お茶会
ジークハルトはアリスティアの手を引いて、ゆっくりと庭園のテラスへと戻ってきた。
マリエルとミーティリアはジークハルトとアリスティアの二人の、仲睦まじい姿を見て太陽の様に輝く笑顔をしていた。
(ミーティリア様…こんな笑顔をするんだ…。)
ミーティリアの今まで見たことの無い、満面の笑みにアリスティアは少し驚いていた
「おめでとうございますお嬢様、ジークハルト王子」
「おめでとう王子、アリスティア様」
二人の祝福にアリスティアとジークハルトは、互いの顔を見て少し赤面する。
「ありがとう二人とも、とても嬉しいよ」
「ええ、私も今とても幸せですわ」
アリスティアは左手を頬にあてて少し照れ臭そうな表情をした。
マリエルは何故か鼻血を出して悶絶している。
「糖分摂取が許容範囲を超えました、頭を冷やすついでに旦那様をお呼びして参ります、少し下がりますゆえ、お茶を飲んでお待ちください」
マリエルは血だらけの鼻を抑えながら庭園を後にする。
「そうそう、お茶の準備が出来てるよ、後、少し濡らしたハンカチ。さあ、使ってアリスティア様」
「ありがとうございます、ミーティリア様」
ミーティリアからハンカチを手渡されて、アリスティアは顔に付いた涙の筋を拭いていく。
「ミーティでも、ミーティリアで良いよ。私は今後もスムーズに物事が運べば。アリスティア様の護衛になると思うし、そうだよね王子?」
「ああ、その通りだな」
「だから、あらためてよろしくね、アリスティア様」
ミーティリアは先ほどの様な笑顔を見せてくれた。もしかすると彼女は親しい関係の人々には、いつもこういった表情をしているのかも、とアリスティアは思った。
三人で談笑しながらお茶をしていると、やがてマリエルに連れられて、クゥエルレウス公爵とアルクスが庭園にやって来た。
マリエルは冷静さを取り戻してはいたが、他の三人はやはり笑顔である。
「おめでとうアリスティア、そして王子、もし良ければ今日は我が家で飲まないか?エルドラ産の良いワインがあるんだ。」
「よろしいのですか?」
「ええ、そうね、皆泊まって行くといいわ。アリスティアも色んな話があるでしょうし」
ミーティリアはアルクスの顔をジーッと見つめる。今回の行動の采配は、王子ではなくアルクスが決めているのだろうか?とアリスティアは不思議に思った。
「…ミーティリア…。そんな顔をしなくても大丈夫ですよ?こんなにもめでたい日なのですから…。王子、此処は是非お言葉に甘えるべきでしょう。」
「それじゃあマリエル、お部屋の準備をお願いね。」
「かしこまりました奥様。」
マリエルはクゥエルレウス夫妻と、アルクスのお茶の準備を整えると庭園を後にした。
その後は六人で賑やかに談笑しながらのお茶を楽しんだ。
アルクスとミーティリアは、実は戦闘魔導師夫婦で、双子の兄の魔導師夫婦が、何処かの静かな森に屋敷を建てて気長に暮らしているという。
ミーティリアは見た目が典型的な長命種だが、それほど自分達と見た目の変わらない。
アルクスやその兄夫婦も長命種らしい、細かい学術的な種族名が有るらしいが、長すぎて今は使われていないという。
アルクス達はかなり色々なことを知っていて、ジークハルトも古代の歴史を勉強するのに、時々アルクス達の知識を借りているらしい。
「ミーティリア達は一体どれだけの時を生きてるの…?」
「…1000から先は覚えてない」
「確かに…歴史書を見ればある程度は思い出せるけど、あまり年齢は気にした事ないなぁ…。」
「…アルクス達は神話の時代から生きてるのではないのか?」
ジークハルトの皮肉の様な問いにアルクスはニヤリと笑う。
「実は兄さんや私達がその神話とやらを作った人物かも知れませんよ、王子?」
アルクスのその言葉はその場では冗談だと言うことになったが、アリスティアはアルクスの言葉が実は本当なのかもしれないと、アルクスやミーティリアの二人の表情からそう思った。
※
昼食後のメリディエス王城の王の間では怒号が飛び交う。
ウーゼル・メリディエスは激昂していた。
心の底から溢れ出るマグマの様に憤怒の言葉が流れている。
「よもや言い逃れが出来るとは思っておらんな!!今度という今度は断じて許さん!!」
「しかし、父上!父上は私が結婚をしたら王位を譲ると仰ったではありませんか!?」
ナーティスは食い下がるもののウーゼルの怒号は凄まじかった。
「儂の話を曲解するな!!!この大馬鹿者が!!!!」
凄まじい圧力と怒号にナーティスは後退りする。
マクシミリアンは静かに目を瞑り、一部始終言葉を挟む事なく聴いていた。
「衛兵よ!この者を捕らえて牢に入れよ!!ナーティスよ、貴様の処遇は後日行う裁判によって決める、それまで己の行動の愚かさを呪うが良い!!」
「父上!!父上!!!…くそっ…。はっ…、はなせっ!!!」
数人の衛兵に引きずられ王の間の外へと連れていかれる。
その間にもナーティスは情け無く喚き散らかしながら「父上!父上ぇ!!」とウーゼルを呼び続けた。
ウーゼルは引きずられる愚息の情け無い姿を目を背ける事なく、厳格な顔付きで睨み続けた。
「マクシミリアン」
「はい、国王陛下」
マクシミリアンは呼ばれると瞑っていた目をゆっくりと開く。
「プリメラ・ルピティス伯爵令嬢を召還せよ」
「かしこまりました、国王陛下」
マクシミリアンはウーゼルに一礼し、王の間を後にする、数刻後マクシミリアンはプリメラを連れて王の間へと入ってきた。
プリメラの表情は酷く緊張しているが、ウーゼルの表情は先程、ナーティスと言い争っていた時とは打って変わって、厳格ではあるがとても穏やかな表情である。
「さて、プリメラよ儂は御主に幾つか質問せねばならぬ、全て正直に答える様に。…よいかな。」
「…はい…国王陛下…」
プリメラの返事を聞くと、ウーゼルはマクシミリアンに目配せして、何かを持って来させた。それはとても独特な形状をした小瓶であったが、それを見た瞬間プリメラの表情は青ざめた。
「プリメラよ、御主、この瓶に見覚えがあるな?」
「!?…その瓶は…はい、ございます」
「やはり見覚えがあるのか?…どこで見た?」
「ナーティス様が持っていらっしゃいました。」
ウーゼルは一つため息を付いた。
プリメラは俯く。
「…やはりそうか…そうであったか…プリメラよ落ち着いて聞いてほしい。これは違法な魔導薬物だ。」
「!!」
驚きのあまりプリメラは目を見開いた。
「内に眠る精神を高揚させ、理性のタガを外し、飲んだ者を攻撃的な性格にする代物だ。使った者の性格を通常とは全くの別人へと変貌する、恐らくナーティスはコレを御主に服用したのだ。」
ウーゼルは書面を確認しながら続ける。
「御主、調べによるとあの結婚破棄騒動のあった会の直前に、ナーティスと会っているな?」
「…その通りです、国王陛下」
「御主、その日の夜からあの会迄の間、記憶が殆ど朧げなのでは無いか?」
プリメラは震えながら答える。
「はい…全てが夢現の様にございます、ある酒場でナーティス様と共にお酒を飲んだ事までは思い出せるのですが、その後の記憶が全く有りません…騒動があった会のその後もどうやって帰ったのか、なぜ自分の寝室に私が居たのかも正直よくわかりませんでした…。」
「よろしい、よくぞ正直に話してくれた、今回の件、アリスティアのみならず、プリメラ…御主もナーティスの被害者なのだよ。」
ウーゼルの言葉にプリメラは目を瞑る。
「御主とアリスティアの仲までも引き裂いたナーティスの所業、奴に代わり儂がお詫び申し上げる。」
ウーゼルはそう言ってプリメラに頭を下げた
「…ですが、国王陛下」
「どうした?プリメラ」
「私がアリスに行った事は、私の心の根底にある彼女への嫉妬や妬みそして羨望から起きた事です。それを私は許す事ができません。アリスの思いを裏切った私が許せないのです。」
プリメラの青かった表情は血色を取り戻し
本来の覇気のある表情へと戻っていた。
「…ですので、国王陛下が罰を下さないとおっしゃるのならば、私は私自身に罰を下します。無二の親友であるアリスやメルルを傷付けてしまった事は先程も述べた通り私自身が許せませんので…」
「…そうか…ならば御主はどうするというのか…?」
「今回の件で家にも迷惑をかけてしまいました。ですので家を出て、修道院に入ろうかと思います、一度社交界を捨て、誰か人の為に生きようと……それが罪滅ぼしになるかどうかはわかりかねますが……」
プリメラの生真面目過ぎる姿を見て
ウーゼルの表情は悲哀に満ちていた
「御主は……令嬢ながら何とも…不器用だな…」
「…これが私の生き方です」
「…わかった、好きにすると良い。だが、それ相応の支援はさせてもらうぞ、御主は前を見て進むのだ、御主なら必ずやり直せるはずだ。」
「ありがとうございます、国王陛下」
笑顔でお礼を言うプリメラは
どこか吹っ切れた様な表情だった。
プリメラは王の間を後にした
扉が閉まるのを見て王は言う。
「デュオン・ストディウムよ、これで良いか?」
王の間の影から騎士が一人顔を出す。
「御主も、彼女の幼馴染なのだから…面前でしっかりと話せば良いものを…」
「私も、プリメラも不器用ですので…私は彼女を陰から手伝うだけです。」
「全く…」とウーゼル王は顎に手を当てて
何やら納得のいかない表情だった。
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