露草の、咲き乱れる季節
坂原 光
一 現在/未来/過去
僕と彼女は、二年前に卒業した中学校へと歩いて向かっている。
あそこには二年間、近寄らなかった。理由はいろいろあるが、一番大きいのは間違いなく、友人を亡くしたから、だろうな。しかも、あの場所で。
彼女は僕の漕ぐ自転車の後ろに座って、僕はとにかく必死に自転車を漕いでいる。自転車に二人乗りするなんていつ以来だろうな? 多分、中学校の時以来だろうな。この道はいつも使っていた通学路、通るのは卒業して以来だから、ここを通るのも二年ぶりってことになる……のかな。
何もかもが二年ぶり。それは流れた時間だけど、そうやって一言で言えるようなものではないんだよな。だって僕たちは生きているから、ね。
「ねえ、中学校の制服ってまだ持っている?」
途中、速度を緩めてから、そう彼女に聞いてみる。
「ええ、あるわよ。多分、クローゼットかどこかに入っているんじゃないかしら。クリーニングの袋に入ったまま」
通学路だった道を通っていて、頭に思い浮かんだことを聞いてしまったが、どうにも奇妙な質問だったな。
「あとさ、体操服とか、ジャージとか」
僕はどうやら更に狂ったみたいだ。
「ああ、そういうのもあるんじゃないかしら。ああいうのって、みんな捨てるのかな? 家に帰れば分かると思うけど」
「そう」
ここを通る時は大体が制服とかジャージだったから、そんな彼女を見たいと思ってしまったからそう聞いたんだ、彼女は、僕が何を言いたいのか分かりかねているんだと思う。戸惑いが後ろから僕に伝わってくるようだ。まあ、そりゃそうだよな。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「中学校のころって、僕たち付き合ってなかったでしょう?」
「……何言っているの」
「正確には、最初の頃。三年の夏まで」
忘れるわけなんてないんだよな。
「それなら、確かにそうね」
「だから、今、着て貰ったらそういうのを再現出来るんじゃないかなって思ってさ。ここを通っていたらそんなこと思ってしまった」
正直に思い付きを話してしまったが、これくらい話せるのが、今の僕と彼女の距離なんだと思う。しかし、今彼女は純粋に、僕に対して呆れているんだと思う。沈黙の質がいつもと違った。そして大きな溜め息を一つ。
「……本気?」
「冗談」
「……馬鹿ね、本当」
「ハハハ、だよね……。今のは純粋に思いつき。懐かしさっていう勢いに任せちゃっただけだから、真に受けないでよ。僕だってさ、そんなことをしたって時間は絶対に戻らないってことくらい、もう十分に理解しているんだよ。でもさ…………。あ、ちょっと待ってて」
僕がそう言って自転車を止めると、彼女は一旦降りて不思議そうな表情を浮かべている。その後、僕が何をしているのか分かったからなのか、やがていつものそれに戻った。僕は道外れに咲いていた露草をいくつか取った。少しでも、多くても綺麗な青い花だ。
「どうするの。それ?」
「学校の壁だか、フェンスだかにでも立てかけておこうかなって思ってさ。今更こんなことしても、意味がないんじゃないかって思うけど」
「学校、閉まっていたら入れないんじゃない?」
「……それもそうだね。まあ、行ってから考えるよ」
僕がそう言うと、彼女は微笑んだだけで何も言わなかった。自転車に手をかけて、彼女に花を持ってもらう。今度は二人乗りなんてしないで、押して歩く。もうすぐ目的地だから。
中学校が見えてくる。何かが始まって、そして突然終わってしまった場所。僕は目を閉じようとしたけれど、きちんと見るべきだと思い直してやめた。彼女の手が、自転車のハンドルに乗せられた僕の手の上に重なる。僕は彼女を見る。彼女はちゃんと前を見ていて、この横顔は、あのときと変わっていないようで変わっているってことを僕は知っている。
僕たちは、生きているから、良くも悪くも。僕は、三年前の彼女の横顔を思い出そうとした。それは思いのほか簡単だったけれど、それ以外のことも結構、思い出してしまった。思い出ってのは本当に不思議だ。自分が想像する以上にいろいろな方向から流れてくるんだ。まるで流れ星を見上げている時みたいに。一瞬で消えてしまって、絶対に掴めないところも似ている。
僕は隣にいる彼女の顔をもう一度見る。そして、ここに来るまでにあったことを思い出してみることにした。それは三年と言う短い時間だったけれど、とても長い話なんだ。でも、思い出さずにはいられなかったんだ。隣に彼女がいて、僕たちは卒業した中学校に向かって歩いていて。
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