第3話
『昨日は夢見た?』
「いや僕は見なかったな。彩さんは?」
『シーラカンスとラップバトルしてる夢見た』
「どんな夢だよ」
心のツッコミをそのまま文字に変えて送信する。トーク画面に僕のツッコミが表示され、『既読』の文字が彼女に届いたことを教えてくれる。
僕はスマホの画面を閉じて横断歩道を渡った。これから僕は登校前にパン屋でメロンパンをひとつ買い、八時に教室に入って自分の席で食べる。きっと彼女も同じようにしているはずだ。
もう既に計画は始まっているのだから。
***
「明晰夢って知ってる?」
引っ越しを終え、荷解きの間に合わなかった段ボールを積み上げた部屋で僕は彩さんの問いに答える。
「知ってるよ。夢の中で『これは夢だな』って気付くことだ」
「そうそれ。それってさ、自分の意思で夢の中を自由に動けるんだって。記憶もあるらしいよ。じゃあさ」
彼女の名前が表示されたスマートフォンは彼女に似た声で彼女の言葉を再生した。
「じゃあ私たちがお互いに同じ明晰夢を見れば、夢の中でデートできるってことじゃない?」
それを聞いた僕は理解が追いつかず少しの間固まった。
いやいやそんなことできるわけないでしょ。僕たちの夢が繋がってるかもわからないのに。
「そんなロマンチックな」
「恋愛ほどロマンチックで超常的な現象はなくてよ」
そう言って笑う彼女の声を聞いて。
僕は聞こえないように小さくため息を吐く。
ああそうなったら本当に素敵だな、と思った僕の負けだった。
「夢でデートするにはまず二人で同じ夢を見なきゃいけないよね」
目の前の画面から彼女の声が聞こえる。
ただ今の僕のスマートフォンの画面に彼女の名前はない。表示されているのは先日送られてきた『明晰夢デート計画書』だ。
しかしその計画は発想の荒唐無稽さとは裏腹にとても現実的に考えこまれていた。
「夢ってその人のその日の記憶を整理してエピソード化したものなんだって。じゃあ私たちは一日の記憶を合わせるところから始めなきゃいけない」
「つまり生活リズムを揃えるってこと?」
「そう。リズムもだし、できるだけ生活スタイルも合わせたいかな。食べるものとか見るものとか。幸い私たちは同い年の高校生。毎日同じ時間に起きて、同じような授業を受けて、同じ時間に眠れる。あとは私たち次第でもっと重ねることもできるはず」
計画書のひとつ目の項目『生活を重ねる』の項目を僕は目で追う。
「それと夢はレム睡眠の時に見るの。レム睡眠とノンレム睡眠は九十分間隔で入れ替わるから、七時間半眠ればチャンスは一晩に三回ある。七時に起きるなら夜の十一時半に寝よう」
僕はふたつ目の項目『夢見の時間』を見ながら「なるほど」と頷く。相手には見えていないのに頷いてしまうのは何故だろう。
「最後に。私たちは眠る直前、お互いのことで頭をいっぱいにしなきゃいけないの。一説によると、眠る直前の印象的な言葉や出来事は夢に殊更大きな影響を与えるんだって」
計画書の最終行。
最後の項目『君を想う』を見た瞬間、僕の心臓は少しだけ跳ねた。
「印象的って、パワーワードってこと?」
「まあそれもアリだけどそんなに毎回パワーワードも無いでしょ。それよりもっと私たちらしい方法があるよ」
そう言って彼女はとんでもない質問を口にした。
「ねえ瞬くん、私と付き合って一番ドキドキした瞬間っていつ?」
電話越しの彩さんの声が僕の耳に届く。
その質問に答えさせるのは、なかなかに酷だと僕は思うのです。
「……彩さんに『好き』って言われた時、かな」
「うん、それでいこっか」
そして彼女は平然と言いのける。
この時ほど彼女の表情を見たいと思った瞬間はなく、僕の顔が見えなくてよかったと思った瞬間はない。
「毎晩寝る前にお互い告白し合おう」
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