#006 これが俺の敵討ちです!

 俺が初めて戦場に出た日を思い出す。

 

 少年兵として、まだ一桁の年で俺は戦争の最前線に送り込まれた。

 一通りの訓練は終えたが、実践経験は皆無の少年兵ばかりだ。


 当然のように多くの死者が出た。

 同じ窯の飯を食った仲間たちも、次々とただの肉片に変わっていく。


 俺は死んでたまるかと、ただただ必死になって戦った。

 生きて帰らなきゃならなかったんだ。


 親父が俺の帰りを待っている。

 それだけが俺の心の中にあった。


 けれどあの男は……。


 俺が戦場に出向く前、男は俺に何一つ言葉を掛けてくれなかった。

 ただ黙って見送るだけ。


 俺は、本当は……。

 その時、なんて言葉を掛けて欲しかったのだろう?


「帰ってこい、ライア」


 馬車に乗りながら、アリシアが言う。


 二人を戦いから遠ざけるため、街を出る手段を探していた時のことだ。

 隣町まで馬車が出るとのことで、二人にはそれに乗ってもらった。


 俺は一人残り、軍の連中を相手するつもりだ。

 その旨を説明したところで、アリシアが言った。


「余はライアを信頼している。だから、大丈夫だ」


 ……そう。

 ……この言葉が欲しかったんだ。


『待っている』


 その信頼の一言が欲しかったのだ。


 アリシアは俺に必要な言葉をくれる。

 それだけで勇気が湧いてきた。


 だからこそ、俺はアリシアのために戦えるのだ。


「ライアさん……」


 グロリアさんが口を開く。


「やはり、ここは私も残ります。二人で、追手を退けましょう」

「いや。グロリアさんは、アリシアと一緒に居てあげてください」


 せっかくの提案だが、俺はそれを断る。


「これだけは……どうしても、俺だけでやらなきゃいけないんです」


 決意を秘めた目で俺が言う。


 二人をこの戦いに巻き込むわけにはいかない。

 何故なら、この戦いは俺のワガママだからだ。

 

 十中八九、この襲撃の指揮を取っているのはダリオである。

 なら、これは俺の……最初で最後の親子喧嘩となるのだ。


「そう、ですか……」


 グロリアさんも渋々納得してくれた。

 

「では、武運をお祈りします」


 グロリアさんが最後に言って、馬車が走り出す。


 俺は手を振って二人を見送った。

 二人を乗せた馬車がどんどん遠ざかっていく。

 

 さて……、


「ありがとうよ、ダリオ。二人を見送るまで待っててくれて」


 振り向きざまに言って、俺は戦闘態勢に入る。


 馬車が街の外に遠ざかった後。

 近くに待機していた兵士たちが、一斉に俺の目の間に現れた。


 その数、約二十名……。

 指揮を取っているのは当然、ダリオ=ドレイク。


「悲しいなぁ、ライア。もう私のことを父とは呼んでくれないのかね?」


 いけしゃあしゃあと、そんな言葉をのたまうダリオ。


 呼ぶわけがないだろう?

 俺を殺した張本人のことを、誰が父親などと認めてやるものか。


 そんな、目一杯の憎しみを込めた声音で俺が言う。


「こっから先は、誰一人遠さねぇぞ」

「そうか。なら、力づくで押し通るのみ」


 言って、ダリオが兵士に指示を出す。


 銃を構える兵士たち。

 この数に狙われたら、流石に全ての銃弾は避け切れないだろう。


 だが、今の俺に銃弾を避ける必要がない。


 ダンッ!


 一斉に銃弾が発砲されるのと同時に、俺は真正面から突撃していった。


 身体中を弾丸が貫く。

 涙が出てくるほど、そこらかしこがクソ痛ェ……。


 だが、魔族である俺には全ての攻撃が致命傷になりえない。

 傷を負った場所を、次から次へと魔力で癒していく。


 先程失った左腕も、既に完治していた。

 それなりに魔力は消費したがな……。


 だが銃弾一発くらいの傷跡なら、少量の魔力消費で一瞬のうちに塞がる。

 無傷の状態で俺が兵士の目前に迫ると、


「ヒッ……」


 恐怖の表情を浮かべる兵士。

 当然だろう。


 頭を撃ち抜いても死なない化け物が、すぐ目の前に立っている……。

 それは人間にとって、とてつもない脅威なのだ。


 次の瞬間には、俺がその兵士の頭を握りつぶしていた。

 そのまま軒並み兵士を薙ぎ倒し、ダリオの元へ迫っていく。


「相変わらず、凄まじい戦いぶりだな……」


 ダリオが口を開く。


「しかし、酷いことをするなぁ? 彼らは、ただ愛国心が高いだけの優秀な兵士たちだったのに……私に命令され、国のためにと必死に戦っていただけなのに……それを殺すとは貴様、悪魔か何かか?」


 余裕ぶっているのか?

 もしかして、まだ命の危機を感じていないのか?


 目に見える兵士は全て倒した。

 残るはダリオだけだ。


 この状況で、まだ自分は生き残れると勘違いしているのか?

 ダリオの前に立って、俺が言葉を告げる。


「その命令が国のためでもなんでもなく、テメェの私利私欲のためでもか?」


 聞いて、ニヤッと口角を上げるダリオ。


 やはりそうか……。

 俺が殺してきた兵士たちは、全員がダリオに利用されてただけだった。


 このゲス外道は……。

 人の命を弄んで、何が楽しいんだ?


「親子としての情なんざ期待しても無駄だぜ? なんせ、アンタにとって俺は道具以外の何者でもないんだからな!」


 心の中にある本音を、全てぶちまける。


 あの時の続きだ。

 俺が死んだあの時の……。


 ああ、改めてアリシアに感謝するよ……。

 魔族に転生したおかげで、この機会に巡り会えた。

 

 俺を殺した相手を、殺す機会を……。

 俺は、俺の敵討ちの機会に恵まれた。


 心の中に目一杯滾る憎しみを映し出すかのように、俺の顔は冷徹に歪んだ表情になった。


「……ああ、その表情だ」


 それを確認して、ダリオが続ける。


「私が恐れたのは、その顔だ。普段は年相応の、少年らしい振る舞いをしているというのに……いざ戦闘となれば、敵を皆殺しにする殺人鬼に変わる」

「ああ、テメェにそう育てられたからな」


 するとダリオが俺へ向かって拳銃を構えた。


「貴様は。ただの獣だ。獣が人間の言葉を喋っているというだけで、私は気味が悪くて仕方がないのだ」

「……なら、もう言葉はいらないな」


 言って、俺が高速でダリオの懐へ攻め込む。


「一瞬で!? この、化け物がッ!」


 バンッ!


 刹那、ダリアが拳銃を発砲する。

 しかし俺がそれを避け、放たれた拳がダリオの右肩に直撃した。


 一瞬の攻防。

 弾け飛ぶダリオの右腕。


 こうして、俺の敵討ちは達成された。

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