強者
前編 不信
謙遜でも卑屈でも何でもなく、レイヴのことはすごい奴だと思っている。でも、少しだけ意地を張るのならば、僕はレイヴに足の速さでまで差をつけられていたつもりはない。
勇者ごっこや森の中の秘密基地へ向かう際、いつもレイヴの後を追いかけていたのは、彼の脚に僕が追いつけなかったというわけではなく、ひとえにお互いの性格によるところが大きかった。
なんというか、彼は真っ直ぐで、迷いがなくて、考えるよりも先に身体が動くような人物なのだ。対する僕は、レイヴに比べれば内気で、レイヴに比べれば落ち着きのある人間だという自覚がある。
だから僕は、いつでもレイヴの背中を追っていた。それが僕らの関係で、そんな関係性が心地良くて、楽しかった。
草木を縫って軽快に駆け抜けるゴブリンの背中が、そしてそれを追う自分自身がふいに過去の少年たちと重なったせいで、ほんの一瞬僕は感傷に浸ってしまっていた。
グレイプの動きは荒く、遠慮がなく、なりふり構わないといった様子だ。そんな小さな背中を見失わないように追いかける僕は、レイヴを追いかけていたあの頃よりも必死である。
「グレイプ、ちょっ、まっ――」
草木を避けるたびに呼吸が乱れるせいで、待ってくれと言葉にする暇すらない。とはいえ、言葉になったとして、あの大きく尖った耳には届かないのだろう。
グレイプの様子がおかしくなったのは、銃声が聞こえてからだった。
だけどそれは、後から考えてみれば、の話である。薬草に詳しいらしいグレイプに言われるがまま草を摘んでいる真っ最中だった僕には、初対面でしかも異種族である彼の細かな変化になど気づく由もなかった。
木々に反射するせいで具体的にどの方角からのものなのかは判別ができなかったものの、猟銃が火を吹く音は小さく、それでいてはっきりと耳に届いていた。僕がそれをまるで聞こえていないかのように扱っていたのは、ゴブリンと一緒に薬草集めをするという非日常に比べれば、気に留めるべくもない日常の音だったからである。
おおかた、森のどこかで猟師が獣を狩っているのだろう。無意識のうちに、僕はそう認識していた。なにしろ猟師はおばさん以外にだって何人もいるのだ。
少し経ってから二度目の銃声が響いたとき、グレイプは耐えきれない、といった様子で僕に掴みかかりながら訴えてきた。あれは誰が撃っているんだ、と。
皆まで言いはしなかったけれど、その言葉と必死さだけで意図は伝わった。つまり、おばさんを疑っていたのだ。あの猟師がリンゴを仕留めに戻ったんじゃないのか、と言いたかったのだ。
言葉に詰まった僕を突き放して、グレイプはその反動のままに走り出したのだった。おばさんがそんなことをするとは思えない。咄嗟にそう言い切ることができなかった僕は、彼にかける言葉もなく、小さな背中をただ追うことしかできなかった。
「どうしたんだよ、いったい」
目的地に辿り着いてようやく追いついた僕は、息を切らしながら分かり切ったことを聞いた。僕の方からおばさんについて言及するのは、おばさんのことを疑っているようで――疑っている自分を認めるようで、なんだか嫌だったのだ。
洞穴の前で立ち止まって肩で息をしているグレイプは、僕のくだらない質問には答える素振りもなく狭い入口をじっと睨みつけている。
「せっかくの薬草を放り投げて走り出すんだから、焦ったよ」
ゴブリンの後ろ姿は、やはり応えない。
いっときは両手に抱えるほど集めていたとはいえ、近場を選んで薬草摘みをしていたのだ。あまり長い時間、この洞窟から離れていたつもりはない。おばさんが去り際に話していた予定を全てこなして帰って来るにはあまりにも早いし、かといって僕に嘘を伝えてまで無抵抗のゴブリンを仕留めに戻ったのだとも考えづらい。
だいいち、洞窟を離れたのは僕の意思で、おばさんはむしろゴブリンの兄妹から目を離さないようにと指示を出していたのだ。
「勇者の偽物に追われて人間を信じられないのも分かるけど、さすがに――」
「おいワキヤ」
耐えきれずおばさんの名前を出しかけたとき、グレイプは静かに言った。
「オレは、オマエのことは良い奴だって信じたい。けどな、リンゴに何かあったときは、信じきれる自信がねェ」
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