第12話 変わりゆくもの、芽生える想い
「それにしても大盛況だったねぇ! 城の周りに集まってきてたひとたちの顔見た? すっごい喜んでたよ」
「受け入れてもらえたのなら何よりだ。……というか、少し気になったのだが」
民への挨拶も終わり、二人は城のドローイングルームで一息ついていた。エミリとジルドは後処理に追われており、見張りの兵を除いて現在この場所にいるのは二人だけであった。
「ん、なーに?」
「……お前が国王になることは、すでにほとんど決まっているのではないのか?」
アクセリナがフレイ国に訪れてまずしたことは、国王夫妻とディーノの兄、つまり第一王子に挨拶をすることだった。第一王子にはすでに伴侶がおり、その女性も妹が出来ることをとても喜んでいる様子で。
そして街の住民たちの、あの歓迎ぶり。ずっと違和感を覚えていた。
「あ、やっぱりバレる? まぁそうだよね、バレバレだよね」
へら、と悪びれた様子もなく、ディーノが言う。ソファーに座るアクセリナの隣にどさりと腰を落ち着けて、話し始めた。
「アクセリナちゃんのところと違って、うちは王位継承順位が生まれた順についてるんだけど、なんていうか、兄貴は良くも悪くも凡庸でさ。あ、もちろん優秀ではあるんだよ。剣の腕だっていいし、寛容だし。でもそれだけ。このまま普通に兄貴が王位を継承したら、国王……父上が引いたレールの上をそのまま歩いて行くだけになる。でも僕はそれじゃつまらないって思って。現状維持も大変なことだけど、どうせなら良い方に変わっていきたいって考えた」
平和で、街は賑わっていて。それだけで満足するのも決して悪いことではない。むしろ欲張って情勢が悪化するようなことがあれば、民の心は一気に離れて国は荒れてしまうだろう。
「方針を変えたりするのは面倒だし、古い貴族たちほどいい顔はしないってわかってる。そのままでいいものもあれば、変えた方がいいものも沢山あるし……っていう感じのことを父上たちに話したらさ、普通に喜ばれたんだよね。兄貴も王位を継承すること自体はそういうものだと思っていたみたいだけど、僕に意志があるのなら僕に任せたいって言ってくれて。もちろんそれなりの功績が必要だから、今まで色々頑張ってきたんだけどさ」
アクセリナは黙ってディーノの話を聞き、それからふぅ、と息をついた。こめかみを強く押しながら、ディーノに向き直る。
「まぁ、良い。思ったよりすんなりと王になれるみたいだが、問題はその先だろうからな。だから私を呼んだのだろう」
「だから、っていうか、半分以上は僕の下心だけど? ずっと一途に恋してて、急に機会が生まれたんだもん。頑張ってきて良かった~って思ったし」
「そういう話は……」
「させてよ。アクセリナちゃんにも僕のこと好きになって欲しいしさー。やっぱりまだ元婚約者がいいってなったら凹む」
「……ディーノ。何度も繰り返すが、私は心を決めてここにきた。それは私のためであり、国のためだ。私はフリッグ国のために、この国の力になると決めたんだ。その心は揺らがない」
エドヴァルドへの想いが消えたわけではない。婚約関係にあったときのような、胸を締め付けるような感覚こそなくなってしまったけれど。心のうちに燻る想いはいつか、なくなるものだと思っている。
「お前が国のために私を利用するのなら、大いに役に立とう。だからお前も、私に利用されてくれ。私の心に残ったままの感情を、完全に過去のものにしてほしい」
想っていた。想われていた。彼以上の存在は出来ないと思っていた。
だがアクセリナの中ではもう、終わったことだった。終わらせなければならないことだった。
「別れこそ最悪な形だったが、私は彼との思い出を胸にこれからを生きる。彼は私に様々な想いを与えてくれた。愛しさとか、嫉妬だとか……共に歩むことは叶わないと知ったときの絶望だとか。それらは全て、私の成長の糧とする。その手伝いをしろ」
ディーノはぱちぱちと瞬きをして、じっとアクセリナを見つめる。少しばかり距離を詰めて、にやける顔そのままに尋ねた。
「それってさ、アクセリナちゃん好き好き~ってアピールをしていいってこと?」
「好きにとれ」
「とる! まぁアクセリナちゃんに言われるまでもなくそのつもりだったけど! あとさ、あとさ、セリナって呼んでいい? 僕のことはディーって呼んでもいいよ!」
「あぁもう、好きにしろ。全く、お前は本当にやかましいな」
そのやかましさに救われている部分があることは、言わずに。アクセリナは瞳を伏せて、微かに口角を上げて笑っていた。
ディーノはそのアクセリナの横顔を見つめ、満面の笑みである。触れたいなぁ、と思うディーノであるが、やはり今はまだ我慢のときである。
不意に扉を叩く音が聞こえて、アクセリナたちが顔を上げる。護衛兵たちが確認した直後扉が開き、エミリが姿を見せた。二人に頭を下げ、部屋の中へと入ってくる。
「アクセリナ様、ヴィルフェルム王子殿下から手紙が届きました」
「あぁ、ありがとうエミリ。兄上、すぐに返事をくれたのだな。どれ……」
見慣れた兄の字に表情が緩むアクセリナであったが、その字で綴られた内容に鼓動が強く鳴った。
「――エドヴァルドが、行方不明……?」
手紙を持つ指先に、力が入る。ディーノはぴくりと眉を動かし、アクセリナが手紙を読み終わるのを待った。
しばらくして手紙から視線を外したアクセリナは、目をぎゅっと閉じてゆっくりと息を吐き出す。
「……私と最後に会った日……あの約一ヶ月後に、エドヴァルドが姿を消したらしい。彼らの両親も行き先を知らず、兄上が私兵を使って捜索に当たらせているとのことだった」
「あー……そりゃ、何ていうか……あちゃー、って感じだね」
エドヴァルドとのことを過去の思い出にする――そんな話をした矢先の、これである。アクセリナは頭痛を覚え、瞳を細めた。
何があった。どうしてこんなことになっている?
聖女の護衛騎士の役目はどうしたのだ。
「他には、なんて?」
「万が一の可能性も否定出来ないため、ディーノ王子殿下にも知らせるように、と……馬鹿な、万が一のことなんて、」
「わかんないよ。愛情と狂気は紙一重だからね。セリナが彼を信じたい気持ちはわかるけど、警戒はしたほうがいい。それからフレイ国の方でも、捜索に当たらせるよ。どんな形であれ、見つかったほうがいいだろうから」
ディーノの言葉に、アクセリナは少し間を置いて頷いた。
そうだ。あり得ないと決めつけて先の警戒を怠るのは間違っている。自分は今フレイ国第二王子の伴侶となるもので、過去の存在に囚われ動揺しているようではやっていけない。
万が一のことは決してあってはならない。
アクセリナはぱんっ、と自らの頬を叩いて、叱咤する。エドヴァルドとのことがあってからつい弱気になる傾向が多く見られる。王族たるもの、心をしっかり持って立ち直らなければ。
「ディーノ、捜索隊についてはお前に一任する。見つかった場合、そのままフリッグ国に引き渡す形で構わない。もしこの国にいるのだとしたら、正当な手続きを取っていない可能性がある」
「……もし卿が、会いたいって言ったら?」
アクセリナは首を振る。
「ならば正当な手続きで持って、堂々と会いに来い。どんな意図があって行方不明などという状況になったのかわからないが、公爵夫妻にも兄上にも心配をかけている。どの面下げて私の前に来るのかと、そういうことだ」
立ち直った彼女は本当に容赦がない、と、ディーノは笑う。
エドヴァルドがアクセリナを求めてやってくる可能性はゼロではない。アクセリナにも言った通り、愛情と狂気は紙一重だ。もし愛情が反転し狂気に変わっていたら……アクセリナの望まぬ展開になることは容易に想像が出来る。
「エミリ、兄上にはフレイ国でも捜索を始めること、見つけた場合は直ちにフリッグへ送還する旨伝えてくれ」
「かしこまりました。すぐに対応いたしますわ」
「ジルドにも伝えておくよ。すぐに捜索隊が組まれると思うから、エミリ、エドヴァルド・フェムシェーナについての詳細を報告して欲しい」
ディーノが言うと、エミリは胸元に手を当てて深く頷く。
「一時はアクセリナ様を支える存在となるべく切磋琢磨しあった関係ですが、アクセリナ様の御心を乱すような行動は許せません。わたしも護衛と捜索に尽力いたしますわ」
それでは、と深く頭を下げて、エミリは部屋を後にする。
また二人きりになった空間に、沈黙が落ちた。
「あのさ、セリナ」
「何だ」
「さっきエドヴァルド卿が会いたいって言ったら? って聞いたけど……僕はどっちにしろ、会わせる気はなかったよ。もう過去の存在だって言うけどさ、婚約してたわけだし。本気の恋してたし。そんな相手に絶対会わせたくないもん」
「ならあんなこと、聞かなくて良かっただろうに」
「……いやー、それはさ。ちょっと試したって言うか? 未練が残ってるんだったらちょっと強引な手段に出ないとかなぁとか思ったり?」
思い切りジト目で睨まれたディーノは、「冗談だって、半分くらい!」と笑って誤魔化す。
アクセリナはもう立ち直った雰囲気であるが、実際エドヴァルドを前にして心が揺らがないと言えるのだろうか。
どれだけ想いを告げても、どれだけ求婚しても揺るぐことのなかった想い。燻る想いは再開と共に、再び燃え上がってしまうのではないだろうか。
自信満々に惚れされる、というようなことを言ったが、内心は不安でいっぱいである。アクセリナがもしエドヴァルドを選ぶというのなら、それを止める術などない。
二人がまだ想い合っているのだとしたら……――。
「あ~~~駄目駄目無理! ねーセリナちゃん!」
「何だ、うるさい」
「手! 手、握っていい?」
「……は?」
「両想いになるまで我慢しようと思ったけどちょっと妥協させてほしい!」
先程よりもさらに距離を詰めて、ディーノが懇願する。これが王子のすることかと呆れてしまうが、もとより彼はこういう男であった。アクセリナは短く息を漏らし、黙って手を差し出す。ディーノはきょとんとして、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「手くらい、好きに握れ。私はお前の妻となるのだぞ」
「お……おん……」
言葉や態度ではぐいぐい来るくせに、変なところで遠慮している。本当に変わったやつだとつくづく思った。
ディーノは遠慮がちに手を伸ばし、アクセリナの手を握る。自分より小さな手は思いの外硬い感触であったが、それもいっそアクセリナらしくて胸が締め付けられた。
「あ~……好きだな~……」
「……そうか」
しみじみ紡がれる言葉に、笑いそうになる。
それは、エドヴァルドと過ごすときにはなかった感覚だった。
やかましくてうるさくて、意味のわからない男であるのに。どうしてか、なぜか、心が落ち着いている。
ディーノはしばらく、アクセリナの手を握っていた。
アクセリナは振り払うこともなく、彼の気の済むまで好きにさせていた。
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