第3話 ためらいと見たい未来。
「唯斗くん、どう? 美味しい?」
「うん、美味しいけど……大丈夫? 毎日作ってて疲れない?」
「全然! 唯斗くんのこと考えて作るのは楽しいし!」
席替えしてから数週間後、毎日一緒に登校して、弁当を食べ、下校して……と繰り返しているうちにすっかり恵流さんがいる生活にも慣れてしまった。
(僕なんかのために、どうしてここまで……?)
どうして僕に構うのか聞くたびに、彼女は『未来の嫁だから』と言うけれど……結局、それが本当なのかはまだ分からないままだ。
「あっ! そういえば今日のお弁当なんだけど、ちょっとアレンジしてみた所が……」
(……まあ、楽しそうだしいいか)
でも、最近はそんなことも気にならなくなってきた。恵流さんといるのは楽しいし、こうして過ごす時間が心地いい。彼女が言うみたいに、本当に付き合って結婚なんてことも────
「────おっ、桐原の弁当美味そうじゃん! これ、姫宮さんが作ったんだろ?」
「えっ? ああ、うん、そうだけど」
そんなことを考えていたら、背後から僕に話しかける声が聞こえてきた。振り返った先にいたのは、姫宮さんのことを好きだと公言している、僕をよくイジってくる男子だった。
「お前らって最近仲良いよなぁ。付き合ってんの?」
「いや、付き合ってはないけど……」
「だよな! 桐原と姫宮さんじゃ、住んでる世界から違うし!」
机を叩きながらケラケラとそう笑う目の前の彼を見て、僕は少し苛立ちながらも作り笑いを浮かべる。ここで反論しても面倒なことになるだけだ。
「……ねえ、あの」
「いいから。大丈夫」
恵流さんは何か言いたげにしているが、僕はそれを制止する。軽くイジられるのには慣れているし、何を言っても火に油だろうから無視するのが1番だ。そう、思っていたけど……
「姫宮さんもさぁ、程々にしといてやれよ? コイツ、本気にするかもしれないしさ」
(……は?)
何気なく言ったであろうその言葉を、聞き流すことが出来なかった。
「桐原をイジるのは楽しいけどさ、流石に『未来の嫁』はキツいだろ……別に面白いからいいけどさ」
(……違う)
どうしてかは分からないが、恵流さんは本当に僕のことを色々と考えてくれているのは分かる。だから、どうしてもその発言を無かったことには出来なかった。
「姫宮さんモテてるだろうしさ、たまにはこういう奴で遊びたいのも分かるぜ?」
(恵流さんは、そんな人じゃ……!)
最初は僕もからかわれているのかと思っていたけど、決してそんなことをする人じゃないってことは分かる。だから、恵流さんがそんな風に言われるのは許せなかった。
「そもそも住んでる世界が違うっていうか……まあ、とにかく……」
「あの!!」
「……桐原?」
「唯斗、くん?」
そして、何より────
「……僕、外で食べてくるよ」
────それに何も言い返せない自分が、何よりも許せなかった。
「あっ……何だよ、あいつ」
「唯斗くん、待って!」
教室にいるのがいたたまれなくなった僕は、弁当箱を持ってそこから逃げ出したのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(はぁ……何やってんだろ)
「あっ、唯斗くん! ……どうしたの、そんな顔して?」
そうして惨めに座り込んでいる僕の耳に、心配するような声が聞こえてくる。恵流さんの声だ、と気づいてつい立ち上がりそうになるが、体が重くて動かない。
(やっぱり……僕じゃ、ダメだ)
情けない。本当に情けない。恵流さんに心配かけて、何もできなくて、どうすればいいかも分からなくて、その優しさに甘んじることしか出来ない奴が、彼女の隣にいていいわけがない。
「恵流さん、なんで僕なの?」
「……えっ?」
そのことに気づいた瞬間、ふとそんな疑問が口からこぼれ出る。恵流さんがなんでこんな僕を選んだのか……それがずっと分からなかった。
「僕は恵流さんみたいに顔も良くないし、何かしてあげられるわけでもない。どう考えても釣り合わないよ」
釣り合わない、という言葉がやけにしっくりきた。みんなからモテている高嶺の花な彼女と、自分の好きな人の悪口にさえ言い返せない僕。こんな2人が仲良くするなんて、おかしいとしか言いようがない。
「結局僕は、恵流さんに何も返せてない。恵流さんに好きになってもらえるような人間じゃない! ……だから……もう、やめよう」
だからもう、こんな関係は終わりにしよう。情けない人だと幻滅してくれたって構わない。僕に固執するのはやめて、恵流さんに相応しい人を探せばいい。
そう、思ったのに────
「……私の好きな人を、そんなふうに言わないでほしいな」
────それでもなお、恵流さんは僕を諦めてはくれなかった。
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