第4話

『ごめん瞬くん。今お姉ちゃんが入ってるから、私がお風呂入れるの二〇時半くらいになりそう』

「僕が調整できるから問題ないよ。じゃあお風呂上がった後にやる予定だった宿題の時間を前にずらそう」

『そうだね。了解』

 計画は早速次の日から行われた。

 僕と彩さんはこまめに連絡を取り合い、互いのタイムスケジュールを重ねた。起床時間、朝食メニュー、昼休憩の過ごし方、テレビ番組など、流石にどうにもできない部分もあったが可能な限り僕たちはお互いの生活スタイルを寄せ合った。

『お姉ちゃんがお風呂から上がった! 予定通り二〇時半でいける!』

 スマートフォンの画面に、遠く離れた場所にいる彼女の言葉が表示される。

 今の時代は距離なんて関係ないのかもなあ、なんて思いながら『OK。準備しとくね』と返事を指先で送った。

 こんな生活を僕は割と楽しんでいた。彼女と同じことを考え、彼女と同じ時を過ごす。

 まるで同棲してるみたいだな、なんて。

『二二時には上がるからね!』

「え、お風呂長くない?」

『うそ、普通そんなもんじゃないの?』

「僕だいたい十五分だけど」

『……瞬くんって、もしかして身体洗わない派?』

「どんな派閥だよ」

 彼女の不本意な認識を改めつつ、合わない価値観はお互いに歩み寄ることで納得することにした。

 急に僕の最近の入浴時間が長くなってきたことに気付いた母が「瞬も思春期なのね」と言っていたので「そうじゃない」とだけ答えておいた。

 その答えとは裏腹に僕の肌ツヤはどんどん増していくので説得力は皆無だったが。


***


『明日は朝ごはん何食べるの?』

「そっか。明日は木曜日だから」

『そう、計画はお休み。合わせなくていいからね。まあ私は明日もメロンパンだけど』

「ほんとに好きだなあ」

『あのメロンパンとかいいつつ全然メロンの味しないとこがいいよね。尖ってて』

 計画は毎日実行されるわけではなかった。

 さすがに一日も欠かさずお互いの生活を重ねるのは現実的に厳しい。またそれがストレスになり破局に繋がったら元も子もないため、明晰夢デート計画は二人の授業の時間割が似通っている火曜日と水曜日、そして金曜日に実行することになっていた。

『もうそろそろ会えても良い頃なんだけどなあ。シーラカンスには会えたのに』

「古代のこと考えてたの?」

『いや考えたことないよ。もしかして夢の定義が間違ってるのかな』

 計画開始からはや一ヶ月が経つが、僕たちはまだ夢の中で出会えてはいなかった。

 眠っても夢を見ない。夢を見ても二人で同じ夢を見ない。なんだか寝付けない。

 夜が明けるたび、失敗例が積み上がっていく。

「でも、今日こそ会えるかもしれない」

『そうだね』

 しかしその夜も僕たちは会えなかった。ただ代わりに僕の見た夢にシーラカンスが現れた。夜の会話が僕の記憶に強く残っていたからかもしれない。

 翌朝そのことを彩さんに報告すると。

『やっぱり夢の定義は間違ってなかったね! これは次こそ会えるかも!』

 そこには文字しかなくても、彼女の嬉しそうな笑顔が見えて僕は少し笑った。

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