【第二幕】狂襲に次ぐ強襲

「だれだお前」


 屋根の上に仁王立におうだちする極彩色ごくさいしょくの男を見上げ、ユルマンが気のない声を放った。

 わたしを見つめていた極彩色の男の表情が、喜悦きえつから憎悪ぞうおに一変する。


「ア? なんだオマエ……そのツラ、〈炎刀えんとう〉か? 雑魚ザコ万屋よろずやじゃねェか」

「そういうお前は見覚えないイカレヅラだな」


「オレはあのマトモ様だぜ? 万能の万屋! この名前、聞けば分かんだろァ?」


「……マトモ?」


 臨戦態勢で身構えたまま、わたしは反射的につぶやいた。

 派手な恰好かっこう奇声きせい混じりにしゃべる男の名前が「マトモ」だなんて──悪い冗談だ。


「万能ねえ。やっぱり聞かない名前だぜ、イカレ野郎」

 ユルマンは小指で耳をきながら、わたしとマトモの間を割るように立った。

 マトモの顔が見るからに苛立いらだたし気にゆがむ。


「オイてめ……〈炎刀〉コラ、オレとハニーの世界に割り込む気かァ?」


「大いにそのつもりさ」


 ユルマンの指先が刀の鯉口こいぐちを切った。

 唐突だが流れるように自然だった。


「金にがくらんだゴロツキとイカレ野郎をあまさず排除はいじょする──ついさっき彼女から直々に頼まれたものでね」

「そんな依頼はしていない。わたしはアイザックの──」


 思わず後ろから声をはさむが、ユルマンは肩越しにのんびりした声で、


「結果、そういうことになるさ。あのお医者サマを探すんだろ?」


 ……確かに町のどこかを単独行動するアイザックを探すためには、町にはびこる賞金稼ぎの連中を相手にし続ける必要がある。


 でも──


 わたしは後ろからくいっとユルマンのそでを引っ張った。


「ユルマン、ひとつ約束してほしい。なるべくこの町の者を殺さないでくれないか」


「……はい?」


 振り返った顔が薄笑いのまま固まっていた。わたしは一歩詰め寄る。


「お前の『排除』の方法では、死体の山を築くだけだ。違うか?」


 彼の万屋としての生業なりわいには殺しも含まれている。必要とあれば人を殺せるこの男が今の状況下で実力を行使すれば、襲い来る賞金稼ぎを軒並のきなみ殺しかねない。


 ユルマンは呆れ顔でわたしを見た。


「まーだそんな甘いこと言ってるのかい、ラピスちゃん。言っておくが、ここできみを狙う連中のうち、きみの命を気遣きづかって生かしたまま捕えようとする奴なんて皆無かいむだぜ? そんな連中殺したところで、正当防衛でお釣りがくる」

「数が問題だ。多すぎる」


 現にわたしは最初の襲撃時点で三十近い賞金狙いを撃退した。今はその倍じゃ効かない。それらを全員『排除』すれば、また別の問題が生じる。


「〈リドー〉の正体も目的もまだ見えていない。この状況そのものが目的だとしたら、それこそ相手の思うつぼだ。」


「……なるほど、ここで大勢きみに殺させて、本物のおたずね者に仕立て上げようって魂胆こんたんかもしれない、と」

「可能性はある」

 するとユルマンの口元がにっと緩む。


「そういうことなら、応じよう。ただし、どうしても必要なら俺ぁるぜ」


 私はうなずいた。

 この男の判断なら信じられる。〈とばり〉では祭典の調整役として立ち回り、手強い使い手がひしめく中でたくみに事を動かしていた実力は折り紙付きだ。


 次の瞬間。銃声が轟き、ユルマンの抜刀が閃いた。

 しびれを切らしたマトモが発砲し、ユルマンがその弾を斬ったのだ。


「オイオイオーイ! いつまで仲良く密談してんだァー⁉」

 口の端を悪夢のような笑い顔に吊り上げたマトモがえた。


「第一よォ! オレの目的は金じゃねェんだぜ⁉ オレのハートがクラんでイカれそうなのは……オマエにだぜハニィィィイイイー!」


 そう言い放つとマトモは懐から大量の紙片しへんをまき散らした。乱れ舞う紙吹雪。

 足元に散らばったもの。それは新聞や雑誌、記事の切り抜きだった。

 思わず眼をみはる。そこにはわたしの姿が写真で掲載けいさいされていた。どの紙面にも〈帳事変とばりじへん〉の文字が入り乱れている。


「オレ会場でオマエの姿を生で見てたんだぜハニー! そしたらもうすっかり夢中よォ! こうしてオマエの記事も全ッ部買いあさったし、オマエの目撃情報拾っちゃァ国中駆けずって探しまくりだったんだからなァ!」


 その声がえつに浸り熱を帯びるほどに、こちらの血の気は冷え込んでいた。〈帳事変とばりじへん〉をきっかけに、わたしを追い回していた……?

 凝視ぎょうしするわたしを、マトモのオッドアイがきろりととらえる。


「んでよォ! 縁あって導かれて、こうしてオレはオマエと出会えているのさハニー! やっとやっとやっと会え」


「なんだ、たちの悪いファンか」

 わざとらしい溜息ためいきとともに、ユルマンが肩をすくめた。

「いや、ただのストーカーだな。どこにでもいる雑魚ざことイカれ具合だな」


「ア?」

 マトモの顔がくらかげる。

「んだテメ〈炎刀〉よォ……誰がザコだと?」

 露骨ろこつな挑発にマトモは瞬時に殺気立ち、銃をひるがえした。


「ハニーにたかるザコ皆殺しにすんのはこのオレなんだよォ!」


 銀の銃身が閃き、凄まじい衝撃波が叩きつけられた。飛び退いた石畳いしだたみが半球状にひしゃげている。

 次いで実弾がユルマンに向かって降り注ぎ、石畳をえぐる。


「オレとハニーのォ……ランデブーの邪魔ァすんじゃねェ殺すぞこらァアアアア!」

 マトモが癇癪かんしゃくじみた高い声をわめき散らす中で、


「──ラピスちゃん、この場は俺が引き受けよう」


 飛び散る石畳と砂塵の向こうから、銃声に紛れて余裕ある声が通る。

「騒ぎを聞きつけて賞金稼ぎどももまた寄ってくるはずだ。まとめて片付けておくよ」

 マトモを煽ったのは、自分に注意を向けるためだったのか。

 いとも軽々と危険を請け負ってみせる男に、わたしは頷く。


「わかった。気を付けろユルマン、あいつの【風】はたちが悪い」


「ふ──いやぁ沁みるね。きみの優しさが」

 身をひるがえしてはしるわたしの背に、ゆるんだ声だけが届く。


 この先お互いに何をするか、悠長ゆうちょうに言葉を交わし確認する暇はない。

 だが、目的を共有していれば充分だ。


 次に成すべきことは──アイザックを見つけること。その動向をつかむためにも彼が追っている〈リドー〉の情報が必要だ。返り討ちにした襲撃者から情報をき出すなり、追われているわたしにもいくつか手立てはある。


 裏路地にもぐり込んだ時にはマトモの銃声が遠くなっていた。奴のまとはすっかりユルマンに移ったようだ。


 マトモ。〈とばり〉でわたしを見初みそめて以来、ずっと行方を追いかけていたと言っていた。


 わたしを狙う賞金稼ぎを排除し、接近しようというのが奴の弁──だが、上手く言葉にできない強烈な異質を感じた。最初の交戦時、わたしの攻撃によるダメージをもろともせず狂喜きょうきして迫ってきたあの瞬間から。

 ともあれ厄介な手合いだ。むかい合ったら倒さなければならない。本能がそう断じる危険に満ちていた。



 入り組む道を抜け、そこに立ったのは偶然だった。

 町の中腹にあたる、居住の建物が並ぶ一角。

 あかりも物音もなく静かだが、人の気配はある。ただ、窓から外の様子をうかがうようなこともなく、町中の銃声や爆音にも無関心だった。この物騒さも町の一部とでもいうように。

 気配を押し殺したような閑静かんせいな居住区。その奥から流れてきた風に、わたしは顔をあげた。


 ──微かに焦げたような匂い。


 その空気を辿たどって角を曲がると視界が開けた。同じ砂色の建物がひしめく中、柱と壁を部分的に残した家屋かおく、の名残なごりがそこにあった。

 足を踏み入れると、家具や食器、書物など住人の生活をしのばせるものが半焼はんしょうして灰にまぎれている。焼けて倒壊寸前の状態で放置されたままの一軒家。

 見回すと、焼け残った壁におびただしい落書きが散らかっていた。鎮火ちんかした後に足されたものだろう。口汚い罵詈雑言ばりぞうごん

 

 中心には『「禍炎かえん」の住処すみか』と書きなぐられている。

 

 それが、ここの住人に何があったのかを雄弁に物語っていた。


「燃やされたのか」


 共和国に蔓延まんえんしている『禍炎かえん』に対する仕打しうちだ。


『禍炎』差別主義者は、暴力で【火】の精霊持ちを排除することをいとわない。苛烈かれつな者の中には殺しすら正当化する者すらいる。

 迫害によく使われる手段が【火】の精霊持ちを燃やすことだ。ガソリンを浴びせたり火柱に縛り付けたりして、当人の制御を超えた火の熱量で焼き殺す。

 理由は簡単だ。【火】の精霊持ちが制御を失い、勝手に燃えたと言い張れるから。そして警備兵けいびへい警察官憲けいさつかんけんもそれをあっさり鵜呑うのみにする。


 そうして焼き殺された【火】の精霊持ちは、事故死として処理される。


 この家屋もその筋だろう。隣の住居に延焼えんしょうが及ぶ前に火事が消し止められている痕跡こんせきからも、不気味な手際てぎわの良さを感じる。


 かつてここに居た者が【火】の精霊持ちと判り、誰かが火を放った。


 わたしはこの町の出身者でその境遇に見舞われた者をひとり知っている。真面目で心優しく、常に物騒な自分の故郷で傷つく誰かを救いたくて医者を志した青年。

 だが、【火】の精霊持ちと知れ渡った途端とたんにすべてを失い、家を焼かれ、家族の安否も知れないまま孤独になってしまった──


「──! おい、あれ……!」

「〈女徒手拳士ゼロフィスカ〉だと……⁉ なんでここに」


 動揺どうようした声がして思考をさえぎる。振り返ると男が二人立っていた。この町の住人だろうか、武器を持たず賞金稼ぎの類ではなさそうだが、その眼は敵愾心てきがいしんに満ちている。


「わたしに用か」

 わたしが挑むように見返すと、一人はびくりと委縮し、もう一人は忌々し気に舌打ちした。


「貴様なぜここに……さっきまで大通りにいたはずじゃ、」

「チッ、ごろつきどもが、とり逃がしやがって」

「ま、まずいぞ、まだ配置が済んでない。まだ六ケ所は残ってる……!」

「おい! 余計な事言うな!」

 舌打ちした男の鋭い声に、もう一人が肩を震わせる。


 ──怪訝けげんを覚えた。二人はわたしに敵意をき出しにしながらも、一向にたたか素振そぶりをみせず、その場でたじろいでいる。


 なんにせよ見過ごせなかった。もしかしたら情報をき出せるかもしれない。わたしが一歩まえに踏み出すと、


「ヒッ……!」「くそっ、逃げるぞ!」


 二人は同時に背を見せて駆け出した。すぐ後を追う。


 奴らが路地の角に足を一歩踏み出した瞬間。


 そのからだはじけ上がった。


 一人は胴体が突然発火して爆発し、もう一人は全身を幾重もの衝撃に切り刻まれ血飛沫ちしぶきをあげる。衝撃に呑まれた二人の躰がわたしの方へと吹き飛んだ。


『……っぎゃあああああああっ⁉』

 火だるまと血まみれで地面を転がる、二人の絶叫が響き渡る。


 二人を襲った攻撃。まぎれもなく精霊によるものだ。一つは【火】による爆発、もうひとつは別の精霊による斬撃ざんげきだ。

 おのれの加護以外の精霊だと、気配だけでは特定が難しいが、あれは──


「はん、モロにらってやんの。チョーウケる」

「死ぬほど痛そうで笑えるぅ!」


 曲がり角から意気揚々いきようようとした声の主が二人、姿を現した。

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