14 近衛騎士は同行を申し出る
「よかったぁ……っ! 私、フェリクス様に気に入っていただける靴を作れるよう、精いっぱい頑張りますね!」
「ああ、楽しみにしているよ」
視線を戻し、リルジェシカに微笑みかける。
リルジェシカがフェリクスの靴にそんなに熱意をこめてくれているのかと思うと、それだけで心が弾む。
「でも、くれぐれも無理はしないでほしい」
レブト親方が言っていた注意をフェリクスからも伝える。
リルジェシカのことだ。女王陛下の靴となればきっとものすごい熱意を込めることだろう。根を詰め過ぎて体調を崩したりしては大変だ。
何か、少しでも彼女の負担を減らせることはないだろうか……。と考え込んだフェリクスの脳裏に、
「そうだ。よければ、明日のモレル村への仕入れに、わたしも一緒に行かせてもらえないかい?」
「えぇっ!?」
申し出るとリルジェシカがすっとんきょうな声を上げた。
「その、革を仕入れるとなれば、重量もそれなりになるだろう? きみの細腕では大変じゃないかい?」
「で、ですが、フェリクス様にご迷惑をかけるわけには……っ!」
ぶんぶんとかぶりを振って遠慮するリルジェシカに穏やかに微笑みかける。
「だが、女王陛下やセレシェーヌ殿下のための革を仕入れに行くんだろう? なら、手伝うのは近衛騎士として当然だ」
内心で、これはリルジェシカと一緒にいたいためではなく、れっきとした職務のひとつなのだと己に言い聞かせながら、なんとか説得しようと言を継ぐ。
「きっとセレシェーヌ殿下が聞かれても、ついていくように命じられるはずだよ」
確認を取ったわけではないが、セレシェーヌならむしろ「リルジェシカ嬢をひとりで行かせるなんて、わたくしの騎士失格よ!」くらい言いそうだ。
「本当に、よろしいんですか……?」
不安そうに見上げるリルジェシカに、
「もちろんだとも!」
と力強く頷く。
「……それとも、わたしがついて行ってはきみに迷惑をかけてしまうかな?」
女王陛下の靴作りのためという建前はあるが、リルジェシカは婚約を破棄されたばかりだ。
王都から出るのでさほど人目にふれることはないだろうが、男性と出かけるのが困るというのなら、諦めるしかあるまい。
リルジェシカの返事次第ではおとなしく引き下がろうと思いながら問うと、リルジェシカがもう一度ぶんぶんとかぶりを振った。ひとつに束ねた栗色の髪が馬のしっぽのように揺れる。
「迷惑だなんて、とんでもないです! とっても助かります!」
リルジェシカが栗色の瞳に感嘆の光を宿してフェリクスを見上げる。
「フェリクス様って、本当にお優しいのですね。ついさっきご迷惑をおかけしたばかりなのに、一緒に行ってくださるなんて……っ!」
「いやその……」
リルジェシカの純真な笑顔がまぶしすぎて、下心がある身としては真っ直ぐ視線を向けられない。
「迷惑をかけられたなんて、とんでもないよ。その、きみの泣き顔を見て、わたしも動揺してしまって……」
話しているうちにどんどん顔に熱がのぼる。
「思わず慰めてしまったけれど、その……。い、嫌ではなかっただろうか……?」
問うた瞬間、後悔する。困り顔の沈黙が返ってきたりしたら、いったいどうすればいいのか。もしくは、とんでもなく言いづらそうに気を遣われたりしたら……っ!
審判を待つ罪人の気持ちを味わいながら返事を待っていると、リルジェシカの頬がうっすらと紅く染まった。
恥ずかしそうに視線を揺らすさまに、もしかしたら、と否応なしに期待が高まる。
「なんだかその……」
「あ、ああ……」
ごくり、と
「その、お父様みたいで安心しました」
「お父、様……」
なんだろう。安心すると言われて嬉しいはずなのに、同時に何とも言えない切ない気持ちに襲われる。
フェリクスの微妙な表情に気づいたらしいリルジェシカが、あわてたように言を次ぐ。
「す、すみませんっ! フェリクス様は私より少し年上なだけなのに、お父様みたいだなんて……っ。失礼でしたよねっ!?」
「い、いや……。マレット男爵と親しく話したことはないが、きみのお父上なら、きっと素晴らしい方だろう。そんな方と似ていると言われて嬉しいよ」
少なくとも嫌われてはいないのだと気を取り直して、穏やかに微笑みかける。
ぱぁっとリルジェシカの愛らしい顔が輝いた。
「はいっ! お父様はとっても優しくて素敵なんです! ちょっとぼんやりしているところもありますけれど、私の靴作りを応援してくれて……っ! レブト親方の工房に通えるようになったのも、お父様が親方を説得してくれたおかげなんです!」
父親を褒められてよほど嬉しいのか、リルジェシカがこちらまで嬉しくなるようなまばゆい笑顔で教えてくれる。
ふつうの貴族なら、娘が靴作りを趣味にしようとしたら反対しそうなものだが、どうやらマレット男爵は異なる考えの持ち主らしい。
「では、明日の朝に屋敷まで迎えに行くよ」
自分と似ているというマレット男爵に、どうか気に入られますようにと願いながら、フェリクスは翌日の約束を取りつけた。
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