【第二幕】狂襲に次ぐ強襲②

「クソモグラが。警備兵けいびへい分際ぶんざいで、ウチらの庭チョロついてんじゃねーぞ、っと!」


 肩ほどある赤髪を右側にまとめ、大きなつりを肉食獣のように爛々らんらんと光らせる少女が、のたうち回って火を消した男の腹に、容赦ようしゃないつま先りをたたき込んだ。


「警備兵のくせにさぁ、町をウロつくなんて泥棒より重罪だよねぇ、死刑死刑っ!」


 もう一人は青い髪を左側にまとめていた。れ眼気味の双眸そうぼうにあどけない声。少女は血まみれの方の男の前に立つと、ヒッと悲鳴をらしたそのこめかみに、するどい蹴りをらわせる。


 躊躇ちゅうちょない暴力で男たちを昏倒こんとうさせて並び立つ赤髪と青髪。

 顔立ちは異なれど、そのシルエットは鏡合わせのような二人組だ。


「せっかく町の外からの邪魔者排除はいじょしたばっかだってのに──警備兵ども、キリがねえや」

「マルテちゃん、やっぱママの言う通り、コイツらウジなんだよぉ。ツブすしかないって」


「警備兵?」


 わたしは思わず、少女二人と動かなくなった男たちとを見比べる。

「こいつらは町の住民じゃないのか?」


「アァ? んなワケねーだろ。コイツら市民に化けた警備兵のモグラだよ。人んこと『貴様』呼ばわりしたり、偉そーな口調だし、ちょっと様子見りゃすぐわかんだろが」


 赤髪の少女が当たり前のように断言する。

 この町では警備兵と市民とのいさかいが過激で内戦に近いとは聞いていたが。

 警備兵を特定するなり攻撃に及ぶとは。


「ていうか、アンタよそ者ぉ? 町の人間じゃないし……て、あー!」


 青髪の少女が突然声を張り上げた。耳元の大声に赤髪の少女が顔をしかめる。

「んだよメルク、急にうるせー」


「マルテちゃんっ! コイツあれだよ、〈女徒手拳士ゼロフィスカ〉! 今夜の騒動の元凶げんきょうだよぉ!」


「……んだと?」


 赤髪の少女・マルテがするどい眼でこちらをにらむ。

 メルクと呼ばれた青髪の少女の声音が熱を帯び出す。

「〈リドー〉とかいう連中が賞金懸けて追い回して、勝手にこの町で暴れてんじゃん!」

「マジかよコイツが?」


 マルテは無遠慮ぶえんりょにじろじろとこちらを見る、と、何か思い出したようにつぶやいた。


「いや待てってメルク、ママは賞金首の件はまだ手ぇ出すなって言ってたよな……」

「でもでもマルテちゃんっ、コイツが元凶なんだよ! ツブしておいた方がいいってぇ!」


 思慮しりょする赤髪のマルテの横で、メルクはしきりに飛び跳ねて青い髪をらす。あどけない顔と甘ったれた声だが、かなり好戦的な気配をかもしている。


「町で騒ぐよそ者なんて、全員敵だよぉ! アタシたち〈ガトス〉の出番じゃんかぁ!」


「……〈ガトス〉?」


 わたしは耳に覚えのない単語をおうむ返しする。

「〈リドー〉とは別の組織なのか?」


 すると二人の表情が同時にくもった。

 マルテが赤髪の奥から睨眼げいがんを放つ。


「テメ、〈ガトス〉を知らずにこの町ウロついてるってコトか……? ナメてんじゃん」


 言われてようやく思い出す。

〈ガトス〉。横暴な政府に抗する、この町の市民が結成した組織名だ。


 不知に失した。この町にはアイザックに会うため訪れたので、物騒な情報はさほど関心になかったのだ。


「のクセして〈リドー〉は知ってんのぉ? 失礼すぎぃー! 打ち首獄門ごくもんだよぉ!」

 少女たちの不機嫌な眼が殺気を帯びる。


 だが正直わたしにとっては〈ガトス〉も〈リドー〉も同じくらいに知ったことではない集団だ。


 わたしは早々につくろうのをやめた。


「似たようなものだ」


「アァ?」「……ハ?」


 わたしはだらりと下げていた両手のこぶしを握り、開く。脱力に近い状態で立った。

「〈ガトス〉とかいうのも、この町のただのごろつき集団だろ」


 途端、二人のこめかみに青筋が走った。髪型と同じく左右対称に。


「テメ……」「あ、コイツ殺そぉ」


 ものの見事に二人はわたしの挑発に乗った。

 こうなると大抵は複雑な戦法をとらない。一撃必殺いちげきひっさつをぶちかましてくるものだ。

 あんじょう


『ブチ殺してやるッッ!』


 二人が唱和し、瞬時に精霊がつ。


「!」

 眼の前に顕在けんざいした気配に、わたしは一瞬動きを止めた。


【火】と──【水】だ。


『ドタマに穴開けたらァアアア!』

 荒々しい喝罵かつばとともに、衝撃が一直線に襲い来る。



 最初に肌に触れたのは赤髪のマルテが放つ【火】だった。

 銃弾にも勝る速さと勢いに〈火喰ひくい〉で応じる。

 直後、鋭い衝撃が裂いた。


「っ!」

 腕を引き後退する。だがわたしに追いすがったその烈波れっぱは、指先を、腕を、皮膚を鋭くで切っていた。

 血とともにき散るのは──【水】だ。

 青髪のメルクが切り裂く手応えに残忍ざんにんな笑みを浮かべている。


 これが警備兵の一人を切り刻んだ力の正体か。


 たしかに水は圧を加えれば鉄すらも切削せっさくする威力を持つ。

 殺傷能力という点では【火】に優るとも劣らない。

 

 息を合わせ間断かんだんなくせまる【水】と【火】。

 両方の飛襲ひしゅうを回避して間合いをめると、眼の前に【水】がひろがった。

 広範囲に及ぶ水の斬撃ざんげきか──だが次には拡散かくさんした【水】をマルテの【火】が包み込んでいった。


 味方の【水】を相殺そうさいする──? 

 予想外の出方に動きを止める。と、


はじけな」


 マルテがニヤリとつぶやくと同時に、目の前で【水】が急加熱、辺り一帯に破裂はれつした。

「っ!」

 衝撃波に圧されたからだを蒸気が包み、次には殺気と化していた。


「刻みなぁ!」


 青髪のメルクが高らかに叫ぶ。

 次の瞬間、蒸気が鋭利えいりを帯び一斉に襲い掛かってきた。

 

 石畳いしだたみが四方から切り砕かれ、周囲の砂壁すなかべまでも切り刻む。

 半焼はんしょう家屋かおくまで後退したが、空気中の蒸気を避けきることはできなかった。表皮ひょうひに血がにじみ出す。


 凶器と化した蒸気がようやくせた向こうで。

 二人の少女が得意げに笑っていた。


「はん、いい逃げ足してんじゃん、〈女徒手拳士ゼロフィスカ〉」


「アタシらの〈災氾ハザダスかわすとかぁ……ムカつくけどねぇ」


 顕現けんげんした【水】を【火】で瞬時に蒸発させ拡散、蒸気に水の切れ味を持たせることで、広範囲に及ぶ殺傷攻撃にしている。


【火】と【水】相合あいあわさり生まれる惨禍さんか──〈災氾ハザダス


 互いの精霊を相殺するどころか、切り刻むことに特化したメルクの【水】の攻撃性をマルテの【火】が絶妙な熱調整で蒸気にしている。

 よほど二人の相性がいいのだろう。


 ──不意に脳裏を過ったのは、わたしの半身の存在だった。


 わたしが生まれ育った少数民族・ワ族では、精霊制御のかなめである『真名サウンド』を分け合うことで、他者の精霊を持ち合える文化がある。


 つまり生来の自分の精霊と、半身たる相手の精霊、二つを保持できるのだ。


 かつてわたしには、互いを自分の半身とし、互いを守るために『真名サウンド』を分け合った同族の少女がいた。

 同胞を守りみちびく、次期族長じきぞくちょうたる彼女らしい勇壮ゆうそうな【風】の精霊の持ち主。


 同胞とわたしを守り抜き、死してもわたしに加護を残し、そのおかげでわたしは〈とばり〉でかたきはたたすことができた。


 ──亡くなった半身の精霊は、今はもうこのからだにはない。


 相互をかし合う二人の精霊の力を前に、不意に喪失感に襲われてしまった。

 

 だめだ、たたかいは続いている。

 

 ──わたしは対う二人に意識を戻した。

 

 相手の攻撃は【火】と【水】の合わせ技で生み出した蒸気。広範囲・全方位に及ぶ攻撃は、並みの回避ではしのぎ切れない。


 ならば。


 わたしは右腕を軽く振り下ろした。

 あかい【火】が瞬時に腕を包み込むと同時に、二人に向かって突進する。

 こぶしの【火】が疾走に伴う風をはらみ出す。


「ハン、捨て身ってか?」

「今度こそ血ダルマだよぉ!」


 少女二人が余裕よゆうの笑みで【火】と【水】をち上がらせた。


 各自の精霊がシンプルな突撃をかまそうと放たれるより先に──


 わたしの拳から放たれた【火】が二人の精霊を弾き、その爆圧ばくあつで二人を吹き飛ばした。


「なァっ⁉」「んああ⁉」

 ぎゃんっ、と悲鳴が重なり二人は路地の角まで転がる。

 顔をしかめてからだを起こそうとする二人を牽制けんせいするように、わたしは真正面に立った。


「──場所を考えろ。巻き添えで人の家まで破壊するつもりか」


 背後の半壊した家屋だけでなく、周囲の建物も〈災氾ハザダス〉に見舞われ壁が切り刻まれている。

 次の一撃が辺りのもろい砂壁を今にも崩壊ほうかいさせかねない。


 するとマルテが痛みにしかめていた顔を、嘲笑わらいでゆがめた。

「ハァ? この町でケンカの巻き添えになるどんくせえ人間なんていねーよ」

「そうだよぉ、流れ弾でヒトに迷惑かけてんのはマヌケな警備兵だけだしぃ」

「第一、市民に危害を及ぼすなんてママの趣味じゃねーしな」

 どこか誇らしげに言い放つ二人の眼はまだる気に満ちていた。


「っていうかぁ……ムカつくんだけどぉ! 何なのあれ……っ、早撃ちぃ⁉」

 メルクが苛立たし気に睨み上げてきた。


 たしかに、二人の精霊の顕現けんげん素早すばやかった。

 通常なら二人が放った精霊の力をむかつところだが、ここでは攻撃が放たれる直前のタイミングを狙ってわたしが【火】を撃ち、相手の精霊を封殺ふうさつしたのだ。


 あれは早撃ちというより、先読さきよみだ。


 風の流れを読むことで、相手にさきんじて次の動きをとった。


 ──たしかに半身亡き後は、彼女と分け合った精霊である【風】の顕現けんげんも制御もできない。


 だが、〈帳事変とばりじへん〉での闘いでわたしの【火】は一度だけ【風】との合わせ技〈風炎かえん〉を成し、風を知った。

 

 そうして風と親和することを覚えた【火】で二つの力を得た。

 

 一つは、風を添えた【火】の「増幅ぞうふく」。

 そしてもう一つが──「先読み」。


【火】をかいすることで、相手の動きで流れを変える風を感知し、次の動きを先んじて読む。


 大気たいきにある風の「助け」を付加ふかしたわたしの新たな【火】の力。

風火ふうか〉と、仮に呼んでいる。


(お前の【火】がそばにあると、わたしの【風】は頼もしさを得られるんだ。力強く、前に進むことができる)


 生前、わたしの半身がそう言ってくれた思いにこたえる形で、わたしなりに体現させた力だった。


 かつてわたしの元にあったものは失われ、決して取り戻せはしない。

 それでも喪失そうしつしたものは違う形、新しい形でわたしと共にある。


「──オイコラ、黙ってんなよ〈女徒手拳士ゼロフィスカ〉!」

「聞いてんのぉこいつぅ⁉」

 みつきそうな形相でえるマルテとメルクを見やり、


「やめておけ」

 手の内を語る義理もないので、わたしはなく返した。

「お前たちがたばになったところで、わたしは倒せない」


「……アア⁉ 調子乗ってんのか〈女徒手拳士ゼロフィスカ〉!」

「えっらそーにぃ……輪切わぎりにする前に、その舌ぶった切ろうかなぁ」


「無理だ。キツネぶって獲物を狩ろうとしたところで、お前たちは栗鼠リスにすぎない」


 耳慣れぬもののたとえに一瞬きょとんとした二人の顔が、一瞬で怒りに歪む。


「んだとァ?」

「──もう殺すぅ!」


 眼の色を変え先に攻撃を放ったのは、【水】──メルクの方だった。

 わたしも彼女に向かって動いていた。

 ともに喧嘩けんかぱやいが、攻撃性はメルクの方が強い。


 右脚みぎあしを軸に旋回せんかいし、メルクの【水】より速く、横薙よこなぎの回し蹴りを脇腹に見舞わせる。


「うぅげっふ!」

「メルクッ!」

 マルテがおのれの【火】を消し捨て、横に吹き飛んだ少女の元へ駆け寄った。


「メルク……っ、……テメェ……〈女徒手拳士ゼロフィスカ〉ァ……!」

 腹を抱えてうめ片割かたわれを抱き寄せ、燃えるような赤髪を振り乱してわたしをにらむと、


「丸焼きにしてやるよッッ!」


 マルテの怒れる【火】が、咆哮ほうこうと同時にふくれ上がった。


 瞬発的な熱量にわたしは息をむ。これ以上ひろがれば、辺りが火の海になる──


「よせ──」


 わたしの制止と、マルテの【火】の放出より先に。


 まばゆい橙色だいだいいろの【火】が、焼け跡全体にぶちまけられた。


 石畳と砂壁を叩く衝撃と熱。

 だがその火は辺りを燃やすことなくあっさりと消えた。

 炎というより光に近い一撃だった。その場を制圧するための閃光弾せんこうだんのような。


「……!」


 その鮮やかな【火】の気配には覚えがあった。

 だが、この場所で、このタイミングで遭遇そうぐうするなんてつゆほども思っていなかったせいで、目を見開いたまま固まってしまう。


 そこに、頭上から声が落ちてきた。


「そんな狭いところで【火】なんてぶちまけたら、火事になっちゃうでしょうがっ!」


 夜の暗さを弾くような明るい声が、朗々ろうろうと放たれる。


 わたしは真上の住居陸屋根ろくやねへりで、拳銃けんじゅうを手に仁王立におうだちする人影を見上げた。


 二つ結びの赤毛あかげを風にらし、自信に満ちた笑みの少女がこちらを見下ろしている。


 小柄な体躯たいく、身軽そうな装備にラッパのような砲身ほうしんの拳銃というガンマン風の出で立ちだが、実際に彼女はガンマンで、その苛烈かれつな炎をもって先の〈とばり〉にも参戦した実力者だ。


「ふっ」

 彼女は赤毛を手でさっと跳ね上げると、銃口をこちらに向けた。

「賞金首騒動でこの町が大わらわって噂はホントだったのね! このあたしが引導を

渡してやるわっ!」


「──ローズリッケ」


 わたしはだ驚きを残した声でその名を口にした。


炎砲バルカン〉のローズリッケ。


とばり〉で出会った【火】の精霊持ちの一人。

 わたしの仇討かたきうちにも協力してくれた者のひとりだ。


 彼女の出現に、なつかしさと不思議な安堵感あんどかんを覚えたわたしだったが──すぐに怪訝けげんを覚える。

 

 その銃口が、ぴたりとわたしに向けられたままだからだ。


「なにせ莫大な賞金がかかってるんだもん、乗るっきゃないわ!」


 ……?


「あんたがなんで賞金首になっちゃったのかはよくわかんないけど──とにかくおたずね者っていうのなら、あたしがひっ捕まえてやるわ!

 覚悟しなさいゼロフィスカ! 

 

 あたし、たとえファンであろうと、悪いやつには容赦ようしゃしないタイプなのっ!」


「………………お前もか」


 再会を喜ぶひまもない。

 朗々と敵対宣言をされ、わたしはげんなりとつぶやいていた。

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