王の来訪

その日、メリディエス王国の国王、ウーゼル・メリディエスは早朝から、自分の寝室でドタバタと慌ただしかった。

ベッドからまだ眠気が抜けない、王妃レスティアの迷惑そうな視線をよそに、外出の準備をしている。


「マクシミリアン!マクシミリアンは居るか!!」


ウーゼル王はマクシミリアンを大声で呼ぶ、何やら焦っている様子である。


「父上、私ならここにいますので、少し落ち着いて下さい。」


マクシミリアンは十三歳前後の少年だが、歳に似合わず落ち着いた雰囲気を持つ。


「おお!マクシミリアン!!すまぬが儂が城に帰ってくるまで、ナーティスを部屋から出さぬ様に手を打ってくれ、良いか絶対だぞ、奴を外に出してはならんぞ!!」


「かしこまりました、全力で対処致しますので、父上、くれぐれもお気を付けて。」


ウーゼル王は急いで寝室の外へと出ていった。



アリスティアの今日の朝の目覚めは、いつも以上にスッキリとしていた。

楽しい思い出の夢が見れたからだろうか?

とにかく身体も軽くとても頭が冴えている。


(今日はとても目覚めが良いわ…きっといい一日になりそうね♪)


起き上がったアリスティアは寝巻きのまま化粧台の前に座り、侍女のマリエルを呼ぶ。

するとメイド服を着た、ショートボブの頭髪の女性が、ものすごいスピードながらも音を立てずにアリスティアの背後に立った。


「お待たせいたしました、お嬢様。それでは失礼いたします。」


マリエルは丁寧にペコリと一礼する。

アリスティアの黄金の美しい頭髪を丁寧に持ち上げると、黄金の髪を彼女のお気に入りの櫛で梳かし初める、ゆったりと物思いに耽る時間が流れた。アリスティアはマリエルと過ごすこの時間が好きであった。


(いつも通りなら…特には気にしないのだけれど…。)


アリスティアの朝は、従者のマリエルと会話しながら髪を梳かしてもらうのが日課だ。

髪型はアリスティアが要望をしない限り

マリエルの気分次第で毎日変わる。

ただ、アリスティア自身はあまり注目されたいタイプではないので、大体は「昨日と同じ」変わり映えのない要望になる。


(…でも…今日は…)


昨日のジークハルト王子の事だ、恐らく朝一番で訪問してくるだろうとアリスティアは思った。


「マリエル、今日は大切なお客様が来るの…だから…」


「かしこまりました……気合入れて全力で仕上げます、お嬢様」


マリエルの目がキラリと光った様に見えた。

メラメラと焔が映る様に、錯覚してしまう位にはマリエルの目はである。


「結ってまとめましょう、お覚悟はよろしいですか…?お嬢様」


「…え、ええ…まあ…程々にね、マリエル…」


マリエルは袖を捲り上げて、アリスティアの朝日に照らされて黄金に輝く美しい髪を、せっせと整えはじめた。

髪を整えながら、マリエルはアリスティアに自分の思いを伝える。


「…お嬢様…」


「どうしたの?マリエル」


「ジークハルト王子様のプロポーズ、お受けになるのですか?」


昨日の騒動は既に貴族どころか、一般庶民にまで広まってしまったという事らしい。

それだけに衝撃的な出来事だったのだ。

渦中の人物であるアリスティア自身も

あの事が事実かどうか受け止めきれていなかった。


「…正直、どうしたら良いか解らないの。まだ、答えは出せていないわ…。」


「…一つお節介ながら…。」


マリエルは改まって穏やかに言う。


「お受けになるべきだと私は思います。」


「どうして…?」


「お嬢様をはじめ、皆様の幸せの為です」


「皆の幸せ…?どう言う事なのかしら…?」


マリエルの言葉の真意をアリスティアは理解出来ていなかった。

その後、マリエルは「まぁ、お嬢様なら後で解ると思いますよ」と笑顔で付け加えた。


髪を整え終わると、次は出迎え用のドレスを選ぶ「あまり重くなく、煌びやかさよりも爽やかさを尊重しましょう!」とマリエルが提案するので、今回は白と水色で彩られたドレスを着ることとなった。


アリスティアはこのドレスのスカートに作られた水色と白のフリルがお気に入りである。


準備を終えて食堂へと行き軽く朝食を取る。

バターが塗られ、少しきつね色に彩られた角切りのパンと、トマトとレタスのサラダ、そして、コンソメのスープが用意された。ら


(…朝の目覚めが良いと、ご飯も美味しいわ♪)


時折アリスティアの食事メニューは。貴族の食卓にしては質素なものだと言われる事も多い。

しかし、彼女にとっては食べれない量を、わざわざテーブルに何個も並べるよりも、その日に自分が食べたい物を食べれる事が火を使った料理が一切できないアリスティアにとっては、とてもありがたい事だった。


一通り食事を終えて、食後の紅茶を飲んでいると、マリエルが何やらニヤニヤとしながら食堂にやって来た。


「お嬢様、お客様です!」


「ええ、わかりました、参りましょう」


マリエルの嬉々とした表情から察するに、やって来たのはジークハルト王子なのだろうとアリスティアは考えた。


玄関までの移動の際、通路に備え付けられた窓からアリスティアは不意に外を見た。


クゥエルレウスの屋敷の門の目の前には、イスト王家の家紋が入った魔導馬車が鎮座しているのが見えた。


アリスティアは少し緊張する、ジークハルトと会って、一体どの様な事を話そうか、色々思い浮かべていた。


玄関に辿り着くと、イスト王家の家紋が入った外套を羽織った、美しい白肌で透き通った灰色の目をした女性に案内されながら、ジークハルトはアリスティアの前へとゆっくり歩いて来た。


動悸が少し早い、アリスティアの緊張は

まだ緩和されていない。


「おはようございます、アリスティア様、昨晩はしっかり寝れましたか?」


爽やかな笑顔のジークハルトにアリスティアは笑顔で答える。


「おはようございます、ジークハルト王子、お陰様で良い夢を見れました」


「ふふ、それは良かった」


ジークハルトの笑顔は、時折何処かあどけない少年の様な可愛らしさがあり、その都度アリスティアはその笑顔に引き寄せられる、そのような感覚が有るのが解った。


「紹介します、彼女はミーティリア、私の護衛です」


「アリスティアです、以後よろしくお願い致します、ミーティリア様」


アリスティアはジークハルトの紹介にペコリと会釈する。

ミーティリアはジッとアリスティアを見つめ続けた。

長耳族の彼女の視線に見つめられて、アリスティアは不思議な気分になった


「…あの?何か?」


見つめ続けられるアリスティアは少し不安を覚える。


「…に…なった。」


「え?」


「アリスティア様。少し前に見た時より、大分大きくなった…そしてとっても美しく、綺麗な人になった。」


「へ?少し前?」


ジークハルトはミーティリアの発言に慌てふためいていた。


「こ…こら、ミーティリア、アリスティア様に対して発言が失礼だぞ!」


「ごめん、アリスティア様、謝る。」


ミーティリアは深々と頭を下げた。

発言には一切の悪意を感じられないが、彼女の言葉の中には、何処か浮世離れしている雰囲気があった。


「と、ともかく、ここで立ち話するよりもお茶でもしながらお話ししましょう」


「ええ、そうですね」


アリスティアとジークハルトは苦笑いで

そう言った、ミーティリアは状況をあまり良く理解していないらしい。


「マリエル、お客様の案内とお茶の準備をお願い」


「かしこまりました、お嬢様」


応接広間へと一行は移動して、アリスティアとジークハルトはしばしの間お茶を楽しんでいた。


マリエルはアリスティアの席の後ろに静かに立ち、ミーティリアは席に座る事なく窓の外をジッと見ていた。


すると応接広間に、アリスティアの両親である、クゥエルレウス公爵レイゼルとその妻フロリーナがやって来た。

貴族間でも有名な仲睦まじい鴛鴦夫婦である。

ジークハルトはすっと立ち上がる。


「クゥエルレウス公爵、またお会い出来てとても嬉しいです」


ジークハルトは満面の笑顔でそう言って

アリオスと握手を交わした。


「あの時の可愛らしい少年が、この様な立派な青年になられて…ジークハルト王子、私も王子と再会できてとても嬉しく思います」


レイゼルの言葉に答えるように、フロリーナも満面の笑顔でジークハルトに微笑む。


「…お父様はジークハルト王子と面識があるのですか?」


「…ああ、アリスティア、それは王子が5歳の時に…」


レイゼルがそう言いかけたところで、ミーティリアが外で何やら見つけたらしく、静かに口を開いた。


「…王子、大切な話しを遮ってごめん、メリディエス王家の魔導馬車だ。」


イスト王家の魔導馬車の隣に、メリディエス王家の魔導馬車が止まる。

従者により魔導馬車の扉が開かれると、窓の外を見たレイゼルは、馬車の中から出て来た人物に大層驚いた。


「あの方は…まさか…」


降り立ったのはウーゼル・メリディエス王その人だった。

厳格な面持ちと、何処か憂鬱そうなウーゼル王。

もしも昨日の件ならナーティスあたりが乗り込んで来そうな物だが、王自らやって来るとは只事ではない。


来賓の多い今日は、いつも以上にとても忙しい一日になるだろうと、アリスティアは思った。

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