第35話 狙われた姫⑦
「叔母上、それは?」
「開けてみなさい」
アスマが箱を開けると、中からきらりと光がこぼれる。現れたのは、見事な装飾の施された剣だった。
宮中でも目にしたことがないほどの逸品に、タケルヒコは目を見開く。
「この宝剣は」
「アカサギ家が保管している、いわくつきの剣です。アスマ、ちょっと鞘から抜いてみなさい」
アスマは「私が?」という表情をしたが、言われたとおりに宝剣を手に取り、柄を握って引く。光り輝く刀身が現れた。
「これを斬ってみなさい」
オトワが皿に盛られていた果物を手渡す。アスマは果物を剣の刃に押し当てた。
しかし、どれだけ力を込めようが、刃が果物に通ることはなかった。
「刃が錆びているのですか?」
「いいえ」
オトワは首を振る。
「この剣は、ある特殊な材料で造られ、呪力を込められた、いわば祭器のようなものなのです。この剣を扱えるのは、この剣の正当な主のみ。それ以外の者にとっては、ただのなまくらです。この剣の主については、アスマは聞いたことがありますね」
「――あ」
アスマは得心したようにうなずいた。
「その人物が誰なのか、今は明かすことができませんが、その人がこの剣を手にすることは二度とないでしょう。ですから、あなたがたに預けます。武器としては役に立ちませんが、邪を払い、道先を清めてくれます」
いざとなったら装飾に使われている宝石を外して路銀にすればいいとも、オトワは言った。重要なのは刀身で、装飾には大した意味はないからと。
「それほどに貴重なものを、お借りしてよいのだろうか」
タケルヒコが問うと、オトワは穏やかに微笑み、不思議なことを言った。
「この剣は、一度不本意な使われ方をしました。この剣の材料のことを思えば、あれこそが本来の用途なのかもしれませんが――この剣のためにも、
アスマだけは、その言葉の意味をおおむね理解しているようだった。タケルヒコとナナクサは顔を見合わせたが、オトワもアスマも説明をしようとしないので、聞かないほうがよいのだろうと察した。
「しかしすごい細工ですね。この鞘にはめ込まれているのは、火蛋白石でしょうか」
ナナクサが指さしたのは、燃え立つような赤に虹色の光がちらつく宝石だった。他の宝石よりもひときわ大きく輝いている。
「その通りです。一の姫様は、宝石にも造詣が深いのですね」
「いえ、それほどでも……。宝石よりも、どちらかというと岩石や地質などに興味がありまして」
ナナクサは口元をもごもごさせた。タケルヒコは知っている。ナナクサがこの仕草をするときは、彼女の中に蓄えられている知識が、口をついて出そうになっているのを押さえ込んでいるのだということを。
食事を済ませると、いよいよ出発である。オトワは三人にそれぞれ木の札を手渡した。国境を通過する際に必要な通行手形である。偽の姓名と身分が記されており、誰何された際にはこの手形の通りに名乗る予定になっている。
タケルヒコは、商家の若旦那、タキヤとして。
ナナクサはその妹のナナミとして。
アスマは奉公人のアカシとして。
平原へ赴くのに、北の国境を通過して直接向かうのは現実的ではない。異民族が攻めてくるかもしれないという時期に、平原へ行きたいという者があれば、怪しまれるのは確実だ。よって三人は、西のイルファン大公国を経由して、平原へ向かおうと考えていた。大公国は商人が商いのために平原へ赴くことを許しているからだ。往来する商人の護衛は、傭兵たちの糊口を凌ぐ貴重な仕事であるゆえに。
だが、三人は護衛を雇うつもりはなかった。バディブリヤ氏族と敵対している大公国の傭兵を護衛として雇うには、目的地を偽らざるを得ないし、最終的には途中で別れるか、彼らをバディブリヤ氏族の軍営にまで連れて行く羽目になるからだ。
「平原に向かう隊商があるはずです」
ナナクサが言った。
「彼らは多くの護衛を雇っているはず。途中までは彼らに同行させてもらいましょう。そうすれば多少は安全が保証されます。平原へ向かうのに護衛もなし、というのも逆に怪しまれるかと」
「たしかに、その通りだ」
タケルヒコはうなずいた。
屋敷の門の外では、すでに下男が馬を待機させていた。
タケルヒコは手綱を受け取り、「世話になった」と下男に声をかける。
下男は「どうかご無事でお戻りください」と深々と頭をさげた。
「行こう」
三人は騎乗し、手綱を打つ。
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