露草の、咲き乱れる季節

坂原 光

一   現在/未来/過去

 僕たちは二年前に卒業して、三年前に友達を亡くした中学校に向かっていて、彼女は僕の自転車の後ろに座り、僕は必死に漕いでいる。


 自転車に二人乗りするなんて、いつ以来だろう? それこそ、中学校の時以来って気がしている。


 ここはいつも使っていた通学路、通るのは卒業して以来だから、まあ、二年ぶりってことになるのかな。


 何もかもが二年ぶり。それは流れた時間だけど、一言で言えるようなものではないんだ。


「ねえ、中学校の制服ってまだ持っている?」

「ええ、あるわよ」

 ふと、頭に思い浮かんだことを聞いてしまったが、それはどうしてかというと、ここが過去、僕の通学路だったってのが大きいんだろうと思う。


「あとさ、体操服とか、ジャージとか」

「あるんじゃないかしら。ああいうのって捨てるのかな? 家に帰れば分かると思うけど」

「そう」

 ここを通る時、大体が制服とかジャージだったから。何となく、そんな彼女を見たいと思ってしまった。


 彼女は、僕が何を言いたいのか分かりかねているんだと思う。戸惑いが後ろから僕に伝わってくる。


「……ねえ、どうして?」

「僕たち、中学校のころって付き合ってなかったでしょう?」


「……何言っているの」

「最初の頃。三年の夏まで」


「それなら、確かにそうね」

「だから、今、着て貰ったらそういうのを再現出来るんじゃないかなって思ってさ」

 正直に思い付きを話してしまったが、これくらい話せるのが、今の僕と彼女の距離なんだと思う。


 しかし、今は純粋に呆れているんだと思う。沈黙の質が違った。


「……本気?」

「冗談」


「……馬鹿ね、本当」

「ハハハ、だよね……。今のは只の思いつきで、勢いに任せちゃっただけだから、真に受けないで。僕だってさ、時間は戻らないってことくらい、もう十分に理解しているんだよ。でもさ……。ちょっと待ってて」


 僕が自転車を止めると、彼女は降りて不思議そうな表情を浮かべている。その後、僕が何をしているのか分かったからなのか、やがていつものそれに戻った。


 僕は道外れに咲いていた露草をいくつか取ったのだ。少しでも、多くても綺麗な花だ。


「どうするの。それを?」

「壁だか、フェンスだかにでも立てかけておこうかなって思ってさ」


「学校、入れないんじゃない?」

「……それもそうだね。行ってから考えるよ」


 僕がそう言うと、彼女は微笑んだだけで何も言わなかった。自転車に手をかけて、彼女に花を持ってもらう。今度は二人乗りなんてしないで、押して歩く。


 まもなく中学校が見えてくる。何かが始まって、そして突然終わってしまった場所。僕は目を閉じようとしたけれど、きちんと見るべきだと思い直してやめた。


 彼女の手が僕の自転車のハンドルに乗せられた手の上に重なる。僕は彼女を見る。


 彼女はちゃんと前を見ていて、この横顔は、あのときと変わっていないようで変わっているってことを僕は知っている。


 僕は、三年前の彼女の横顔を思い出そうとした。思いのほか簡単だったけれど、それ以外のことも結構思い出してしまった。


 思い出ってのは本当に不思議だ。自分が想像する以上に、いろいろな方向から流れてくる。


 まるで流れ星みたいに。一瞬で消えてしまって、絶対に掴めないところも似ている。


 僕は隣にいる彼女の顔をもう一度見る。そして、ここに来るまでにあったことを少し、思い出してみることにした。


 とても長い話だ。でも、思い出さずにはいられなかったんだ。

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