後編 奥の手

「まあ、ボウヤだろうとお嬢ちゃんだろうとどっちでも構わないさ。か弱い猟師さんがやっとの思いで一矢報いたんだ。少しぐらいは話を――」

 細腕が何かを仕掛けるように持ち上がるのを見て、マァギタは咄嗟に丸薬を投げつける。

「話の途中に妙な動きをするんじゃないよ」

「……なるほど、使い捨ての魔法道具か」

 上げかけたまま氷塊に固められた自身の右腕を一瞥し、美しい貌が忌々しげに歪む。不機嫌さを露わにしてこそいるが、その目はそれまでにない鋭さを見せており、既に冷静さを取り戻しているようだった。

「今投げたのと同じものが、ボクの足元にも仕掛けられていたってわけだよね。いつの間にそんな罠を?」

「さっきも言っただろう。仕掛けを済ませてくれたのはアンタの方さ。さっきフッ飛ばされて髪留めが千切れなけりゃ、こんなチャンスが巡って来ることもなかったよ」

「魔法を込めた珠を髪留めに使ってたってこと? 随分と危ないアクセサリーだね」

「いざって時のための隠し玉さ」

 おざなりに会話を続けながら、取り落した猟銃を探すためにうろうろと歩き回る。仕掛けが成功した際の興奮で紛れていた痛みがぶり返してきたので、マァギタは治癒魔法の丸薬を懐から取り出し、奥歯で噛み潰した。

「それで、今度はどうするの? こんな氷、すぐに脱出できるだろうし、これ以上の手がないんだったらボクを倒すことはできないよ」

「おや、破られちまうのかい。大トカゲぐらいなら肉まで凍りついて致命傷になるほどの特別製だったんだけどね」

 マァギタは意外でもないというふうに言いながら見つけた猟銃を拾い上げ、焦る内心を抑えて罠の前に戻った。黒服を閉じ込める氷塊に異変は見とめられなかったが、動きを封じられた上に銃口を向けられても尚不敵な笑みを湛える隻眼に、虚勢の色はない。

 おもむろに銃口を下ろしてみせると、敵は見た目の年齢――十を超えたかどうかといったところか――相応の、拍子抜けしたような脱力した表情を見せた。

「なんだ、撃たないんだ。せっかく絶望させてやろうと思ったのに」

「効くかも分からない銃弾撃ち込んで、反撃の理由をプレゼントする度胸は無いさ。効いたら効いたで、無抵抗のガキの頭をフッ飛ばしたとあっちゃあ夢見が悪い」

「それで、攻撃もしないなら、ここからどうするつもり?」

「あんた、目的は何だい」

 あざけりを含んだ問いには応えず、猟師は静かに尋問する。氷漬けの子供は満面に愉しそうな笑みを浮かべた。

「勇者の育った村に、挨拶代わりの余興を――ってところかな」

 マァギタの心臓が跳ね上がり、猟銃を持つ手に再び力が籠る。

「ストリーブのボウズもすっかり有名になったもんだ。勇者への妨害活動は王宮の法で禁じられているはずだが……そいつを破る酔狂なあんたらは、ただのケチな賊ってわけじゃあないんだろう? いったい何者だい。」

 訊かれるのを待っていた、とでも言いたげに、青い瞳が怪しくきらめいた。

「ボクは魔王軍の戦闘員、キアロスクーロ」

「あんたが――」

 マァギタは目を伏せ、凍りついた地面を、野草を凝視する。キアロスクーロの告白はマァギタの予想の範疇ではあったが、それでも魔王軍という言葉は彼女を動揺させるのに余りある重さを持っていた。

「あんたが偶々、偶然、村に迷い込んだ、ただ恐ろしく強いだけのガキだったとして――」

 キアロスクーロに向けられているはずの言葉はあまりに静かで、早口で、虚空に向けた独り言のようである。

「死人も出てるこの状況で、そんな冗談を言うほどの莫迦だっていう可能性は、無いと思って良いんだね?」

 抑揚もなく言いながら、マァギタは腰の小物入れから艶のある丸薬を取り出すと、それを流れるような動きで猟銃に装填した。キアロスクーロが何かを言おうと口を動かしかけたその刹那、老いた猟師は飛ぶように距離を取り、風もなかった林道に鋭い銃声が響き渡った。

 丸薬は氷塊に着弾して一瞬だけ白く光り、暴力的な高音を撒き散らしながらキアロスクーロの姿を土煙で覆い隠す。

 風魔法の応用による連続斬撃を込めた丸薬。髪留めの氷魔法同様、普段の狩りでは使用するあてもない威力過多の奥の手である。マァギタは攻撃の結果を確認することもなく、再び林道を駆け出した。

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