アリスティアとフィーリウス

クゥエルレウス公爵家の優しい両親の元に産まれたアリスティアは、皆に愛されて育った。

元々は魔法戦士だった強く優しい父レイゼルと、おっとりしているが芯の強いフロリーナ。どちらもアリスティアにとっては自慢の両親である。

アリスティアが三歳になる頃、クゥエルレウスの家にもう一人、可愛らしい女の子が生まれる。ヴリュンヒルデである。


「かあいいー♪」


アリスティアは初めて出会った、小さな天使ヴリュンヒルデを心の底から愛した。

姉妹は仲良く、可愛らしく育ってゆく。


アリスティアが五歳になった頃、冒険者の男女に連れられた、一人の男の子がクゥエルレウスの家にやってきた。

冒険者の二人は、男は名をリーディアス、女はサーナティアと名乗った、少年の表情はとても暗かった。


「レオルスは無事なのか?」


レイゼルはリーディアスに尋ねた、冒険者は静かに答える。


「最低でも、決着するのに半年はかかるかと、賊は無差別に破壊活動を行なっている様で、市街地は危険な状態です。」


「なるほど、確かにそれは危険だな…。」


「では私達も作戦に参加するので、これで失礼いたします。彼の事、後はよろしくお願いします。」


「ああ、任された。」


冒険者は一礼してクゥエルレウスの家を後にする。

レイゼルは男の子に微笑み、アリスティアを呼ぶ。


「アリスティア、こちらへ来なさい。」


呼ばれたアリスティアは頷きレイゼルの元へと来た。

彼等がどう言った人物かはわからなかったが、アリスティアは俯く男の子がとても気になっていた。


「アリスティア、彼の名はフィーリウス。暫くの間、この家で暮らす事になった、さあ、彼に自己紹介なさい。」


アリスティアは訳もわからなかったが、取り敢えず俯くフィーリウスに微笑んだ。


「初めまして、私はアリスティア。これからよろしくね、えっとフィーリウス?」


アリスティアはフィーリウスの両手を取り、微笑むと、彼はアリスティアから目を逸らした。


「僕はフィーリウス…これからお世話になります。」


フィーリウスは深々と頭を下げた、アリスティアにとって彼は素性こそ、不明な子ではあったものの、物腰柔らかで歳に似合わず、礼儀正しい男の子であった。


彼はヴリュンヒルデにも優しく接し、クゥエルレウス家の従者達にも、分け隔てなく穏やかに接する。

レイゼルやフローリアに対しては感謝の気持ちを忘れなかった。

我儘の一つも言わず、両親の手伝いも良くしてくれる、利発な男の子であった。

しかし、アリスティアの目には、フィーリウスが何処となく寂しそうに映る。


「フィーリウス?」


アリスティアが六歳になって、フィーリウスがクゥエルレウス家に、来ておよそ一年程が経った。

それは中庭でのある出来事であった。


「…どうしたんですか?アリスティア?」


「フィーリウスがとっても哀しそうに空を見上げてるものだから、思わず声をかけちゃったの。」


中庭のテラスで今にも泣きそうな瞳で、哀しそうに空を見上げる、フィーリウスをアリスティアは気になっていた。


「…フィーリウス、もし良ければ私に話してくれないかな…?私には何もしてあげられないかもしれないけど…。」


「…父上と母上の事を考えていました。今、どうしているのだろうと。」


「フィーリウスのお父様とお母様は…今、何処に居るの?」


「…父上と母上は現在イスト王国に居ます。国内が混乱していて危険だからと僕一人が、アリスティアの家に租界したのです。僕の父とアリスティアの父は僕が生まれる前の古い友人とも聞きました。」


俯くフィーリウスにアリスティアは寄り添う。彼はとても哀しい顔をしているのが、アリスティアには見ていられなかったのだ。


「…フィーリウス、大丈夫?」


「僕だけ逃げて来て、本当に良かったのだろうか?僕はずっとその事を考えていました。」


「…きっと、フィーリウスは…フィーリウスのお父様とお母様にとっての大切な希望だから。今はここに、逃したんじゃないかな…?」


「そう、ですかね…。」


アリスティアはフィーリウスに穏やかに微笑む。


「ねえ、フィーリウス。」


「なんでしょうか…アリスティア?」


「辛かったら、我慢しないで、泣いていいんだよ。此処には私達しかいないから、私が周りを見張っててあげるから。」


きょろきょろと周囲を見渡すアリスティア。

唐突にフィーリウスの頬に涙が溢れた。


「ふふ、アリスティアは不思議な人ですね。」


フィーリウスは頬に涙を流しながら微笑む。


「え?そうかな?」


「はい。」


フィーリウスは涙を拭って、再度アリスティアに微笑んだ。

穏やかな陽光が彼等に降り注ぐ。それから、フィーリウスの表情は明るさを取り戻し、父母を心配すれど哀しい顔をする事は無くなった。

少し変わった事は、時間の許す限りよく身体を鍛えているようであった。


そして、アリスティアが七歳の頃だ、フィーリウスとの別れは唐突にやってきた。

彼は急ぎイストへと戻らなくてはならなくなったらしい。

フィーリウスが来た時と同じく、冒険者のリーディアスとサーナティアが再びクゥエルレウスの家に訪れた。


「クゥエルレウス公爵、フィーリウス坊ちゃんをお迎えに来ました。」


「公爵家族の皆様に、とても良くして頂いた様ですね。」


微笑むリーディアスとサーナティアにフィーリウスは頷いた。


「それに、助言通り身体を鍛えた様だな。見ればわかる。皆、きっと驚く。」


フィーリウスは冒険者に褒められて少し頬を赤らめた。


「…寂しくなるな、フィーリウスまた再開したら一緒にチェスでも指そう。」


「ばいばい、フィーリウスおにいちゃ」


レイゼルは陽気に微笑み、彼の腕に抱かれたヴリュンヒルデは満面の笑顔で手を振っている。


「はい、大変お世話になりました…レイゼル様、ヴリュンヒルデも元気でね」


フィーリウスはヴリュンヒルデの小さな手に笑顔でタッチをする。


「イストに帰っても身体に気を付けてね…はい、これ…アリスティアと一緒にクッキーを焼いたの、お弁当と一緒に持って行って、小腹が空いたら食べてね。」


「ありがとうございます、フロリーナ様」


フロリーナから小包みを受け取ると、フィーリウスは微笑みながら頭を下げた。


「…フィーリウス…あの…あのね…」


「アリスティア」


「…うん」


「またね」


「フィーリウス」


アリスティアはフィーリウスの左頬に口付けをした。

フィーリウスは驚き赤面しながら左手で軽く頬を押さえていた。

あまりの突然な出来事に彼の心拍数はとても激しくなっている様だ。

二人の光景を皆は微笑みながら見守る。


「お父さんとお母さんの元へ帰っても、元気でね…」


「アリスティア…君も元気でね。」


微笑みながら涙をポロポロと溢すアリスティア、その視線を背に受けて、フィーリウスは

冒険者二人とクゥエルレウスの家を後にした。


アリスティアはフィーリウスの幸福を心より願っていた。

それはまたフィーリウスも同じであった。

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