第39話 敵襲④
背後からの物音に、レイミェンは振り返った。瞬間、飛んできた小刀をすんでのところでかわす。
「――お前は!」
レイミェンは叫び、ミリをそばに引き寄せた。
「おっと、下手に動かないほうがいいぜ。第一公子様を死なせたくなかったらな」
ゾラは、横で抱えられたまま意識を失っているダーロゥを示しながら言った。
「どうやって牢の外に出た」
顔つきを険しくしたレイミェンが問うと、ゾラは「聞いてどうするんだ?」と首をかしげた。
「そうだな……おいらは実は蛇に変身できるんだ。それで格子のすきまからするするとな」
「ふざけるな!」
レイミェンは肩で息をし、ぐったりとしているダーロゥを見た。
「殿下になにをした」
「安心しな。急所は外してあるから死にはしない。ちょいと大人しくしてもらっているだけさ」
レイミェン奥歯を噛み、ゾラを睨む。ふと、その背後に控えている傭兵たちに目がいった。彼らはなぜゾラのそばにいる? 第一公子を傷つけられて、どうして抵抗しないのだ?
「残念ながら、こいつらはもうお前たちの仲間じゃねえんだ」
ゾラがさも気の毒といった様子で首を振った。
「間諜はおいらだけじゃあない。そして、潜入先も
さて、とゾラは言った。
「そこのお嬢さんをこちらに渡してもらおうか」
指をさされ、びくっとしたミリを、レイミェンが背にかばう。
「いいのかい? こっちとしては、第一公子には死んでもらってもかまわんのだがね」
「……公子は生粋の武人であらせられる。落命すればそれはその時とお覚悟を決めていらっしゃるはずだ。私が殿下の命令に背くことは、殿下の名誉を汚すこと」
レイミェンが絞り出すように言う。それを聞いて、ゾラの瞳になんとも言えない色が宿った。
「さすがに、武人の国ってやつだ。清々しいね」
ゾラがすっと片手を挙げると、背後の傭兵たちが動き出した。ミリとレイミェンは取り囲まれる。
抜刀したレイミェンだったが、多勢に無勢なのは明らかだった。しかもミリを守りながら戦うのだから、余計に分が悪い。
戦いが始まった。レイミェンは目にも留まらぬ速さでまず一人を斬り捨てた。彼女は強かった。ミリの護衛として、公子たちは相当の腕利きを用意してくれたのだと、ミリは悟る。
レイミェンは右手に細くて軽い剣、左手に短刀を持ち、多方向からの攻撃をしのいだ。まるで舞を舞うかのような動きは見事としか言いようがない。ミリは、レイミェンがすべての敵を倒してしまえるのではないかとすら思った。
レイミェンの短刀が弾き飛ばされる。すると彼女は目の前の傭兵に向かって足を振り上げた。瞬間、傭兵の肘から血が噴き出す。よく見ると、レイミェンの靴の先から刃が飛び出している。
レイミェンは身体のいたるところに暗器をしのばせていた。腕力や筋力では、とうてい男たちにかなわない。だから、普段は使うことがない武器を惜しげもなく使用する必要があった。
また一人、レイミェンに倒される。
彼らは、砦を攻めている戦士たちとは違い、痛みも恐怖も感じるようで、彼女の戦いぶりにやや腰がひけ始めた。
「なに怖がってるんだ、お前たち。そんなんじゃゼヌベク様に認めてもらえないぞ」
ゾラが言うと、傭兵たちの瞳に闘志が戻ってきた。
「バディブの加護あれ」
傭兵たちは勢いづき、やがて二人は徐々に壁際に追い詰められた。
自身の消耗を隠そうとして、レイミェンは失敗する。さきほど、指の腱を斬られた。剣を持つ手にに力が入らない。カタカタと手が震える。
レイミェンは剣をわざと落とし、それを見て油断した傭兵の一人を短刀で倒した。だが、そこで力が尽きる。
「レイミェン!」
膝をついたレイミェンをかばうように、ミリが間に割って入った。
「いけません……下がっていてください」
しかしミリは下がらなかった。傭兵たちは、ミリを斬り捨てても良いのかと、ゾラに視線を送る。
「こらこら、それこそ本末転倒だろうが」
ゾラは傭兵たちをかき分けて前に出ると、ミリに言った。
「さて、どうするかい」
ミリはきっとゾラを見上げる。
「――いいわ。私、あなたたちとともに行くわ」
「だめです! いったいどんな目に遭わされるか! 私のことなら――じきに応援が――」
叫ぶレイミェンを振り返り、ミリは彼女の肩を抱いた。
「レイミェン――ごめんなさい。今までありがとう。私行くわ」
ミリはゾラに向き直り、ダーロゥを指した。
「ダーロゥ公子を放して」
「だめだね」
ゾラは首を振る。
「だが、お嬢さんが来てくれるなら、おいらたちの軍営で公子をきちんと治療することは約束しよう」
ミリは唇を噛んで、うなずいた。
傭兵がレイミェンに近づき、両手足を縛ってさるぐつわを噛ませる。
「さあ、行こうか」
この日、〝大北壁〟は大損害を受けたものの、襲撃者たちが引き上げたために、陥落には至らなかった。しかし囚われの身であったゾラが仲間の手引きによって逃亡し、第一公子ダーロゥとミリを連れ去ったのであった。
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