偽モノ。

筑紫文美

第一話:"まる" 拾いました。



第一話:"まる" 拾いました。




【本文】


私は今日、”まる” を拾った。


何を言っているのか分からないだろう。


恐らく真面目な読者はこの一行を読んだ時

文字を口に出してみたり、逆さから読んでみたり、あるいは1日置いてから読むなどしてその言葉の真意を探ろうとするかもしれない。


しかし、その努力は無駄に終わる。


人間という非力な生き物は

目の前で起きる不可解な現象に手も足も出せず、ただ、今から過ぎゆく1分1秒の流れに身を任せるしかないのだ。


青年は自らの体験によってそんな理不尽な現実を知ることになる。




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(( …初めて晩年のルイス・ウェインの絵を見た人は、こんな気持ちだったのかな ))


青年はそんなことを考えながら、拾ってきた ”まる” を眺めていた


六畳一間の空間


一度、思考の整理を行うため

壁にかけられた時計に目を向ける。


時刻は20時23分


いつもなら今頃

会社で上司のプレッシャーを背中に感じつつ


 (( …なぜ人は生きるのだろう? ))


そんな答えが出ない旅をしながら作業している所だが、今日はいつもより早く上司が帰宅したため、こうして、薄い座布団の上に腰をおろすことができている。


上司からのメールがパソコンに入っているが、今日はもう見るつもりはない。


明日は休み。無駄な仕事はしない性分だ。


さて、そんなくそどうでも良いことより、

今は目の前のことに心を置こう。


…これはなんだ?



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遡ること数分前


怪物(上司)から無事に逃亡することに成功した勇者(俺)は、最近流行のアーティストのなんかお洒落な曲をAir●odsで聴きながら、頭を空っぽにして家へと歩みを進めていた。


仕事を終えた私のルーティーン。


こうすることで、

上司から繰り出される的確なアドバイス...の中に少量紛れ込んでいる「やや軽い人格否定」を綺麗な音楽で上塗りすることができる。


あとなんか音楽聴きながら歩いてるとカッコいい。


そうやっていつもの帰り道を歩いていると、

道の脇に段ボールが置かれていることに気づいた。


(( あれ、明日段ボールの日だっけ? ))


違和感を覚えるが、そのまま歩調は緩めずにポケットに手を伸ばし、スマホでゴミ収集カレンダーを確認する。


(( 今日は9月24日だから...不燃ごみの日、だ・か・ら〜違うな。早めに帰れて時間に余裕があるし、溜まってた段ボール捨てたかったんだけどな。))


少しショックを受ける...が耳から流れる音楽がそんなネガティブな気持ちを再び塗りつぶしていく、上司の『やや軽い人格否定』は既に影も形もない。


一連の流れを終えてスマホから目を離した時、ちょうど段ボールが真横の位置に来た。


いつもならそのまま通りすぎる所だが、その日はなぜかその段ボールが無性に気になる。


不燃ゴミの日に段ボールが道端に落ちているという、僅かな違和感が背中を押したのか。はたまた今日がそういう気分だったからか。


兎にも角にもその日、歩みを止めないことで有名な東京の人間の足を、その段ボールは見事止めることに成功したのだ。


東京人はそのまま段ボールを観察する。


遠くから見た時には分からなかったが

段ボールは畳んでいるのではなく四角く組み立てられており、彼本来の形のまま道端に置かれていた。


側面にはなんの文字も書かれていない。


上部が大きく開かれており、中が簡単に覗けるようになっている。


中には...“まる” が入っていた。


いや、正確には”まる”と手紙のようなもの..ちがう、手紙とかどうでもいい。


『ん?...ん〜?』


頭の中で浮かんだ疑問符が思わずそのまま声に出た。

じっくりとそのまま”まる”を観察してみる。


球体を半分に割ったような形をしている。


そして...あと...柔らかそうだ。

...それ以上分かることは何もない。


なんだか少し怖くなってきた。


子供の頃、気まぐれで

いつも遊んでいる公園へ夜中に行ったことがあるのだが


そこでスーツを着た大人が、後ろ向きにひたすら歩いていたのを見た事がある。


あの時の気持ちと少し似ている。


今思えば、恐らく仕事帰りにサラリーマンが少し運動していただけなんだと思う。

けれど子供の頃はひたすらに恐怖で、当時の私は声を殺しゆっくりと家へ帰った。


人間は自分の知らないことに対して恐怖を感じる動物だ。

今、それを懐かしい記憶と共に再認識した。


今日もあの日のようにこのまま帰ろうかとも思ったが

『せっかくだし手紙を読んでみてからでも良いだろう』と、少し楽観的に未知へと踏み込んでみた。


手が ”まる” に触れないように、まるで解離性大動脈瘤の手術を行う医師のような慎重な手つきで手紙のみを抜き取る。


手に取ってみて驚いた。

そこには見慣れた名前が書かれてあったからだ。


『スズキくんへ』


私の名前だ。



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それからのことはあまり覚えていない。

後方からハイヒールの音が聞こえた時には体が勝手に動いていた。


そして目の前の段ボールがその結果である。


とりあえず、読みそびれた手紙を読んでみる。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

あなたにこのこをあずけます。


だいじにあつかってくれると、うれしいな。


こまったらそのはこをつかってね。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


...3行で終わった。


就活では完結に伝える能力が大事って言ってたけど、完結にもほどがある。


どうやらこの ”まる” は手紙の差出人の所有物で、私はその差出人から一時的に預けられたようだ。


そして困ったら箱を使う。箱は段ボールのことだろうか?


よしこれでなんとか..いや少ない。


本当にこれだけなのだろうか?

デアゴス●ィーニみたいに追加で情報を届けてくれるとかないのだろうか


...とにかく今は情報が欲しい。

気が進まないがこの”まる”を調べてみよう


直接触るのはまずい気がするから、割り箸で触れてみる。


『むにゅん』と箸を受け止めた。


予想通り柔らかい。


箸を離す。


少しだけ吸い付くような感覚。

生後何ヶ月も満たない赤ん坊の柔肌のような。


次にタオルを使って段ボールから”まる”を取り出してみる。

卑弥呼様に供物を捧げる農民のように下から優しく救い上げる。


柔らかい。


そのまま、床に敷いた段ボールの上に置いた。

溜まっていた段ボールがこんな風に役に立つとは。


道端で見た時『球体を半分に割ったような形』と表現したが、

持ち上げてみて分かった。


置いた場所が平らだったから底面が平たく変化し、結果『球体を半分に割ったような形』となっていただけで本来は球体のようだ。


この様子なら入れ物によってその形を変えそうだけど、

怖いからしばらくは止めておこう。


手紙にも『だいじにあつかってくれると、うれしいな。』って書いてあったし。


少し観察してみる。


大きさはバスケットボールくらいで、

色は薄い乳白色をしている。


匂いは特にしない。


温度は先ほどタオル越しに触れただけだから正確には分からないけれど、人肌より少し冷たくひんやりとしている。


『水まんじゅうみたい。』


ぼそっと呟いてみた。


…何も起こらない。


ここまで反応がなければ生物ではないのだろう。

まぁこんな生き物見たことないけど。


そうと分かれば少し安心だ。


危険な可能性があるのはまだ捨てきれないが、

少なくとも、急に動き出したりしないわけだ。


(このまま観察していても、これ以上の情報はなさそうだし

 続きは風呂に入ってからでも良いか...)


そう判断した私は

そのまま立ち上がり、”まる”から背を向け風呂場へと足を進める。


その時だった



『みずまんじゅうみたい。』



背後からそう聞こえた。


私は恐怖を覚えつつ、しかし以外にも冷静に『...今日は眠れないな』と悟った。





第一話:"まる" 拾いました。▶︎完

いつか次回へ続く

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