第三話 部活
その日、私はまったくと言っていいほど授業に集中できなかった。なぜなら、君が隣の席に座っているから。
茶髪にピアス、学ランの下にパーカーを着る姿からすると、きっと君はいわゆる不良、なんだろう。
もう6時間目だけど、今日の授業のうち起きて聞いていた授業はおそらくゼロだろう。ちらちらと見ていたからわかる。君は机にノートも開かず、筆箱も出さず、朝のように机に突っ伏していた。
不良だから関わりたくないのか、問題児とみなされて諦められているのか、先生たちも誰も注意しようとする素振りすら見せない。内部なのかな。もしかしたら、内部の時からこうで、日常茶飯事なのかもしれない。
君は自己紹介の時にいなかったから、私は名前しか知らない。だから、想像力を働かせて考えるしかない。それで浮かんだ予想が当たっているかどうかはわかりようがないけれど。
「おーい香菜?聞いてるー?」
「あ、ごめん」
「もー、今日どうかした?心ここにあらずって感じ」
私自身そんなにわかりやすいつもりはなかったけど。
「強いて言えば寝不足?」
とごまかすように笑いながら言うと、
「ふーん?」
と含みのある言い方をしつつも、何も言わないでくれた。
もしかしたらもうバレてるかもしれないけど、杏実にはバレたくないな、なんて思った。一目惚れって知られるの少し恥ずかしいし、何よりあの時のようなことにはもうなりなくないから。
なんて思いながら、この恋はバレずに続きますように。と心の中で願った。
帰りのHRが終わった後、杏実は部活の見学があるからと、早くに教室を出て行った。私は、中学生の時のことを思い出すと部活動ってのもめんどくさい気がしてきて、今日は真っ直ぐ帰るつもりだった。
でも。
木崎が席を立った。そしてドアを出ると、昇降口とは逆の方向へ歩いて行った。木崎を無意識のうちに目で追っていた私は、気づいたら自分のリュックを手に取り、教室から出ていた。少し先に、木崎の背中が見えた。
我ながら、何をやっているのだろうとは思いながらも、木崎を追う足を止めることはしなかった。数メートル後からついて歩くなんて、ここが学校の中じゃなかったらストーカーと同じようなものだ。
気づかれないように気をつけながらついて行った先にあったのは、旧校舎。今は授業には使われていないはずだけど。
何をしにここにきたんだろう、と私が考えていると、木崎は迷いなく空き教室のドアを開けた。流石に入る勇気が出なかった私は、空いたままのドアから、中を覗き込んだ。
そこには、ギター、ベース、ドラム、キーボード。見ればわかる。ここは軽音楽部の部室だ。埃をかぶっているから、今ではあまり使われていないのかもしれない。それなのに、窓から光が差し込んで、その光が楽器に反射して。教室は眩しく見えた。
「誰だお前」
私が目を奪われていると、頭上から低い声が降ってきた。初めて聞く声。すっかり忘れていたけど、私は木崎を追いかけてここまで来たんだった。
なんとなく怖い雰囲気を感じた私は、顔を上げることなくそのまま数歩下がった。
「え、えっと」
なんて言うべきか、私が言葉に詰まっていると、「入部か」と聞かれた。
え、入部?
私が困惑していると、木崎はさらに続けた。
「ここは軽音楽部の部室。部長は俺。部員は今んとこ俺だけ」
そう言うと、教室の中に戻り、ギターを手に取った。
教室に、ギターの音が溢れた。たった一回、弦を鳴らしただけなのに、その音の存在感はすごかった。教室に差し込む光が、横顔を照らしていた。
私は教室に入って、ベースを手に取った。
「入部したい。ベースやったことないけど、やってみたい」
私はベースを見つめたまま、そう告げた。
「入部届出しに行くぞ」
私の方を見ずに教室を出て行った木崎は、無愛想ではあったけど、最初のような怖さが少しなくなったように思えた。
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