第44話 邂逅⑤
四人は砦の中の一室に案内された。第一公子の執務室だった。
パチパチと炉の中で火が躍っている。五人は炉を囲むように用意された椅子に腰掛けた。
「ユウジュン殿。兄君は不在なのだろうか?」
ダーロゥが出てこないことを不思議に思ったタケルヒコが尋ねる。
ユウジュンは瞳に暗い影を落としながら答えた。
「兄は、拉致されました」
第一公子が拉致された?
タケルヒコは驚愕に目を瞠った。イルファンの北の守り手として名高い、ダーロゥ第一公子が連れ去られるなど。
「二日前、この砦はバディブリヤ氏族に襲撃されました」
彼らは、およそ普通ではなかった、とユウジュンは語った。
「まるで恐怖や痛みを感じない人形のように、たとえ手足がもげようとも、戦い続けたのです。異常としかいいようがない。あんなのは初めてだ」
よく見れば、ユウジュンの顔色は優れなかった。
ダーロゥの誘拐後、彼は砦の管理を一手に引き受けることになった。負傷した傭兵たちの治療に、市場の閉鎖、兄の捜索、守備の強化、父大公への報告、加えてバディブリヤ氏族の戦士たちの異常な戦いぶりの調査――ここ二日間、彼は一睡もしていないのであった。
あのとき、前戦に出ずに、兄のそばにいたなら。ユウジュンは悔やんでいた。戦士たちがおかしい、一戦交えて様子をうかがってみよう、と考えたゆえの行動だった。しかし今思うと、ユウジュンをダーロゥから引き離す意図があったのではという気がしてならないのは、うがちすぎだろうか。
「さらに、我々の中から離反者が出た――正確には、こちらの陣営にバディブリヤ氏族の手の者が紛れ込んでいた。奴らは捕虜として捕らえていたゾラを牢から解放し、兄と、ミリィザ・マハリリヤを連れ去った」
ミリの名にぴくりと反応したテルは、尋ねた。
「彼らは今、どこに?」
「分からない」
ユウジュンは首を振る。
「今も捜索しているが、平原は広い」
それを聞くなり、テルは「少し席を外す」と立ち上がり、部屋を出て行く。四人はあとを追わなかった。
「あの者とはどのような関係なのです?」
ユウジュンがタケルヒコに尋ねる。ユウジュンが知っているのは、〝テル〟がミリの育ての親だということ。そして、もとは坑夫であったということだ。それが
「彼女は、腹違いの姉にあたるのです」
タケルヒコが言うと、ユウジュンは目を見開く。
「姉? それがなぜ、坑夫に?」
「それは――」
タケルヒコが口ごもると、ユウジュンはなにやら複雑な経緯がありそうだと察したのか、「出過ぎたことをお訊きしました。忘れてください」と問いを取り消した。
タケルヒコはその気遣いに感謝しながら、単刀直入に尋ねる。
「貴殿らがおこなった間諜の取り調べについてだが」
「はい」
ユウジュンは顔つきを引き締め、タケルヒコとナナクサを見た。
「奴は、
その言葉に、タケルヒコもナナクサも表情を硬くする。
「我々が見た調書には、それが一の姫であると記されていた」
「恐らく、改ざんされたのでしょう」
「では、本当は誰が――?」
ナナクサが拳を握りしめながら尋ねると、ユウジュンは一呼吸おき、吐き出すように答えた。
「皇帝陛下の弟にして、あなた方の叔父――ミズワケ殿です」
タケルヒコもナナクサも、その名に耳を疑った。
「……ミズワケ叔父上? アキツキ叔父上でなく?」
「奴は――ゾラはそのように供述を」
「ということは……」
ナナクサが額に手を当てながらつぶやく。
「私を殺そうとしたのも、ミズワケ叔父上……?」
いつも穏やかな笑みを絶やさぬ、優しい叔父。ナナクサを目の敵にしていたアキツキと違い、その知識を賞賛し、珍しい文物を贈ってくれることもあった。そして、ナナクサが反逆の疑いをかけられたときも、何かの間違いだと言ってくれた――すべてが偽りだったというのか。そんな、まさか。
衝撃のあまり言葉を失ったナナクサは、しかし、ゾラが自分を嵌めたわけではないと知り、心のどこかで安堵していた。ほっとしている場合ではないのだけど。
「あの刺客が二の君――ツキヒナ様だとしたら、なぜ彼はミズワケ叔父上に手を貸しているのだろう?」
タケルヒコが首をかしげる。するとナナクサが、
「記録によれば、ヨルナギ妃の産んだ三人の子のうち、二の君、三の君も消息不明になっているのです。一の君テルナミ様は公的には〝神子返し〟されたことになっているので、死んだものとされている。けれど二の君ツキヒナ様も、三の君ハルギク様も、続くように御所から姿を消した。だから、四の君だった兄上が繰り上がって長子になったわけですが――この行方不明事件は、〝一の君の乱心〟直後のことでしたから、宮中であまり大きく取り上げることができなかったはずです。もしかしたら、このときすでにミズワケ叔父上が関わっていたのかも」
「たしかに、ミズワケ叔父上が裏で手を引いているとして、ナナクサの暗殺にツキヒナ様を差し向けたのだとしたら、少なくともツキヒナ様が姿を消した要因にミズワケ叔父上が関係しているとみて良いかもしれぬ。だが、なぜ、ああも躊躇無く殺人へ加担を……?」
「分かりません」
ナナクサは力なく首を振る。仮にも肉親、きょうだいに命を狙われたのだと実感すると、どうにも気分の悪くなる話だった。
少し休憩しましょうとユウジュンが言った。
「長旅でお疲れのところ、ろくにもてなせず申し訳ない。軽食を用意させましょう。テルナミ殿は――」
「私が呼んできます」
アスマが席を立って部屋を出た。
テルは、廊下の窓辺に立っていた。外でも眺めているのかと思いきや、きつく目を閉じている。怪訝に思ったアスマが近づいたとき、テルのまぶたの間から真っ赤な血が一筋、垂れた。
「! ちょっと、血が――」
驚いたアスマが駆け寄ると、テルは目を閉じたまますっと片手を挙げて制し、「静かに」と言った。
「もうすぐ、見える……」
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