【幕間2】駆け抜ける裏方たち

「いやほんと無理無理無理謝るっスからマジほんと許してぇええええ!」


 パトラッシュが狭い道を駆け回りながら必死の命乞いのちごいをわめくが、後にせまる警備兵らは当然ながら聞く気がない。

 容赦ようしゃなくさらに距離を詰めてくる。


「やっばやばやばやば……!」


 走るのに夢中だが、向かうべき方角だけは定まっていた。警備兵らに見つかる直前、カトーから緊急招集の声を拾った中流域のポイントへ。


 道が開け、の前に中央広場に続く階段が下方へ伸びていた。ひらりと手すりの上に飛び乗り、中腰体勢で滑走かっそうする。

 軽やかな身のこなしで下まで降りきると、階段の上で警備兵らが散開していた。


 ──二手に分かれろ、三人は回り込め!──


順風時じゅんぷうじ〉で段上の指示を拾う。

 通路を先回りして、こちらを追い詰めるつもりか。


「──そうはいくかって……!」


 猛然もうぜんと階段を駆け下りる二名を背に、パトラッシュは細道へともぐり込んだ。

 地の利は圧倒的に警備兵の方にある。入り組んだ道を逃げまどっていると、背後との距離は詰まる一方だった。一瞬でも立ち止まれば槍の餌食──

 

 と、次に曲がった角の先で、なじみのある人影がたたずんでいた。

 中肉中背、この場この瞬間で泣けるほど頼りになる仏頂面ぶっちょうづらの中年男──


「隊っ──長ぉぉぉぉぉおおおおお!」


悲鳴と懇願こんがんないまぜの声に、カトーが口を曲げて仏頂面で向き直ってきた。


「マジで助けてぇえええ!」

「……頭下げろ」


 反射的にカクッと膝を曲げ、激走の勢いのまま前にすべると、その頭上をカトーの脚が唸りをあげて過った。


「ゴガッ⁉」


 パトラッシュのすぐ後を追走していた男の胸板に、カトーの膝蹴りが戦斧せんぷの勢いで激突する。

 背中から勢いよく真下に倒れた警備兵に続くもう一人が、慌てて槍を構え──


 向けられた顔面をふさぐようにカトーは片手でその頭をつかむと、近くの壁に叩きつけた。

 顔面がめり込み、砂壁すなかべが軽く散る。

 昏倒こんとうした男は先に蹴り倒された男の胸板に突っ伏し、二人そろって動かなくなった。


「……緊急招集っつったろが。なんでいらん土産もの引き連れてきたんだ」


 人の頭をわしづかみにした手を軽く振りながらカトーが面倒そうにぼやくと、すぐさま起き上がったパトラッシュはれた声で抗議した。


「好きで連れてきたわけじゃないっスよお! てゆーか、隊長の招集が急すぎなんスよ! タイミング悪すぎ! おかげで警備兵に見つかって追いかけられるハメにぃ!」

「なんだってまた警備兵どもが、お前みたいな三流カメラマンを」

「それが激ヤバ現場に遭遇したんスよ! 三流どころか、マジのスクープっスよ!」


 息を整えたパトラッシュは、上流域での警備兵たちによる不穏な状況を手短に報告する。


 警備兵たちが集結し、町で勃発した賞金首騒動を差し置き、「一夜作戦いちやさくせん」と呼ばれる動きを開始していること。

 その作戦指揮者として上位政務官じょういせいむかんが政府機関から派遣されていること。

 ヴィヴァルディというその人物の危険度も含めて。


「賞金騒動をほったらかして、別の動きか……あえてこのタイミングを狙って動いてるんだとしたら、『一夜作戦』ってのはなんだ……?」

「それはサッパリっス。でも、慈善事業なわけないし、絶対ロクなことじゃないっスよ!」

「だろうな」

「やっぱ警備兵と仲良くなって『例の情報』入手って方は無理そーっスわ……。

てーか緊急招集なんて、どうしたんスか隊長?」


 招集を受けさらっと隊長呼びを解禁したパトラッシュに、カトーもまた状況の急変を簡単に告げた。

 

 こちらが接触を目論もくろんでいた〈ガトス〉のボス・バルバロが店に現れたこと。

 こちらの申し出を一蹴したあげく、命が惜しければ従え──

 と、今夜の騒動の大本〈リドー〉を潰すか、〈女徒手拳士ゼロフィスカ〉の始末を命じて来たこと。


 それを聞くやパトラッシュはカトーにめ寄った。


「えええ! ちょ、何バレてんスか隊長ぉ! やっぱりバンダナ姿で店主の扮装ふんそうなんてツメ甘すぎなんスよ! 絶対不自然だったし、第一似合わなぁぁあ⁉」

「もういっぺん言ってみろ」

「ぎゃああああなんでもないっス言ってないっス今のはただの空耳っスからぁあああ!」


 ブレーンクローついでに二本指でまぶたの上から圧迫あっぱくをかけると、パトラッシュはすっかり大人しくなった。


「お前にツメの甘さをなじられる日が来るとはなあ」

 遠い目でぼやいていると、頭を抱えたパトラッシュが涙目で見上げてきた。

「んで、どーするんスか隊長」

「正直、逃げたい」

「正直にもほどがあるっスよ」


 こうして部下と合流できたことで、実現は可能だった。正体もバレたし、これ以上この町に留まる必要性もない。

 だが。


「もう少しねばる。まだ、〈ガトス〉と交渉できる余地はまだありそうだからな」

「え、例の命令を果たすってことっスか? オレ、断然〈リドー〉の方とるっスよ! あのかわいコちゃんの命狙うなんて外道げどう野暮やぼの極みじゃないっスか!」

「だよな」


 彼ならそう言うと思ったし、自分も大いに賛成だった。カトーは重なったまま動かない警備兵二人をまたぐと、入り組んだ路地を歩き出す。

 謎の組織〈リドー〉を潰す。調査員にあるまじき物騒な展開になったものだ。


「……そういえば、ここに来るまでに気になる連中がちらほらいたんだよな」

「え、気になるって? 賞金狙いの奴らじゃないんスか?」

「いや、獲物を探し回るやつらとは違う連中だ。丸腰だったり武器持ってたり、恰好はまちまちなんだが、人目を気にしてコソコソ動いてたんだよ。妙に目につくんだよな」

「はえ? コソコソしてるってことは例の──モグラってやつっスか?」


 モグラの暗躍──意図が分からず、パトラッシュも首を傾げ出している。


「この騒動……何か裏があるぞ」

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