第43話 邂逅④

 砦に到着した四人は、閉ざされた門の前で立ち尽くした。


「どうも、様子が変ね」


 アスマが門を見上げながら言った。


「イルファン最北のこの砦は、市場が開かれたりして、活気があるって聞いていたけど。静かすぎるわ」

「誰かいないか!」


 タケルヒコが門を叩く。すると門の上にある小窓が開き、男が顔を出した。傭兵だ。

 傭兵は一行を見下ろして言った。


「商人か。あいにくだが、今は市場は閉鎖している」

「閉鎖ですって?」


 アスマが眉を上げた。


「聞いてないわ。どうしてよ」

「詳しくは言えない」


 傭兵の対応はそっけない。


「商売のために平原へ行きたいの。ここを通る他に道はあるかしら」

「ない。平原へ行くこともおすすめしない。来た道を戻るがいい」


 テルは声を上げた。


「私の子がここにいるはずだ。歳は十三で、ススキ穂色の髪をした女の子だ」

「ススキ穂色……」


 傭兵は妙な顔をしたあと、「知らん」と首を振った。

 テルは唇を噛んだ。ミリはここにいるはずなのだ。やっと辿り着いたというのに。


「少しの間だけでいい。中に入れてもらえないだろうか。用が済んだらすぐに出る」

「だめだ。なんぴとたりとも通すなというお達しだ」


 埒があかなかった。テルは身の内がぐつぐつと煮えたぎってくるのを感じた。


「分かった。それなら、押し通らせてもらう」


 その言葉に、三人がぎょっとこちらを見たのが分かった。

 テルは門に近づくと、両手をあてて門を押し始めた。


「馬鹿な。五百トゥブ(イルファン大公国における重さの単位)ある門だぞ」


 傭兵が呆れた声を出すが、テルには聞こえていなかった。

 テルは一層力を込める。手のひらが炎に焼かれるように熱い。頭の中が真っ暗になり、ただ力を求める内なる声だけが響く。


 もっと強く。


 木材と金属のきしむ音がした。


 門が開いてゆく。


 傭兵は「そんな、馬鹿な」と慌てて顔を内側に引っ込めた。


「ちょっと、まずいんじゃないの」


 アスマが冷や汗を浮かべながら言った。

 呆然と見守るしかない三人の目の前で、門は開いてしまった。


「動くな!」


 砦の中に一歩踏み込んだテルを、大勢の傭兵たちが取り囲んだ。四方八方から武器を向けられ、テルは足を止める。


「いったい何の騒ぎだ」


 鋭い声が響く。


「殿下」


 傭兵たちが道を空ける。現れたのはユウジュン第二公子だった。

 傭兵のひとりが公子に耳打ちする。


「この者が門をこじ開け、侵入したのです」

「こじ開けた? まさか」


 公子は信じられぬという顔でテルを見たが、傭兵たちの嘘や勘違いとも思えなかった。彼は正面からテルに相対する。


「そなた、何の目的でこの砦へ参った。答えよ」


 彼の手は腰に佩いた剣の柄に置かれていた。テルは口を開く。


「私の子を探しに来た」

「子……?」


 公子は怪訝な顔をする。テルはミリが近くにいないかと頭を巡らせたが、ススキ穂色の輝きが視界に入ることはなかった。


「ここに朱瑠アケル人の子どもはいないが」

「血のつながった子ではない。その子は北方の生まれだ。名をミリという」


 公子はわずかに目を見開いた。剣の柄に置いた手が離れる。


「――では、あなたが〝テル〟か」

「やはり、ミリはここに」


 ぱっと表情に明るさが差したテルだったが、反対に公子の表情は暗い。


「……今はいない。たしかにあの娘を我々は保護した。しかしさらわれた。二日前に」


 テルは沈黙した。公子は「みな、武器を下げよ」と周囲に命じる。突き出されていた槍や剣は収められた。

 公子はふと、テルの後ろにいる三人に目を留め、驚きに目を瞠った。


「そこにいるのは……タケルヒコ殿? それに秘書官殿と、ナナクサ姫?」


 その場がざわついた。なぜ朱瑠アケルの皇族がこのような場所にいるのだ?

 ナナクサはとっさにタケルヒコの後ろに隠れた。


「ユウジュン殿」


 タケルヒコが言った。


「砦を騒がせたこと、申し訳なく思う。どうか我々を平原へ通してはいただけないだろうか」


 するとユウジュンはすっと目を細め、「平原へ? わけを聞かせていただきたい」と言った。


「――というのも、現在我々は、平原に関する事項には非常に敏感になっているのです。タケルヒコ殿にとっても無関係なことではありませんゆえ、のちほど詳しくお話いたしましょう」

「……承知した。それと、ひとつ頼みがあるのだが」

「なんでしょう」

「我が妹、一の姫のことだ。貴殿らが例の間諜を取り調べ、我々に送った調書がきっかけで、妹に反逆の疑いがかかっている。だが、私は妹が無実であると確信している。どうかそのつもりでいてもらいたいのだ」

「反逆?」


 ユウジュンは驚いた顔をした。


「なぜ、ナナクサ姫にそのような疑いが?」

「――どういうことです」


 ナナクサがタケルヒコの後ろから姿を現わし、ユウジュンに詰め寄った。


「私が敵に情報を流していたと、あの男が供述したのでしょう?」


 困惑した様子のユウジュンが首を振る。


「していない。我々も、断じてそのようなことを調書には書いていない」


 全員が混乱の渦に巻き込まれた。何がどうなっている?


「……ここは冷えます。中で話を聞かせてください。こちらも、順を追って話しますから」

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