嗟に全身で受け止めた。少女のあどけない身体はふわりと柔らかかった。

ジークハルトはその光景を見て、右手で顔を覆い押さえ…ため息をついていた。


「…やはりこうなったか。」


ジークハルトは酷く呆れている様である。

少女はアリスティアに抱きかかえられながら、アリスティアの顔をまじまじと見つめた、アリスティアの瞳には、少女の頬が紅潮しているように見えた。


「…と…いいかしら?」


「…え?」


「…お姉様と呼んでもいいかしら…?」


「…ふぇ?」


少女は照れくさそうに頬を染めながら、瞳をキラキラとさせていて、彼女は元気にそう言った。

アリスティアは何が何だかよく分からなかった。


「…はあ…順序が逆だろう…アリスティア様。紹介します…彼女は…私の妹、アナスタシアです。」


「これからよろしくね、お姉様♪」


「あっ、はい、こちらこそよろしくお願いします、アナスタシア様」


驚きつつもアリスティアは、アナスタシアに改めて笑顔で丁寧に挨拶をした。


「…私の想像通りお姉様は、兄上の噂以上の傑物ね…これから楽しくなりそう♪」


「…アナスタシア…少し落ち着きなさい…アリスティア様が引いている。」


「ふふ…アナスタシア様はとてもお元気なのですね」


苦笑いのジークハルトに微笑むアリスティア、二人の姿をアナスタシアは笑みを浮かべて眺めていた。


「へー…。兄上が女性に対してこんなに気を許してるの見たの初めて見た…」


「えっ?そうなのですか?」


「兄上は今の今までの見合い話を全て断っていたのですよ、お姉様」


「アナスタシア…お前いい加減に…」


ジークハルトがそう言い終える前に

広間の奥から二人の人影がやってくる


「帰ったか!ジーク!!」


「待っておりましたよ、そちらの女性が

クゥエルレウス公爵令嬢ね…噂以上に可愛らしく、美しい方ね」


「…父上、母上、少し時間が掛かり申し訳ありません」


ジークハルトは二人に一礼する

「いいのよ」と気品のある女性が優しく

微笑みながら言った。


「紹介がまだだったな、私はレオルス・エリシオン。貴女の父、レイゼルとは昔からの戦友でな…そして彼女はルビアーナ、私の妻だ。」


「よろしくアリスティアさん…会えて感激だわ、これから色々大変だろうけど、末長くよろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願い致します、義父様、義母様」


アリスティアがお辞儀をすると、エリシオン夫婦は穏やかに微笑む


「ねえ、あなた、皆さん長旅で疲れているようですし、まずは休んでもらいましょう」


「そうだな、その後に食事でもしながら色んな話をしよう。」


「ジークハルト、皆さんを案内なさい、

アナスタシアはこちらに来て準備を手伝ってね」


「心得ております、母上」


「わかりました、母上」


ルビアーナと言う女性は穏やかながら凛として気品漂う女性で、まるで話に聞く指揮官を思わせる。異性問わないカッコ良さがある。

対象にレオルスは静かにドンと構えた豪快で、勇猛な典型的な武人だとアリスティアは思った。


少し客室で休んだ後、アナスタシアの案内の元ミーティリアやマリエル達と共に

イスト王城の王族の大浴場で湯浴みをした。

豪奢な大浴場に圧倒されたが、大浴槽の適度な暖かさを保ったお湯が、慣れない旅路の疲れから、身体の芯より全身を癒してくれた。

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