第三話:頭は空っぽくらいでちょうど良い。
第三話:頭は空っぽくらいでちょうど良い。
【本文】
乳白色で球体の謎の生命体を ”まる” と名付けて数日
もっと深くまるについて知るため、様々な実験をする事にした。
まずは、どれほどの知能を持っているか
家には空のペットボトルが散乱しているので、それを使う事にした。
それぞれのペットボトルにA, B, Cと、これまた部屋の隅っこに転がっていたマッキーで書く。
そして、
>スズキ
『これがえーで、これがびー、そんでこっちがしー。分かった?』
>まる
『…(コクリ)』小さく頷くように見える。
>スズキ
『よし』
理解しているかどうか分からないが
反応が得られたため実験を続ける。
ペットボトルを”まる”から見て、左からB, C, Aの順に配置する。
>スズキ
『じゃあ、びーはどれ?』
>まる
『…!』まるはBのペットボトルに近寄り、持ち上げた。
>スズキ
『正解!...あれ?
それどうやって持ってんの?』
まるは球体で、物を掴めるような部位はなかったはずだ。
不思議に思いまるとペットボトルの接着面を注意深く観察する。
よく見るとまるの身体の一部が、触手のように細く伸び
それがペットボトルを器用に掴み持ち上げている。
>スズキ
『お前、そんな事出来るの…』
>まる
『…♪』
まるは私が驚いている事に満足気な様子だ。
触手を私の頭上まで伸ばして
まるは直径25cmで、私の身長が165cmくらいだから
触手を140cmくらい伸ばしていることになる。
>スズキ
『…すごい』
知能テストのつもりが新たな発見をした。
というか、そもそも私の言葉を理解してそれに準ずる行動を取るくらいだから
そこそこ知能はあるのだろう。
知能テストなんて必要なかったな。
優先すべきは
コイツが何を出来るかを知ることかな。
>スズキ
『ねぇ、それってどこまで伸ばせるの?』
>まる
『!… 』
まるはさっきまで誇らし気に動かしていた触手を
困ったように右往左往させて、あたふたさせている。
その様子から何となくだが『自分の考えている事を伝える手段がないからどうしたものか』と、慌てているように見えた。
言葉を理解できるなら
会話による意思疎通も可能なはず。
『まずは、会話の練習か』
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それから私はまるに
ひらがな、カタカナ、漢字。
それと、スマホで購入した電子書籍を読み聞かせしながら
それぞれの言葉の意味や概念を教えた。
私はその成果を確かめるため、まるに問題を出す。
『これは?』
スマホに映る林檎の画像に指を指しながら質問する。
>まる
『え〜っと…りんご!』
>スズキ
『正解』
まるはなんと5時間程度で
不自由なく会話を行える程度の言語能力を身につけた。
すごい成長速度だ。
声は幼い子供に近い感じがする。
これで、”まる”について知りたい事や分からなかった事を
本人から直接聞けるようになった。
聞きたい事は山ほどあるけど
手始めに、直近の出来事について質問してみる事にした。
昨日、配達のお兄さんが”まる”を見ても平然としていた事に
心当たりがあるか。
『ん〜と、あのね、
なんでか分かんないんだけど、
他の人が僕を見た時、僕を人間みたいに見せる事が出来るの』
あぁ〜、とんでもねぇや。
突然のカミングアウトに取り乱し
心情を乱暴な言葉で表現してしまったが、これで合点がいった。
それで、あのお兄さんは”まる”の姿を見ても平然としていたのか
あれ?...でも
>スズキ
『あの時、
私の目には”まる”がまん丸に見えたよ?』
>まる
『うんとね、あのね、それは
おばちゃんに人間の姿を見せるの大変だから』
>スズキ
『(お、おばちゃん…)大変?』
>まる
『うん』
>スズキ
『それは、まるを人間に見せるための条件があって
その条件に私が当てはまらないってこと?』
>まる
『ううん、そういうのは特にないの。
"この人に見せよう"と思って見せてる訳じゃない。
僕を見た人は僕の意思と関係なく人間に見えるようになってるんだ。
ただ、なんでか分からないけど
おばちゃんに僕を人間みたいに見せようとすると、
僕が意識しないと出来ないから、ちょっと疲れるの』
なるほど
そんな能力が"まる"にあるなら
今後、”まる”が人に見られるのを恐れる必要はなくなった。
でも私がまるの錯覚の影響を受けていない事を考えると
100%安心は出来ないな。
せめて、私にも他の人間と同じように
錯覚を見せる状況を作らないと。
>スズキ
『ねぇ、まる。ちょっと頑張れば
私に、まるを人間みたいに見せる事は出来るんだよね?』
>まる
『うん』
>スズキ
『今すぐ出来たりする?
今後のためにも、他の人がまるをどんな風に見えるのか確認しておきたいんだよね。』
>まる
『…分かった。頑張ってみる』
そう言うとまるは俯き、静かになった。
・
・
・
あれから3分経過した。
…どのくらいで出来るんだろ
聞いとけば良かったな。
こうやって待ってる間になんか出来た気がする。
タバコ吸うとか。
…吸ったことないけど
そんなことをぼ〜っと考えながら
あれから微動だにしない"まる"を見ていた。
無意識に乾いた眼表面に涙を行き渡らせるため、目蓋を閉じた0.1秒後。
目の前に、小学校3年生くらいの背丈の
男性とも女性とも区別がつかない、容姿が優れている子供が現れた。
彼?彼女?は俯き、目を閉じてまるが居た場所に立っている。
肌は白く、髪は"まる"と同じ乳白色。
服は...幽☆遊☆●書に出てきた妖狐●馬みたいな服をしている。
それ以外に例えようがない。
ファッションに疎いから服の名前とか知らないし。
(ずっと黒い無地のTシャツばかり着てるから、会うたびに友人から「いや、ADか」とツッコまれてる)
『は?』
訪れると予期していた未来だったが
まるのあまりの変貌ぶりに思わず声が漏れた
>まる
『うん!これでどう?』
>スズキ
『…すごい』
陳腐な感想。
昔誰かが『本当に感動した時、人は「すごい」しか言えない』
と言っていた意味が分かった。
>スズキ
『お前そんなにイケメン?美女?だった…んですね
性別は男性か女性、どちらなんでしょうか?』
>まる
『う〜ん、分かんないけど
男の子って見られた方がしっくりくる気がする。
…あと、おばちゃん
なんで急にそんな喋り方になったの?』
>スズキ
『あ、スゥー。いや、なんでも、ないです。はい。
なんか…すみません。』
>まる
『ホントにどうしたの!?』
おぉ、危ない。
"綺麗な人を目の前にすると生きてるのが申し訳なくなる"
私のお茶目な生態その1が出てしまった。
>スズキ
『…いや、大丈夫。ちょっとビックリしただけ』
>まる
『そっか、良かった〜 僕もびっくりしたよ』
まるは無邪気に笑う。
ヘレニズム期のギリシャ彫刻のような端麗な顔立ちに
笑い皺が作られることに少し違和感を覚えつつ、ずっと心にあった疑問をぶつけてみる。
>スズキ
『...ねぇ、まる』
>まる
『なに?』
>スズキ
『まるは何なの?』
>まる
『…』
まるの表情に変化はない。
私は少しの違いも見逃さまいと、まるの顔を注視する。
早く安心する材料が欲しかった。
>スズキ
『少なくとも、人間じゃないように見えるんだけど』
>まる
『う〜ん...そうだね』
>スズキ
『宇宙人?それとも...人間がまだ発見してない未確認の生命体とか?』
>まる
『…』
道端の段ボールに入っていた頃とはだいぶ状況が変わった。
意思疎通を不自由なく行うことができ、触手のようなもので器用に物を扱い、今は私の目の前で人間に姿を変えている。
…まぁ、正確にはそう見えるように錯覚してるのだけれど
12月
元気な子供ですら外に出るのを憚る季節。
それなのに、汗が額を伝うのを感じる。
怖いんだ
小さい頃、非日常に身を置く自分の姿を空想しては胸を躍らせていたが
実際にその空想と対峙した今なら分かる。
そんなに良いもんじゃなかった...と、昔の私に伝えたい。
未知は恐怖だ。
まるが口を開くのを待つ。
次の彼の言葉に自分の命運を握られている、そんな気がした。
>まる
『うん、多分おばちゃんが言う通り人間ではないんだと思う
おばちゃん達と体の作りが違うし。でも、』
>スズキ
『でも?』
>まる
『…分からないんだ』
>スズキ
『分からない?』
>まる
『うん、頭の中?がゴチャってなってて
ここに来るまでのことよく覚えてないの』
>スズキ
『記憶喪失ってこと?』
>まる
『そういうのか分かんないけど、多分。
覚えてることで一番古いのは
目が覚めたら、おばちゃんの部屋に居たってことで。
それより前のことが思い出せないんだ。
だから自分が何なのか分からない』
数分後の未来にあんなにも怯えていた私の頭の中には...
((…なんかここだけ切り取ったら、美少年を誘拐したヤバい奴になりそう。))
そんなクソどうでも良い感想が浮かんでいた。
切り取り報道怖いね。ネットの情報はエビデンスが大事。
お●やはぎの小●さんの気持ちが分かった。
...まるがこちらをじっと見ている。
私の言葉を待っているようだ。
>スズキ
『そっか、じゃあ今まるに色々聞いてもしょうがないね
ごめん、いっぺんにたくさん聞いちゃって。』
>まる
『…』
私は努めて明るく返事をするが、
私の返事を聞いてもしばらくまるは何も言わず黙って私を見ていた。
そして
『…うん、大丈夫。』
3秒くらい経った後、
悲しげな表情を浮かべながら 私にそう答えた。
これ以上本人から”まる”について深く知る事は難しいだろう。
それなら先に考えなければならない事がある
>スズキ
『”まる”は、これからどうしたい?』
>まる
『?...どういうこと?』
>スズキ
『いや、実はまるを拾った時
私宛に「まるを預けます」って書いてある手紙を拾ったんだ。
誰からの手紙か、何の目的で書いたのかも分からなかったけど
私はこの手紙の差出人に言われた通りにこのまましばらく一緒に暮らしても良いかなって思ってる。
まるは記憶がないみたいだし
そんな状態で外にほっぽり出すのは危険かなって。
それに、私も一度関わったからには出来る限り力を貸したいと思うし。
でも、…なんていうのかな
これは私と この手紙の差出人の勝手な気持ちで
”まる”本人はどうしたいのかっていうのをちゃんと本人の口から聞いた上で、考えたいと思って』
>まる
『…』
私の言葉を一通り聞いた後、まるは右手の人差し指を下唇に押し当て、親指を
そのポーズのまま静止して考え込む。
顔が整っているから、そんな細かい仕草がいちいち絵になる。
>まる
『...分かんない、どうしたいのか。
今は分かんない事が多すぎて。
自分は何なのか、とか
どこから来たの、とか
...僕はどこに居るべきなんだろうとか』
そう答えたまるは、口の端をきつく結び、俯いて
黙り込んでしまった。
驚いた。
会話が出来ない時は犬みたいに動くから、もっと無邪気なやつかと思っていたが
案外 繊細な性格のようだ。
思慮深く、理性的。
>スズキ
『...そっか、分かった。
答えてくれてありがとう』
>まる
『…』
>スズキ
『いっぱい分かんない事があって大変だと思うけどさ、
その分かんない事の一つはもう解決してるから、あんまり悩まなくて良いからね。』
>まる
『...どれのこと』
>スズキ
『”僕はどこに居るべきなんだろう”ってやつ』
>まる
『...』
>スズキ
『ここは、暇なおばちゃんしか住んでないし
身寄りのない”まん丸”1匹くらいは座れる場所があるから。
飽きるまでここに居たら良いよ。』
>まる
『...でも、それは根本的な解決じゃない。
ここはずっと前からおばちゃん家で、僕がいるべき所じゃない...』
>スズキ
『誰にも居るべき場所なんてないよ』
>まる
『え?』
>スズキ
『世の中の大半の人間は心地いい、便利だなぁって場所に腰を下ろす。
誰かに決められてそこに居るんじゃない。全部、自分が決めるんだ。』
>まる
『…そうなの?』
>スズキ
『そう。だから”自分がここ居るべきかどうか?”じゃなくて
“ここに居やってもいいかな?”くらいに考えて、気楽に生きようよ。』
>まる
『…そっか、分かった。
でも、そんな偉そうには思えないな。
おばちゃんに甘えてしばらくここに居させて貰うよ』
まるはそう言いながら、穏やかに笑った。
まだまるが自分にとって安全な存在かどうかは分からない。
この選択を後ほど後悔する出来事があるかもしれない。
でも目の前でまるが笑ってる。今はそれで十分だ
私はこの時”まる”の表情が明るくなったことに安堵していて
まるの乳白色の体の中心が、明るい黄色と緑の2色に、小さく色付いた事に気が付かなかった。
第三話:頭は空っぽくらいでちょうど良い。▶︎完
いつか次回へ続く
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