第二話:犬に"いぬ"と名付けてる人は昔なんかあった。
第二話:犬に"いぬ"と名付けてる人は昔なんかあった。
【本文】
『みずまんじゅうみたい。』
私はその高い音に応え、振り返る。
…いつも通りの狭い六畳一間。
全てが見覚えのあるもので埋め尽くされている。
白い机、部屋の4/1を占拠するベッド、飲みかけのペットボトル...etc
ただ一つ
先程段ボールの上に置いた”ソイツ”を除いて。
そんなはずはないと、同時に、どうか違うと言ってくれと願いながら
『…今のお前?』
と、”まる”に話しかけてみる。
…
しばしの静寂の後、
『みずまんじゅうみたい。』
再び、“まる”が音を発した。
私はそれに応え、元々"まる"が入っていた段ボールを上からそっと被せた。
…さて、、、どうしよう(泣
まじか〜、喋るとかなしでしょう。
聞いてない。
なんで急に喋るの?
喋るなら道端で段ボール入ってた時に喋ってよ。
そしたら連れて帰って来なかったのに。
後出しジャンケンどころの騒ぎじゃないよ。
後出しジャンケンした後、さらに拳銃突きつけるようなもんだよ?
そんなに風邪で休んだ中村くんの牛乳欲しかったの?
いや、落ち着け。
焦っても状況は変わらない。
まずは発生した問題に一つずつ対処するんだ。
いつだって、そうだったじゃないか。
第一志望の大学の偏差値が足りなかった時も、
就活で10月まで内定が取れなかった時も、
用を足した後 トイレットペーパーが無いと気づいた時も、
あの時も、あの時も、あの時も…
いつだって冷静に対処してなんとか乗り切ってきた
今回だって…チラッ (“まる”に被せた段ボールに目を向ける)
ガサゴソ... ガサゴソ...
『ッ…こいつ、動くぞ!』
(ア●ロ・レイ風に)
違う!そうじゃない
え…喋るだけじゃなくて、動きもするの?
さすが2023年、やることが違うぜ。
っていうかそれなら段ボール被せなきゃ良かった。
これで、元の場所に戻すにしろ
一旦被せた段ボール取らなきゃいけなくなったし。
取ったら取ったで
物凄いスピードで動かれた日には…何か…何か漏らすかも。
何がとは言わないがともかく
【乳白色の球体が喋る上に動く】
この、突如として目の前に飛び出してきた
当たり屋顔負けの非日常に緊張が走り、私の体がこわばる。
例えるなら...
深夜、寝る前にゴキブリを見つけた時のような。
張り詰める空気。
小さな針が少し触れただけで壊れてしまう そんな緊張感。
事態を慎重に且つ迅速に収拾するためには
これから起こりうるイレギュラーを全て排除し、冷静な対応を取らなければならn..
そこへ
<<ピーンポーン。>>
針が。
まずい!
そういえばAma●onで注文した商品が今日届く事忘れてた!
こんな時に!!
居留守を使っても良いが、
再配達の手続きが面倒くさい。
私は面倒くさい事が大嫌いなんだ
...えぇい! かくなる上は!
机の上にある、買って数日で読むのを諦めたプログラミング言語の分厚い解説書を、”まる”を封じ込めている段ボールの上に重ねた。
焼け石に水だろうが
荷物の対応をしている数分の間持ち堪えればそれで良い。
私は素早くインターファンに出る
>私
『はい!』
>お兄さん
『あ、お荷物をお届けに参りまs』
ガチャ
>私
『どうぞ!』
相手の言葉を遮りオートロックを解除する。
その足で財布を手に取り、玄関で扉を勢いよく開けて待つ。
配達のお兄さんが階段を上がる音が微かに聞こえる。
早く!…早く!
お兄さんの姿が見える
>お兄さん
『こんばんは!こちらがお荷物となりまして、
え〜...代引きという事でしたので、1529円になります!』
私は勢いよく財布を開け、そして気付いた。
…現金がない
最近はP●yP●yとかいう便利なものがあるから、
日常の買い物の大半を電子決済で済ませ、現金を財布に入れていなかった。
いつもなら荷物を受け取る前にコンビニのATMで現金を引き出すのだが
仕事帰り、”まる”のことで手一杯でそんな事忘れていた…
『すみません、今、持ち合わせがなくて!
すぐ近くにコンビニあるので今から急いで…』
...ゴトンッ!
背後から音がする。
恐る恐る振り返ると
そこには倒れた段ボールと分厚い解説書。
そして、こちらにゆっくり向かってくる”まる”が居た。
私はすかさず配達のお兄さんを見る。
視線は間違いなく”まる”を捉えていた。
>私
『ッ…!あの!これは!』
>お兄さん
『お子さんですか?こんばんは!
ごめんね、夜遅くに。すぐ帰るからね!』
>私
『…え?』
>お兄さん
『あ、ごめんなさい。話の腰を折ってしまいまして。
なんの話でしたかね?』
>私
『あ、えっと、あの...
持ち合わせがなかったので、近くのコンビニでお金下ろして来たくて...』
>お兄さん
『あ、そうなんですね。近くって何分くらいですか?』
>私
『歩いて、1分もかかりません。』
>お兄さん
『う〜ん…分かりました。少し待たせて頂きます。』
>私
『あ、はい。すみません...』
私は何が起こっているのか事態を把握しきれない足のままコンビニへ向かい、ATMで現金を引き出し、マンションへ戻って来た。
玄関先では配達のお兄さんと”まる”が
>お兄さん
『えらいね〜お留守番できて』
>???
『みずまんじゅう』
>お兄さん
『ん?』
>???
『みずまんじゅう』
>お兄さん
『? ...あぁ、水まんじゅう美味しいよね〜』
なんて話をしていた。
>私
『あの、お待たせしました』
>お兄さん
『あ!いえ、全然大丈夫です!』
それから諸々の手続きをすませた後、お兄さんは
>お兄さん
『はい、確かに。ありがとうございました。
じゃあね、バイバイ〜』
”まる”に手を振って帰っていった。
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チュン、チュン
朝だ
いつも、休日は頭が痛くなるくらい寝るのだが
今日ばかりは寝付けなかった。
私はその原因となったものへと視線を移す。
>???
『みずまんじゅうみたい』
...昨日からこればっかりだな、こいつ。
配達のお兄さんが帰った後
ピンチを乗り越えた反動で、もうなんだか全て面倒くさくなった私は
そのまま毛布に包まり、寝る事にしたのだ。
つまり、
あれから全く事態は進行していない。
寝起きで働かない頭で
昨日の不思議な出来事について考える。
あれはなんだったんだ?
昨日あの配達のお兄さんにコイツが見られた時、正直終わったと思った。
通報はされないにしろ、
玄関先ですごく揉めて同じ階の人たちが出て来て大騒ぎになるのではないかと。
でもお兄さんはコイツを見て『お子さんですか?』なんて私に聞いて
それどころかコイツに親しげに話しかけていた。
あのお兄さんがなんでも受け入れる神様みたいな人なのか、
それとも、私の頭がおかしいのか。
私だけがコイツが球体に見えていて、本当は人だったり…
...パシャ
スマホで写真を撮ってみた。
物珍しそうに
届けられた荷物の周りをぐるぐる回る乳白色の球体が写っている
『やっぱり、”まる”だよね』
不安だった気持ちが【写真】という客観的事実で少し解消される。
どうやら私の頭は正確に物事を認識しているらしい。
”まる”は荷物に興味を失ったのか、スマホの撮影音に驚いたのか
不思議そうに小首を傾げこちらを覗いている…ように見える。
目も首もないから気のせいかもしれないが、不思議とそう感じてしまう。
『...お前はなんなんだ』
『みずまんじゅu』『それはもう良い』
『…』ぷいっ
拗ねたのか向こうを向いてしまった。
『…まるいからそっちが正面なのかどうか怪しいな』
! クルッ
『ん?』
急に”まる”がこちらを振り向いた。
どうしたのだろうか、何か気になるものが
…ちょっと待て、まさか
『…”まる”い』
ピクッ
“まる”が少し反応する。
『”まる”』
!...ズリ ズリ
今度は強く反応を示し
体を引きずりながらこちらに近寄る
どうやら、”まる”という言葉が
自分のことを指していると認識しているらしい。
ベッドの脇まで来た。
ベッドに上がろうとしているようだが、上手く上がれず苦戦しているようだ。
万が一の事を考え直接触ってはいけない
そう思っていたけど、
コイツの吹けば飛びそうな様子を見ていると
そんな事どうでも良くなっている。
ヒョイ、と持ち上げてみる
やはり少し冷たい
これからコイツをどうするか決めるにしろ、
いつまでもコイツとかお前と呼ぶのは少し不便だ。
割り箸の袋に爪楊枝が入っていない程度の不便さだが、
面倒くさい事は生活から極力排除したい。
とはいえ名前を考えるなんてダルいし、
...もういっそ"まる” と名付けてしまおうか。それでコイツも覚えてるみたいだし
でもなぁ、、
球体を指す言葉をそのまま名前にしてしまうのは世間体が悪い気がする。
犬に”いぬ”と名付けるような
…という事で
『お前の名前は”ま↑る↓”だ。』
せめてもの抵抗で発音だけ変え、この乳白色の奇妙な生物を ”まる” と命名した。
第二話:犬に"いぬ"と名付けてる人は、昔なんかあった ▶︎完
いつか次回へ続く
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