【第一幕】賞金首・ゼロフィスカ②

「ラピスちゃん、またずいぶん派手な厄介ごとに巻き込まれるみたいじゃないか。気を付けないと。この町の連中は血の気が多いことで有名なんだからさ」


「ユルマン」


 茫然ぼうぜんと、やっとその名を口にすると、彼は目を細めた。


「おや、そんなに驚いたかい? 俺との再会に、言葉をいっするほど感激してくれるとは」

「どうしてお前がここに」


 確かにこの男の突然の登場に驚いていた。

 なぜ、ここに、ユルマンが──

ユルマンは人が失せ、火薬の臭いだけがくすぶる場をゆったり眺め回しながら、


偶然ぐうぜんさ。この町の地酒には強烈な火酒かしゅがあるんだよ。仕事の通り道だったから、気付けに一杯と思って立ち寄ってみたのさ」

芝居くさい手振りを加えながら、スラスラと答える。

「酒場に出向いたら、地元のゴロツキが酒も放り投げて何やら一大事に夢中になってると聞いてね。野次馬やじうまがてら現場に行ってみたら、きみの取り合いで野郎どもが大喧嘩おおげんかしていて──いやあ、驚いたよ」


 予め用意された台詞せりふのように語るせいで、ユルマンの発言には常に胡散臭うさんくささが付きまとっていた。正直、今も彼の言う「偶然」という言葉を素直に呑み込めない。


「……ありがとう。助けられた」

 でも今は問い詰めたい気持ちは抑えておいた。ぎこちなく礼を口にしつつ手足にまとわりつく縄を払いのけていると、ユルマンが苦々しげに、


縛火縄ばくかじょうか。またずいぶん厄介な」

「これは──【火】の力を封じるのか」

「そう。市民でも手軽に『禍炎かえん』を縛り上げられる代物しろものさ。まっとうな市場では流通してないが、この町じゃ武器具と並んで売られているんだから、まったく物騒この上ないよ」


 ユルマンは両手を広げながら近寄って来た。


「ほんと災難だよなあ、きみが賞金首だなんて。でもまずは再会を祝して──」

 近付いたユルマンのふところが目の前にある。わたしは反応した。

 伸ばされた腕の右側をつかんでくるりとひねり上げ、酔いどれのような足の膝裏ひざうらを軽く蹴る。


「お?」


 間の抜けた声とともに、ユルマンはその場に突っ伏した。

 わたしは取った腕の関節をめながら、その背中に問いを浴びせる。


「お前も賞金狙いなのか、ユルマン」

「まさか。そんなわけないだろぃいててて」

「嘘をつくな。今、わたしを拘束しようとしただろ」

「おいおい忘れたのかい、再会したらハグとキスする約束だったじゃなぃいててて」

「そんな約束した覚えはない」

「またそんないけずな、て、いぃってええっ⁉ ラピスちゃん、それ腕取れるって!

 せめてキスだけでもぉうわあああ⁉ いやうそうそ、うそだから!」


 とぼけた男がとうとう情けない悲鳴を上げ始める。

 なんとなく念押しで、わたしはさらにその腕を締め上げておいた。



 ようやく腕を解放してやると、ユルマンはにぶい動きで起き上がり、えへらとだらしない笑みを見せてきた。

「信用ないなあ。まさか俺が味方の体で近付いて、だまし討ちするような奴だなんて思ってるのかい?」

「可能性はある。お前は時折ときおり油断ならない」

「ふ──断言しないってことは、多少は俺を信じてくれてるってことかな」

 ユルマンは都合のいい解釈をして、口の片端かたはを持ち上げて見せた。


「ところで、きみはどうしてこんなところに? ラピスちゃんが探してる花の情報からは程遠い町だぜ。鉱山のふもとの水路都市なんて、湿地帯とは程遠いだろ」


 ──たしかにそれは、わたしの旅の大きな目的の一つだった。ある湿地帯に棲息せいそくし数百年に一度花をさかせる幻の花『竜翼蓮リュウヨクレン』。それをこの眼で見ること。

 亡くなったわたしの半身はんしんが「いつか一緒に見てみたい」と語っていた花だ。旅を始め、地図や各地の人の話をもとに探してはいるが、まだかんばしい情報はない。


「──別の用があって寄っただけだ」わたしは少し言いよどむ。

「アイザックと、ここで久しぶりに会う約束をしたから。ここはあいつの生まれ故郷なんだ」

「て、きみら俺の知らないところでそんな親密なやりとりしてたのかい? けるなあ」

「? やける?」よくわからないが。「移動式伝言板を使ったんだ。二週間くらい、前に……、」

「いいねぇ、俺もラピスちゃんとこっそり二人で逢引あいびきしたいよ。なんなら俺が仕事で使ってる私書箱にでも──て、どうした?」


 何やらぼやいていたユルマンが、突如とつじょ表情をこわばらせたわたしの横顔に問う。


「……二週間前だ」わたしは顔を上げた。

「アイザックと会う約束をしたのは二週間前。二日前からわたしに賞金をかけてきた〈リドー〉の動きとは全く関係なかったはずだ」

「賞金? きみに? さっきの連中の襲撃もそれがらみってことかい」


 訊ねる眼をするユルマンに、わたしは簡単にいきさつを話した。

 二週間前にアイザックと再会の約束をしたこの町で、〈リドー〉がわたしに二日前から生死問わずの賞金をかけたこと。

それを告げたアイザックはわたしを毒で眠らせた後、メモを残して行方知れずなこと。

賞金狙いの追手に襲われ続けて今に至ること。


 懐にしまったままだったアイザックのメモを思い出し、ユルマンにも手渡す。殴り書きの内容を見て、ふむと一言、ユルマンはあごを指先でひと撫でした。

「現状とメモだけなら、あのお医者サマが賞金目的できみを襲った、とも言えるわけだ」

 会う約束をしたのは二週間前。だが二日前〈リドー〉の触れ込みを知るや、わたしを捕え賞金を獲得しようと思い立ち、わたしに毒を打って、メモを残した──それが状況から導き出せる彼の行動ということになる。


「そんなわけがない」わたしは硬い表情で首を振る。


 ──会えるのが楽しみです──


伝言板にあった丁寧な筆跡を思い出す。

でも、それと同時に、今手元に残る紙切れの殴り書きが強く目に焼き付く。


──もう二度と会わない──


 アイザックは、なにを思ってこんな言葉を残したんだろう。

 答えの出ない問いに立ちすくむわたしに、ユルマンがふと問いかけてきた。


「ところでなんて言ったか、きみに大金かけて町の連中けしかけてるのは、」

「〈リドー〉だ。この町の新興組織らしい。わたしも聞き覚えはない」


「リドーねぇ……」


気のない声でユルマンはつぶやき、肩をそびやかした。


「確かなのは、アイザックはそいつらに接触しようとしているってことだね。賞金目当てじゃないとすれば、彼の目的はひとつだ」

「まさか、」


「きみの賞金首取り下げを直談判するためさ」


 さすがお医者サマ、知的な行動だ、と感心したように呟くユルマンだが、わたしは同調なんてできなかった。再会した彼が不意を突いてわたしを襲ったのは──

 この町からわたしを逃がし、賞金首としてこれ以上狙われるのを阻止するため?


「だとしても、一人で動くなんて」

「その通りだ。最適な行動とは言えないね。人を賞金首にかけるような野蛮やばんな相手に、あの賢いお医者サマの説得が有効とは思えない。命知らずの特攻も同然だ」

「…………!」


 その方がわたしの知るアイザックの行動としてに落ちた。賞金目当てなどよりよほど。

いずれにせよ、アイザックが危険な橋を渡ろうとしているのは確かだ。


「ユルマン、力を貸して欲しい。早くアイザックを探し出さないと、」


「ふむ。それはできかねるな」


 ユルマンは間を置かず、きっぱりと言い放った。

 顔をあげると、ユルマンは目の前に二本指でVを示してくる。


「俺ぁ万屋なんだよ? いくらきみの頼みでも、依頼なら相応の対価をいただかないと」

 二本指はこの国の金の単位──ヴィズを示しているらしい。この男は合法・違法問わずあらゆる依頼をこなす凄腕の万屋よろずやであり、政府筋にも顔が通っている。


 薄情はくじょうな気もしたが、たしかにユルマンの言う通りだ。〈とばり〉の時とも状況が違う。わたし都合の頼みごとに、彼をただで巻き込むわけにはいかない。


「いくらになるんだ?」

「そうさねえ、当日依頼じゃ割引も効かないし、武器も使って、相手にする人数も相当って考えると──前金で百万ってところだな」


 ひゃ──


「ひゃくまん」

「状況次第で追加料金もあるが──そこは俺ときみとの仲だ。サービスしてあげよう」

 とは言われるものの、全くありがたみを感じられなかった。


 百万。つい先日、野宿できる場所がなくて仕方なく宿泊した平宿ひらやどが三千ヴィズだった。普段からお金を持ち歩かないので手持ちが足りず、狩猟しゅりょうったスナメキツネの毛皮けがわでやっと手を打ってもらった。

 その金額の、およそ三百三十三倍? 付近の山からキツネがいなくなってしまう。


「……どの獣の毛皮なら対応できる?」

「あー残念。俺ぁ現金メインの明朗会計めいろうかいけいなんだよねえ」

「……うぅ」


 喉の奥で小さく呻き、うつむいた。

 これから獣を狩りに出ている場合じゃない。それに、わたしの数少ない旅の持ち物は宿での砲撃によって吹き飛ばされてしまったし、今のわたしの手持ちは──


「気を落とすことないさ、ラピスちゃん。もっと手っ取り早い方法があるじゃないか」


「なんだそれは」


 ぱっと見上げると、ユルマンはにやけ顔を寄せて耳元でささやいた。


「決まってる。アイザックのメモの通り、とっととこの場からずらかるのさ」



 深刻さを欠いた気楽な口調で、ユルマンは続ける。


「ただでさえ血の気の多い連中が、大金と聞いて眼の色変えてるんだ。今やきみはこの町の奴らにとって獲物でしかない。


 だが、今のところこの状況は〈リドー〉が騒ぎ出したこの町に限られている」

 すい、と人差し指が導きを示すように立てられた。

「つまり町を抜ければ状況は変えられる。むしろ、長居すれば町の外からも噂を聞きつけた賞金狙いが流れ込んで状況は悪化する。

 どんな戦略も戦力も『逃げるにかず』って言うじゃないか」


「アイザックはどうなるんだ」


「彼ならうまくやるんじゃないかい? きみが町を脱出したって噂が耳に入れば、単独で〈リドー〉を追い詰めようなんて無謀むぼうな真似も中断するはずさ」


 流れる風のようにその提案はなめらかに語られた。


 ……現実的な提案、かもしれない。


 わたしには、〈リドー〉とやらに狙われる理由も心当たりもない。いわれのない襲撃など知ったことではない。連中の思惑など無視してこの場から逃げ切りさえすれば──


 ふっと──次に耳元を、尾行を過ったのは、火薬に焦げた匂いを孕む風だった。


 この町で、狂乱はとうに始まっている。それならば。


「断る」


 口を開くと、わたしはそう言っていた。


「いわれのない敵意には慣れている」


 少数民族で、色なしのみ子で、『禍炎かえん』。生まれつきの理不尽りふじんな理由でわたしに危害を加えようとする連中などごまんといる。


「でも、わたしは逃げるつもりはない」


 大抵は放っておく。だがしつこいようなら迎え撃つ。完膚かんぷなきまでに叩きのめし、二度とわたしに牙など向けないよう思い知らせる。


 相手が何者でどんな理由があろうと、それがわたしのやり方だ。


 己の素性を常に負い目にして逃げ隠れるような、卑屈な生き方はしない。必要であればたたかうことを選ぶ。わたしを愛してくれた亡き同胞どうほうたちに、自分を誇るためにも。


「〈リドー〉がわたしに用があるというのなら、きっちり相手をしてやる」


「ふ、」

ふと湧き立つ風に髪を揺らしながら、ユルマンが小さく笑った。

「久しぶりだけど、やっぱりいいね。きみの決断ってやつは」

「〈リドー〉を叩くにも、アイザックを見つけるのにも、わたし一人では限界がある。

 ユルマン、やっぱりお前に協力を頼みたい」

「おや、依頼料はどうするんだい? きっちり前金だよ」


 すかさず試すような眼差まなざしを寄せてくる。にやけ顔がいつも以上に近い。

 そこでわたしはふところに手を伸ばした。旅を始めたばかりだが、こういう時に有効な方法を会得えとくしたばかりだ。

それは──交渉。


「分かっている。わたしの……大事なものを全部あげるから、まずは手を打ってくれないか」


「……んん?」


 目をみはるユルマンに、わたしは懐から──紙につつまれたあめを差し出した。

 てのひらには甘やかな匂いとともに、素晴らしい光沢を放ついろどり豊な粒がある。宿から脱出した時、これだけでも持ち出せてよかった。

ユルマンはそれを凝視し、怪訝けげんな表情をしていた。


「ええっとー、飴かい、これ?」


 なぜか飲み込みの悪い彼に、わたしは手にあるものをずいずいと押し出す。

綺麗きれいだろ。この町に着く前、行商から手に入れたんだ。ニリとうっていう素材を使ってて、柔らかな甘みで舌触りがいい飴なんだ。すごくおいしい」

「へへえ」

「薄い緑色の粒は少しすっぱくて、それが甘みと混ざって、本当においしい」

「ほう」

「一番は黄色のハチミツ味だ。全身が溶けそうになるくらい甘くて、とにかくおいしい」

「ふむ」

「百万ヴィズは難しいかもしれないが……前金の一部にできないか? もちろん、足りない分は後で熊でも獲って換金するから、」


「ラピスちゃん、これちょっとつまみ食いした?」


「………………うっ」

 唐突な問いかけに、わたしは言葉を切って呻いた。

「包装紙の大きさのわりに、中身少なくない?」

「それは……」

「オススメの黄色いやつが見当たらないし。全部食べちゃった?」

「え……あっ、ない。本当だ」

「よっぽどお気に入りだったんだねえ」

「………………うぅ」


 ユルマンがにんまりと面白がるようにわたしを覗き込む。その眼から逃げるようにわたしは低い声を零してうつむいた。

 最初はアイザックへのお土産として渡すために買ったものだ。本当に。でも、どんな味か気になって、試しに口にして──止まらなくなった。


 だって、おいしかったから。


「ちょっと……いや、かなり自分で食べた。ごめんなさい」

 ばつが悪くなって、わたしはすぐに白状はくじょうしてしまった。


「これだけおいしいから、交渉にも使えるかと思って」

「あっはっは、素直だなあ」

ユルマンはからっとした声とともに肩を揺らす。

「俺も女の子の頼みごとには弱いからねえ。特に正直すぎて駆け引きが苦手な子のお願いごとは」

「……からかっているんだな」

「ふ、悪い悪い。もういぢめたりしないからさ」

 ユルマンはすいと手を差し出し、


「引き受けようじゃないか、きみの依頼」


「ほんとうかっ?」

「ああ。ただ、条件がある」見上げると、いつものにやけ面が一層にまにまと緩んでいる。

「一部前金ってことで、追加特典付けてくれよ。ラピスちゃん手ずから飴食べさせてくれるとか、口移しとか」

喉笛のどぶえをつぶすぞ」

 真顔で言い放つが、ユルマンは悪びれもせずへらついた表情だ。

「そう言わないでくれよ。モチベーションがかなり変わるんだぜ?」

「……何を企んでるんだ」

「人聞きが悪いな。伝わらない? 俺の気持ち」

「とにかく受け取ってくれ」

 渋い顔で飴の包みを手渡そうとして──


 銃声と衝撃が割り込んだ。


 ユルマンとともに、背後へ飛び退く。数瞬前すうしゅんまえまでわたしたちの立っていた場で強烈な衝撃波が破裂する。

 砲撃のような圧迫。火薬ではなく、濃厚な【風】の気配──


「ヘイヘイヘイヘーイ! オレのハニーと仲良くし腐ってるゴミクソ野郎は、どぉこのどいつだァア~っ?」


 坂の上にあたる路上の北に、男が一人、仁王立ちしていた。

 過剰な装飾と派手な色を重ねたロングコートに、乏しい灯りのもとでもはっきりと判るほどにギラついた碧と翠のオッドアイと金髪。

 この町で一番最初の襲撃に乱入してきたガンマンだ。


「愛しに来たぜハニー! 今度こそオレたち二人のランデブーをキメようやァ!」


 見開いた目と吊り上がった口角をわたしに見せつけ、その男は高らかに吼えた。

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